第7話 娘が高校時代の同級生かもしれない件について

『……江さんは……』


 夢を見た。

 昔の夢を。

 それも、お前がいま気にしているのはこのことだろう?と言わんばかりにピンポイントな、高校時代の夢を。


 でもそんなの見せられなくたって、頭の片隅に居座るもやもやは、意識しなくたってずっと、くっつき回っていた。


 だけど、だからといって、


「どうしろってのさ……」


 その鬱陶しさから逃げたくて目を覚ましても、解決策なんて思いつきやしなかった。


           ※


(偶然の一致、ってことにしてくれないかなぁ……)


 まだどこか寝ぼけたままの頭で、思う。


 確かに琴田さんが配信で話題にしていた高校時代の話と、わたしが高校時代に体験した出来事は、内容が一致しすぎていた。偶然で済ますには出来過ぎている。

 でもだからって、どうしろと? 聞けっていうの? 本人に? 気まずすぎるでしょ。

 というか逆になんでわたしは、こるりちゃん……琴田さんが篠村さんだと、今まで気づきも思い当たりもしなかったんだ?


 確かに雰囲気は少し、変わっていた。

 年を重ねて成長し、髪型やメイクも変えているのだから、多少印象が変わるのは当たり前だ。

 でも今振り返ってみると、気が付くことができないほどに変わっていただろうか?


(どう、かな……)


 人の顔を覚えるのは、そこまで極端に苦手な方ではないと思う。……名前を覚えるのはめちゃくちゃ苦手だけど。

 それなのに覚えていなかったのはなぜだろう。彼女の顔があまり特徴的ではなかった? そんなわけがないだろう。


 魅力的であることと特徴的であることはイコールではないかもしれないけど、魅力を感じた相手に対して、印象があまり残らない、なんてことはないはずだ。

 そう考えると、やっぱり、


(思い出したく、なかったのかなぁ……)


 そこまでの思い出だったのだろうか。そんなにも傷ついていたのだろうか。


 うまく友達ができないことも、人との関係がうまく続かなかったことも、一度や二度じゃない。なのに彼女だけが別、なんてことがあるだろうか。

 まして彼女とは、そこまで親しかったわけでもなかったのに。


(……まあ、楽しかったとは思うけど)


 それは、認める。

 当時、彼女と話をするのは楽しかった。


 普段接することのないタイプの、重なることのないセカイの人との会話は新鮮だったし、相手のことを安易に否定せず、明るくこちらの話に耳を傾けてくれる彼女の存在を、好ましくも感じていた。


 でも、あくまでたまに話をするだけの、友達と言えるかさえ怪しい相手だったのは間違いない。どこか違うセカイの人だという感覚も、ずっと拭えなかった。


(……ていうか、本当に篠村さんなのかな?)


 わたしの思い込み、勘違い、発展させ過ぎた妄想の最先端が暴走しただけ、その可能性はまだ残されてはいる。


 それに、二人が別人だという決定的な証拠にはなり得ないけれど、1つおかしな点が、あるにはある。

 それは、


(苗字、違うんだよね……)


 彼女は自分のことを琴田と名乗っていた。

 そしてそれはVTuberとしての名前ではないとも。(VTuberとしては白祢こるりを名乗っているのだから、今となっては当たり前だけど)


 わたしが琴田さんのことを篠村さんだと気づけ、いやまだ確定じゃないから、思わなかった?のは、このことも大きかったのかもしれない。


 だけど苗字なんて、いくらでも変わりうる。

 親が離婚したとか、逆に再婚したとか。あとは単純に、本人が結婚した、とか。


(結婚……)


 別に、すでに既婚者だったとしても何もおかしくない。

 おかしくないんだけどなんとなく、違う気がした。なんでって言われると困るんだけど、なんとなく。

 もしくはただの、わたしの願望かもしれないけど。

 ……願望?


(いや、別にいいでしょ。篠村さん……琴田さん?が、結婚してたって、別に)


 なんだ? 先を越されたー!って焦燥感? それは烏滸がまし過ぎるでしょさすがに。そもそもわたし、結婚願望ないし。少なくとも自覚してる限りでは。


 まあ、友達に彼氏ができたら、その友達が恋人に取られた、みたいな気持ちになることもあるって聞くし、そういうやつかな。……それもやっぱり、烏滸がましい気がするけど。


(結婚、ねえ……)


 まあ本人の結婚ではなく、ご両親の離婚や再婚かもしれないし、そもそも本当に、琴田さんと篠村さんは完全に別人で、すべてわたしの勘違いという線もまだ完全には消えていない。そしてそれを確かめるには、もう本人に聞くしかない。……いやでも、聞けないでしょ、そんなこと!


 もう結婚ってされてますか、って? まして、あなたのご両親って離婚されてますか?なんて聞くの? 失礼すぎるわ!


(……もしくは、もしかして篠村さん?って、今さらだけど直接聞いちゃう、とか)


 いや無理。今さらすぎるってば。


(ていうか、篠村さんの方は下手すると気づいてないか? 考えすぎ?)


 でも今思い返してみると、彼女の言動には不自然な点が多かったように思う。いきなり高校時代のことを聞いてきたり、そこから友人関係に話を持って行ったり。


 ……いやでもこれ全部わたしの勘ぐり過ぎで、やっぱり彼女は篠村さんなんかじゃなくて、わたしが勝手に彼女へ篠村さんの面影を見てるだけって可能性も……。


(あ”ーーー‼)


 堂々巡りが過ぎる。わたしが一人で考え込んでたって解決する問題じゃないのに。


(どうにかして、それとなく聞いてみる、とか?)


 どうやって? そもそもわたしにできるのか?そんなこと。こちとらコミュ障の化身みたいな女だぞ。


(でも、やるしかないか……)


 だって直接真正面から、そんなことを聞く勇気なんてないから。

 その勇気はたぶん、というか絶対、いくら時間を経たって湧くことはないから。


 だからわたしはねちねちと、遠回りに、探偵の出来損ないみたいな真似をして、事実らしいものを捕まえるしかなかった。


 ……できる気は、まるでしないけど。

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