第6話 わたしたち、どこかで会ったことありますか? いや、運命とかナンパとか、そういうんじゃなくて
初配信以降、わたしはこるりちゃんの配信を毎回追いかけるようになっていた。
ただし忙しいときは半分、一種の作業用BGMとして聞いてしまっていることも多い。もっとも、配信が気になって逆に作業の方が止まってしまうことも少なくないけれど。
彼女の配信している内容は、雑談やゲーム配信あたりがメインで、ときどき歌枠もやってくれている。VTuberとしては王道と言っていい内容だ。
ただ、こるりちゃんはゲームにはあまり慣れていないみたいで、恐竜みたいな怪物を倒して素材を剥ぎ取るアクションゲームに初挑戦するも、チュートリアルの時点で操作に苦戦し続けた結果、リスナーに煽りと聞き
ただしゲームのプレイセンス自体は悪くないようで、成長速度は決して遅くない。そのうちリスナーたちの煽りコメント(とそれに対するこるりちゃんのリアクション)が見れなくなるかもしれないと思うと、少し寂しい。(わたしの見てた限りだと、リスナーの煽りも一線を越えるような酷いコメントはなかったと思うし)
個人的に嬉しいのが歌枠で、作業しながらでも流しやすい。
ゲーム配信ほどこるりちゃんのリアクションにいちいち手を止めなくて済むし、コメントも無理に追う必要がない。(ゲーム配信だと、ちょこちょこおもしろ煽りコメントとかがあったりするから、ついコメント欄を追ってしまったりするのだ)
しかしだからといって、別に真剣に視聴していないというわけじゃない。
まあ作業用BGMのように流している時点で、配信だけに向き合っている人ほど真剣に見ているとはいえないかもしれないけど、それを差し引いてもわたしは、こるりちゃんの歌が好きだ。
単純に歌が上手、というのももちろんあるけれど、わたしはそもそも、こるりちゃんの声が好きなんだと思う。
ただ、彼女の声を聞いていると、ふと脳裏をよぎることがあった。
それは……
(こるりちゃんの声、どこかで聞いたことある気がするんだよね……)
いま振り返ってみると、こるりちゃん……琴田さんに初めて会ったときにも、その感覚はあった気がする。
まあわたしはリアルの知り合いも少ないし、人と話す機会もほとんどないから、わたしが見ている他のVTuberさんと声が似ているとか、そんなところだとは思うんだけど。
そしてちょうど今も、こるりちゃんの歌配信を聴きながら、仕事絵の作業に取り掛かっていた。
『それじゃあ、これが最後の曲かな』
こるりちゃんがそういうと、その曲のイントロが流れ始める。
(あれ、この曲……)
耳へと流れてくるその音楽に、わたしは聞き覚えがあった。
それはそうだ。だってその曲は、わたしがプレイしているソシャゲのひとつ、シャイニングスターズ、通称シャイスタに登場するキャラクターの一人、
それを聞いてわたしは、ふと高校時代の記憶が浮かび上がった。
『でもみんなかわいいね、特にこの子』
わたしが開いていたシャイスタの画面を見て、そう呟いた女の子。
その子のことを、思い出す。
(……いや、違うでしょ)
一瞬、その子とこるりちゃん……琴田さんが重なって頭を振った。
だって、苗字が違う。
大体、もしそうなら、どうして向こうはそのことを言い出さないんだ?
(忘れてる……とか?)
