2センチ クラス名簿
綺麗……表情は柔らかいのに顔のラインはシュッとした印象の整った顔立ち。切れ長の目尻がほんの少し下がっている。
少し茶色い瞳が優しくて柔らかい。
だけど、瞳の奥と微笑みに寂しそうな気配を感じた。
「自分で持てる?」
「あ……ごめんなさい!」
慌てて視線を外してしっかりタオルハンカチを押さえる。
うっかり見つめて瞳に見惚れてしまったこと、男の子と視線が合ってしまったことに顔が真っ赤になる。
こんなに男の子を近くに感じたことがなくて心臓がドキドキする。
その事実に鼓動がさらに早くなっていく。手に入る力が強くなる。
「えーと。俺の手は離して欲しいんだけど?」
「え? きゃっ!?」
少し困ったような男子の手の上からタオルハンカチを押さえてた。
手を離してから慌てて立ち上がろうとして後ろに倒れるわたしの両肩をこまりちゃんが支えてくれる。安心するくらいしっかりと。
またおかしな行動をとってしまった。絶対変な女って思われてる。わたしってなんでこんな風にしかできないんだろう。
「まだ止まってないね?」
「え?」
立ち上がった男子の手には少し赤くなったタオルハンカチが持たれたままだった。もう一度差し出してくれたタオルハンカチを受け取って鼻に当てる。
「もう少し押さえておいた方がいいよ」
「は、はい」
男子との距離が近づいて気づいた。青空が視界に入るほど見上げないといけないくらいにとても背の高いヒトだった。わたしが小さいのもあるけど。
「大丈夫、結安?」
わたしの前に回り込んだこまりちゃんと男子が程よい距離で並んでる。こまりちゃんとちょうど良さそうなくらいの身長差がなんだかお似合いに見えた。
他の新入生たちもそう思うのかどうなのか、歩きながらこちらをちらちら見てる。
「うん。こまりちゃん、支えてくれてありがとう」
「んー。ちゃんづけでもいっか。結安は小さいから小学生みたいに軽々だったよ」
ちょっとぎこちない笑みを返してしまった。
うん。そうだよね。生まれた時から小さいわたしはいつでもどこでも子ども扱い。中学生の時もクラスの男子からハムスターと言われて揶揄われてばかりだった。
二人とも綺麗な顔立ちだし、それに相応しいしっかりとした身だしなみも整えてる。
こんな風に素敵になれたらいいなあ。
お似合いに見える二人をとても羨ましく思ってしまった。
「……」
そんな二人を見つめる中村くんの視線が少し固い?
「もうすぐホームルームの時間だぞー。早く教室に入るように」
校門で生徒を見守っている先生が大きな声をあげている。
「やべ。入学式の日から遅刻なんてしたらまずいよな。急ごう」
「そうだね」
先を行く中村くんの背中を追いかけるこまりちゃん。
「それじゃあ」
「あ、これ」
止める暇もなく男の子が二人を追い越すくらいに早い駆け足で行ってしまった。
一歩一歩が大きい。足が長くて綺麗だなあ。あんなスピード、わたしの短足じゃ追いつけるわけがない。
「結安、早く!」
呆然と立ち止まっていたわたしに、大きな手振りで呼ぶこまりちゃんを追いかける。
タオルハンカチはしっかり洗って返さなきゃ。新しいのを買ってお返しするのもいいかもしれない。血が止まったか確認するためにワッフルの青いタオルハンカチを鼻から外すと小さな鳥の刺繍が目に映る。
背が高いし、しっかりしてて面倒見の良さそうな感じだし先輩かな? でも、もしかしたらこまりちゃんみたいに新入生かもしれない。
名前を聞くこともできなかった。まだ心臓がドキドキしてる。
結構距離の開いてしまったこまりちゃんと中村くんを追いかけるために小走りに追いかける。心と足がふわふわしてなんだか変な感じ。固いアスファルトがなんだか柔らかく感じる。
初めてのこの想い……この気持ちってなんだろう。もしも同級生で、同じクラスだったらいいな。そんな期待をしてしまうのも初めてのことだった。
生徒が校舎に入るための玄関で何人かの先生がクラス名簿を配っていたのでそれぞれ受け取る。わたしたちは最後の方だった。
「何組?」
「2組です」
「俺も2組」
「わたしも2組。おお。みんな一緒だね!」
「確認できたら早く教室に行きなさい」
腕時計で時間を確認する気難しそうな男の先生から少し厳しめに言われてしまった。
「遅れてすいませんでした」
「わたしたちのためにありがとうございます」
きっちりとお辞儀をして礼儀正しい中村くんと、明るく返事をするこまりちゃんの態度に先生の表情が和らいでいる。わたし一人だけだったら縮こまってしまうだけだったろう。二人が一緒のクラスになって心強い。上履きに履き替えて教室に向かう。
「セーフ! 先生、まだきてないぞ」
「まだちょっと時間があるよ」
「よかったね」
教室の後ろの扉から二人が覗き込んでる。
さっきの男の子はいるかなあ。いたらいいなあ。そしたらちゃんと御礼を言わないと。でもなんて言ったらいいんだろう。
二人が先に教室に入っていくので、すぐに後をついていく。すでに座っているクラスメイトたちの何人かに注目されてしまった。
あの男の子は……
あ。いた! さっきの男の子だ!
