14センチ フォトフレーム

「日向子ちゃん。今日なんだけど……渡合くんの家にお見舞いに行ってもいいかな?」


更衣室での事件の後、何事もなく学校が終わって駅の改札口に三人でいた。


「もちろんいいよ。わたしの分も行ってきて」

「一緒に行かなくていいの? わたしだけなんていいのかな?」

「うん。今日は予定があるからさ。それに遠慮しないでいいって。わたしもそうするから」


「うん。分かった。今日はほんとにありがとうございました」


深々と頭を下げる。


「どういたしまして。結安は礼儀正しいね。それじゃあまた明日」

「うん。また明日」

「またねー」


下り方面のエスカレーターに向かう日向子ちゃんをこまりちゃんと二人で見送った。わたしたちは上り方面。


「こまりちゃんもありがとう」

「ううん。わたし嬉しかったよ。わたしのことを大事な友達って言ってくれて」

「へへ。だって大事だもん」

「それに蓮のことをわたしの大事なヒトって。照れちゃうなあ」

「こまりちゃん、赤くなってかわいい」

「うわ。結安が言うようになってる!」


あまり周りの目を気にしないでエスカレーターに乗りながら話をしていた。少し前の自分ならこんなことを歩きながら話せなかった。


「この後、渡合くんの家に行くの?」

「うん。鍵を勝手に持ってきちゃったからね。早く返しに行かないと」

「いっそのこともらっちゃえば? 愛の合鍵♪」


こまりちゃんの目と口元がにまにまとしてる。


「もう。そんなことあるわけないでしょ!」

「あはは」


わたしの泣き顔もすっかり晴れて笑い合えてることが嬉しい。


「じゃあがんばってね」

「うん。がんばる」


こまりちゃんは電車内、わたしはホームに立っている。ハイタッチを求められたのでパチンと手を合わせる。ちゃんとわたしの手の高さに合わせてくれた。ハイタッチなんて初めてでドキドキした。発車のメロディが鳴ったので後ろに下がる。こまりちゃんの乗る電車を見送って予定通りに一度家に戻ってから渡合くんの家に向かうことにした。


そろそろ夕陽になる頃。インターホンのボタンを押し込む。今回も押すまでに少し時間がかかってしまった。好きなヒトの家を訪ねるためにまだまだ勇気は必要だった。


『すぐ行く!』


インターホンから渡合くんの声。きっとモニターにわたしの顔が映っていたんだろう。たった一言だけで、どちら様も何も確認されなかった。ほとんど間もなく玄関ドアがガチャリと開くとわたしの目の前まで駆けてきて立ち止まる。ドキリとするくらい近すぎて渡合くんの顔を見上げてしまう。あんなに辛そうだった顔色が良くなってる。熱もなさそう。


「あ、あの。こんにちは」


返事が返ってこない。口を軽く開けたままわたしを見てる。


「あの……渡合くん?」

「あ、ごめん!」

「どうしたの?」


顔が赤くなってる。やっぱりまだ熱があるのかな?


「や……その、私服が……(かわいい。破壊力やばい)」

「え? あ。いつも制服だもんね。えと……もしかして子どもみたい?」


相変わらずメイクとかはしないので眉毛を整えてリップをするくらい。一応、張り切ってかわいい服を選んで着てる。ギャザー多めのブラウスにワイドパンツ。料理をすることになってもいいようにはした。見ようによっては子どもっぽいかもしれない。


「そんなことない。やばい……か……いや」


右手で顔を半分隠して目線を逸らしながら言葉にする渡合くんがかわいい。見惚れてしまうけど。

……え? 今なんて言われた? やばい? わたしが?

やっぱり子どもっぽいかなあ。こんなに背が高いヒトから見たらわたしなんて小さなお子様同然かな。


「体の調子はどう?」

「すっかり良くなったよ。熱もないし元気元気」

「良かった」


胸を張るようなポーズを見て、笑顔がこぼれるくらいに安心した。


「はい。これスペアキー。勝手に持っていってしまってごめんなさい」

「や。おかげで助かったよ。こっちこそごめん」


渡合くんの大きな手のひらにスペアキーを渡す。

ぐうー。

渡合くんのお腹から大きな音。体が大きいだけあるなあ、と思うほど大きな音が鳴った。


「お腹空いてる?」

「はい。空いてます」


渡合くんの顔が耳まで赤くなってる。

くー。かわいい。

こっちまで顔が熱くなってしまう。


「わたしで良かったら作ろうか? 食材なら持ってきたよ」


食材の入ったトートバッグを持ち上げて見せると渡合くんの表情がぱあっと明るくなった。


「お願いします!」


そんなわけでお家に上がらせてもらってお料理を作ることになった。


「はい。どうぞ召し上がれ」

「マジか……すっごいうまそうなんだけど」


炊き立ての白いご飯、付け合わせにきのこたっぷりの煮込みハンバーグ、レモン酢をきかせた彩り野菜たっぷりポテトサラダ。ずっと食卓で待っていた渡合くんの前に並べる。ハンバーグは昨日のうちに仕込んできた。渡合くんに誘われてわたしも一緒に食べることにさせてもらう。お父さんとお母さんと夕食を食べれなくなるから何か言い訳をしないと。