ありえなくはない。というか、そもそもわたしだって最近まで、彼女のことを思い出すことはなかったわけだし。
ただ、わたしの場合は思い出す機会がなかっただけで、そのときの記憶そのものはずっと、わたしの頭の中にあった。
だけど友達がたくさんいただろう篠村さんからすれば、わたしのことなんて記憶に留めておくほどのものではなかったかもしれないし、覚えてもいないかもしれない。
そこまで考えて、不意に、身勝手に、自分のことなんか完全に棚に上げて、ふざけんなと思った。思ってしまった。
(……別に、すっごく仲が良かったとかじゃないのに)
クラスが変わった後、自分から会いにいこうともしなかったくせに、それでもそう、思ってしまった。
※
こるりちゃんは昨日の歌枠に引き続き、今日も配信をしてくれていた。いっぱい配信してくれてえらい。(でも無理はしないでほしい)
今日の配信内容は、仮想空間で建築や冒険が楽しめる、有名なインディーズゲームのプレイ配信だ。
彼女はこのゲームも今までプレイしたことがなかったみたいだけど、びびっどライブ!の先輩や同期とコラボした際に基本的な操作方法等を教えてもらった結果、最近では少しずつ、自分だけでもプレイできるようになっていた。
実際、今日はコラボではなくソロでプレイしている。今回は建築に必要な素材集めがメインのようで、半ば雑談配信のようになっていた。ちょうど忙しい時期だったから、ラジオ代わりの癒しとして流すのにちょうど良くて助かる。
集中力が切れていたのかなんなのか、わたしは配信の途中でふと、コメント欄が気になってしまい、そちらに一瞬、目を移した。すると、気になる言葉がそこに流れていた。
:そういえばこるりちゃんって、何がきっかけでVTuberになろうと思ったの?
「…………」
それはわたしも、ちょっと気になってはいた。
初配信の自己紹介でもこるりちゃんは、VTuberになったきっかけについては話していなかった気がする。
それに何というか、こるりちゃん……琴田さんと初めて会ったときにわたしはつい、どうしてこの人は、わざわざVTuberになったんだろうと思ってしまったのだ。
これはわたしの勝手な思い込みというか、偏見なのだけれど、わざわざVTuberになる人は、現実がうまくいっていないか、もしくは現実世界で手に入るものの中には満足できるものがないような人、うまく言えないのだけどつまり、現実世界が環境として合っていない人たちがなるものなのだと思っていた。
もちろん例外はたくさんあると思うけれど、他のVTuberさんの配信内での発言や雰囲気、それから、決して多くはないけれどデザインを担当させてもらったVTuberさんとの関わり(直接であれ間接的なものであれ)の中で、わたしはそのように感じていた。
でもこるりちゃん、琴田さんは別に、現実世界でも普通に生きていける人なんじゃないか。よく知りもしないのに、ついそう思ってしまった。
欲しいものが現実の外にある、というタイプの人にも、どうしてか見えなかった。もちろん、わたしの一方的な印象に過ぎないのだから、実際には全然違うこともあり得るのだけど。
だから、
『んー? わたしがVTuberになろうと思ったきっかけ?』
こるりちゃんがこのコメントを拾った瞬間、わたしは自分の心臓が小さく速く、跳ねたように感じた。
『うーん……ここでなにかこう、ドラマチック!なエピソードのひとつでも話せればよかったんだけど、何か特別、大きなきっかけがあったわけでもないんだよね。強いて言えば、今までフツーの会社員として働いてみて、あー、わたしの人生、このまま何も特別なこととか起きることなく終わっちゃうのかなーみたいな、そんな漠然とした……不安?を感じたというか』
ありがち、といえばありがちなんだろうなと思う理由を、こるりちゃんが口にする。
まあそういうものなのかな、と思ったところで、こるりちゃんが言葉を付け加えた。
『……ああでも、それがどうしてVTuberを選んだのかって意味では、高校時代のクラスメイトの子が、きっかけといえばきっかけかな』
聞き耳を立てる、なんて言葉は、部屋で一人きりのときに使うものではないと思うけど、わたしはなぜか、やましさを含んだかのような気持ちで、こるりちゃんの話の続きを待った。