前を向いてこちらには気づいていない。
校門で初めて話したヒトたちがみんな同じクラスだなんてすごい偶然。きっといいことが起こるんじゃないかという予感を抱いてしまう。
名簿順に座ったわたしたちは先生の話を聞いてホームルームを終える。特に何事もなく順調に入学式を終えて教室に戻った。ロングホームルームで先生の自己紹介。生徒も名簿順に行っていく。順番を待っているだけで緊張してしまう。
氏名と出身中学校や家族のこと、高校生活の抱負や部活のこと、趣味や特技とか。
わたしはあまり大きな声を出せなかったけど、若干、噛みながらもなんとか終えることができた。
それに比べてこまりちゃんの笑顔のパワーがすごかった。背も高いことはあるだろうけど、ハキハキと明るく話す様子がかっこよく目立っていて男子も女子も好感を持ってるみたいだった。
そして中村蓮くんもそつなく礼儀正しく終わらせている。
順番に自己紹介が進んでいく。最後はあの男の子の番だ。
名前は?
「渡合
両手をあげてそんなアクションをして見せている。
クラスから笑い声が上がる。楽しいことを言うヒトなんだと思ったけれど、渡合くん一人だけ家族のことを話していなかったことに少し不思議に思った。
すぐ近くに座る男子生徒から「軽いジャブ入れてきたじゃん」なんていう言葉にニッとした笑顔を見せていた。身振り手振り、声の一音一音を追いかけてしまう。自己紹介をしている間、ずっと見つめてしまっていた。やっぱり柔らかな茶色い瞳が綺麗。声は高くもなく低くもなくすんなりと耳に入ってくる感じが心地いい。
目が合った。座ろうとした渡合くんと目が合ってしまった。吸い込まれそうな瞳に目が離せない。渡合くんが中腰の姿勢で止まってる。お互いに少し固まってしまった。
「明日からの日程は……」
先生の声で硬直が解けて席に座る渡合くんがもう一度こちらを見てることには気付けなかった。渡合くんは窓際の一番後ろの席。わたしは廊下側の後ろから二番目。名簿順で席がお互い端っこだし、わたしは一列前だからそんなにチラチラ見れないし。
あれ? 見れないって見たいってこと? なんでこんなに気になるんだろう?
ロングホームルームを終えて。知り合いらしいクラスの子たちが軽い会話を交わしながら帰り始めていく。誰も知り合いのいなさそうな子は特にやりとりもなく教室を後にしている。教室にはほとんどいなくなってしまった。初日だし、そんなものだよね。
わたしも誰とも話すことなく帰ることになると思ってたけども。
「結安。席が近くて良かったね」
「うん。わたしが斜め前で隣みたいなものだよね」
「此花さんが一番後ろの席で良かったな。誰の邪魔にもならないし」
校門ではおおまりと呼んでいたのに苗字で呼んでいることを不思議に思った。あ、高校になってまで良くないって言ってたんだっけ。
「それは否定しないけど。蓮なんか隣にこなければ良かったのに!」
「うわ。そういうこと言うと傷つくんだけど」
中村くんが胸に手を当てて痛そうなリアクションをするとこまりちゃんが追い打ちをかけるように鉄砲を撃つ仕草をしてた。
「一緒に帰ろうか」
「あ……あの。渡合くんに……ちょっと」
「あ。ハンカチの」
二人で渡合くんを見ると隣の席の女の子と話していた。
こちらから話しかけたいのだけれど、話しているところに割って入るのはわたしにとってかなり難しい。でも御礼の一言くらい言いたい。こまりちゃんと中村くんがいるのにじっと見つめて待ってしまう。
目が合った。
渡合くんが話していた女の子に手を振ってから、鞄を肩に下げてにこちらにやってくる。
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