「ふふ。口に合うといいんだけど」

「ていうかさ。大森さん、その量食べるの?」

「え? ……うん」


聞かれて顔が真っ赤になってしまった。

ごめんなさい。渡合くんに用意した分よりも多いかも。これでもいつもより少ないとは言えなかった。


「「いただきます」」


すごい勢いで食べ始める渡合くん。わたしは少しずつかじって口にどんどん運ぶ。


「ハンバーグ、まだあるけどおかわりする?」

「いただきます!」


よく食べるなあ。まだ成長期なのかな? わたしももう少し大きくなりたい。


「「ごちそうさまでした」」

「マジうまかった! ほんとにありがとう!」

「喜んでもらえたなら良かった」


テーブルの食器を片付けようと立ち上がったら渡合くんに奪われた。


「大森さん座ってて。俺が片付けるから」

「え。悪いよ。わたしがするから」

「じゃあ。一緒に片付けよう」


キッチンに二人で並ぶ。わたしにとっては高いキッチンが渡合くんには低そうだ。

見上げたら目が合った。向けられた笑顔が恥ずかしくて慌てて視線をお皿に戻す。食器を軽く水で流して食器洗浄機にセット。もう一度見上げたらまた目が合った。合ってしまった。

今、渡合くんは何を考えているんだろう。


「水」

「あ」


流していた水を忘れるくらいに見つめてしまっていた。とても顔が熱くて。慌てて視線を戻してフライパンやボールを洗っていく。


「冷蔵庫にあったご飯。熱で頭がはっきりしてはいなかったけど大森さんが作ってくれたんだよね?」

「うん。メモに残しておいたんだけど」

「や。メモに名前がなくて」

「あ……」


そうだ。名前も何も書いてなかった。わたしだと分かってなかったら誰が何をしたか分からなくて怖いに決まってる。


「ごめんね。名前も何も書かなくて。どこの誰って感じだよね」

「や。ぼんやりとだけど大森さんだってことは分かってたつもりだから。いるはずないのに一瞬、母さんかとは思ったけど……」

「お母さん、お父さんと妹さんと海外に行ってるんだもんね。ほんとは一緒に行きたかったんじゃない?」

「いや……父さんは俺の顔を見たくないと思う。それに母さんたちは……」


見たくないって?

棚の上のフォトフレームに渡合くんの視線がうつる。お母さんと妹さんと思われる綺麗な女性とかわいい女の子が仲良さそうに笑っている写真。


「お母さんと妹さん?」

「……母さんと妹の彩羽いろは


写真を見る渡合くんがとても悲しそうな瞳をしている。なんて悲しい色なんだろう。この瞳は何度か見たことがある。そうか。写真の二人を見る時のものだったんだ。

瞳にうっすらと涙が滲んでいるように見えた。そんな渡合くんを見ていたら、わたし自身がとてもとても悲しい気持ちになっていた。わたしも涙がこぼれそうになってしまう。気づかれないように慌てて目元を隠した。


「大森さんの作るご飯がおいしすぎて食べすぎちゃったよ。こんなの毎日食べてたらすぐに体重増えそう」

「そうかな? わたしもっと食べる量を減らした方がいいかなあ?」

「そんなに小さいのに食べる量が多すぎてびっくりもいいとこだったよ」

「えへへ」


写真の話題を避けるようにする渡合くんの笑顔が無理をしているように感じた。


「俺がダウンしている時に食事を作ってくれたり氷枕まで用意してくれたんだよね? 本当にありがとう。いっぱい御礼をしないといけないね」

「ええ!? 御礼なんていいよ! わたし、渡合くんに色々助けてもらってるし!」


渡合くんの言葉にびっくりして拭いていたフライパンをうっかり落としそうになる。


「それとこれとは話が別でしょ。だってこんなに面倒見てくれてるのに」

「そんなこと言ったらわたしの方が先に御礼をしないとダメだよ! タオルハンカチもらったり電車で助けてもらったり傘とか! それに渡合くんが病気になったのはわたしのせいだし! ご飯作るくらいわたしにとっては簡単なことだから全然御礼が足りないよ!」

「病気になったのは大森さんのせいじゃないからね。おにぎりのせい。俺からしたら手料理を食べさせてもらえるのはすごいありがたいことなんだけど」

「全然! 何度でも作るよ!」


順番で言ったら今回のことは今までの御礼として受け取ってもらうのもありかもしれないけど料理はそこまでの御礼にはならないと自分では思ってしまう。


「御礼か……(母さん、彩羽。少しだけ自分のために望んでもいいかな)」

「うん! まずは渡合くんに御礼をしてからだよ!」


二人の写真に視線を送る渡合くんにわたしの気持ちを表明しておく。


「じゃあ、さ。俺のこと名前で呼んでくんない?」

「え?」

「俺の名前、知ってる?」

「渡合……蒼空そらくん」


もちろん知ってる。知らないわけがない。

初めて渡合くんの名前を口にした。キッチンで隣に立つ渡合くんの瞳を見上げながら。

心にたくさんの花が咲くようだった。

わたしは恋に落ちている。

このドキドキを止めることは……

もうできない。

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