『わたし、それまではアニメとか漫画とかゲームとか、そういう……オタク文化?に全然くわしくなかったんだけどね? クラスにそういうのが好きな子がいて、ちょっとしたきっかけで、その子と話すようになったの。……別に特別仲が良かったとか、しょっちゅう話してたとか、そういうわけでもなかったんだけど』
ヒトゴトとは思えない他人の話に、わたしの意識は引っ張られていく。
『その子と話してるうちに、わたしも可愛い女の子がいっぱい出てくるスマホゲーとか、その子が勧める漫画とか、ちょこちょこやったり読んだりするようになって。……わたし、夜は基本、11時には眠るようにしてるいい子ちゃんなんだけど、面白いって言われて初めてやったソシャゲとか、始めた日につい夢中になって、平日の夜に2時くらいまで、ぶっ続けでやったの。みんなには2時くらいなら普通じゃない?って言われそうだけど、当時のわたしにとっては結構大ごとで、その子……ここではKちゃんって呼ぶけど、Kちゃんめ〜!って、ちょっと恨んだくらい』
身に覚えがある。身に覚えがあることを思い出すのに少し時間が必要だったけど、その記憶は頭の隅っこに、確かに置いてあった。
『……あれ、何の話だっけ? そうそう、わたしがVTuberになったきっかけね。分かってる分かってる。……忘れてないよ! 誰!いま若年性認知症とか、そもそも本当に若年か?とかコメントしたの!見えてるからね! ……ボイチェンじゃないってば!もうっ! ……話を元に戻すけどさ』
息を整え続きを話そうとするこるりちゃんの言葉を、わたしはどこか焦るような気持ちで待った。
『そのKちゃんがさ、一時期VTuberにハマってたんだよね。……いや、ハマってた、なのか、今もハマってるのかは分かんないけど、少なくとも当時はハマってたみたいでね。わたしはその頃、まだVTuberとか知らなかったからさ。VTuberってなに?推しとかいるの?どの子?って聞いて、そこからわたしもVTuberについて知って、自分でも配信を見たりとかするようになったの』
こるりちゃんの話を聞きながら、ああ、わたしもその頃にVTuberの存在を知って、その頃からVTuberさんの配信を見始めたんだったなと思い出す。
そしてそのことを、確か篠村さんにも話したなってことも。
『だからわたしがこうやって配信活動を始めたりしたのも、その子のおかげって言えるのかも。……あ、みんながこうしてわたしの配信を見れたりするのもその子のおかげだから、ちゃーんと感謝するように! ……うむうむ。……おい、『じゃあこるりちゃんが今日も配信をしてくれているのもそのKちゃんのおかげですね! こるりちゃんに送ろうとしていたスパチャ代は、Kちゃんのためにとっておきますね!』じゃねーんだ! Kちゃんは配信とかやってないからたぶん! それはちゃんとわたしに送りなさい! ……やめろ!コメント欄を守銭奴って言葉で埋めるな! 違うから!そういうんじゃないから! ……ねえ!コメント守銭奴で埋めるのやめてってば! しゅーせんど!ってひらがなにしても変わんないよ! なんかコールみたいになってるじゃん! やめてね!今後もし仮にライブみたいなのができる機会があってもそれをコールにするの! ……フリじゃないってば! ぜったいやめてね! ねえ! ねえってばー!』
……弄られている娘は、今日もかわいいかった。
『はあはあ……。みんなのせいで素材集め、全然進まなかったじゃん。……えっ? そのKちゃんとは今どうなったのかって?』
自分の耳が、ぴくんと跳ねたのを感じた。そんな漫画みたいなことあるか?とは自分でも思うけど。
もしくは身体ごと、反応していたのかもしれない。
『うーん、それがさ、三年生に進級したタイミングでクラスが分かれちゃって、それっきり。さっき話したとおり、もともとすっごく仲良し!ってわけでもなかったし。Kちゃんもわざわざ、わたしのクラスに会いにきたりとかしなかったし。わたしもわたしで、なんか躊躇しちゃったんだよね。……ああでも』
こるりちゃんの話は、ヒトゴトのはずだ。
でも、だからこそ、
『その子、すっっごく絵が上手だったからさ、今頃イラストレーターさんなんかになってたりしてるかも』
その身に覚えがあり過ぎるヒトゴトに、心が落ち着かなくなる。
『だからもしかしたら、わたしの知ってるVTuberさんのママさんとかだったりするかも。……なんてね』
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