第4話 娘に娘をお披露目中
『……さんは…………、…………』
…………。
……………………?
「……あー……」
……ヤバい、寝落ちしてたっぽい。
いま、何時?
※
「……うん。かわいい、素敵です!」
提出したデザイン案にひととおり目を通した琴田さんが、笑顔でそう言って頷く。わたしはその様子を見て、ほっと胸を撫で下ろした。よかった、満足してもらえたなら何よりだ。
……それはいいんだけど、また直接会う必要があったのだろうか?
ラフ画完成後、寝落ちから目覚め、(起きた時点で日が沈み始めており、期限までほとんど時間がなかった。あっぶな……)デザイン案を先方に提出したところ、びびっどライブ!マネージャーの佐藤さんから、また事務所で打ち合わせができないかという内容のメールが届いた。今回も琴田さんの要望らしい。
ただし今回は、可能であれば来てほしいが、あくまでこちらのワガママのようなものだから無理をする必要はない。受け取ったデザインの出来も素晴らしく、大きな訂正が入ることはおそらくないだろう。という旨のメールが、佐藤さんによる丁寧な文体で送られてきた。なに?びびっどライブ!は琴田さんに弱みでも握られてるの?
まあ向こうは依頼主だ。断るほどの要望じゃない。そう思って後日、またびびっどライブ事務所へ向かい、二人と会うことになった。実際、修正案があればその場で調整しやすいなどのメリットもないわけじゃない。……お互いにわざわざ時間を使ってまですることかというと、疑問が残るけど。
そうして本日、またこうして事務所で打ち合わせをしている。
「溶きあめ先生からはわたしが、こんなふうに見えているんですね……」
琴田さんがしみじみとした調子でそう呟く。その様子に、わたしは少し違和感を覚えた。初対面のわたしからどう見えているかなんて、そんなに気にすることだろうか?
(…………?)
一瞬、寝落ちしたときに見た夢のことを思い出しそうになって、でも何も思い出せなかった。急に何?
まあ思い出せないことはいい。
それより今は、ずっと気になっていたことについて聞いてみることにした。
「あの、琴田さん」
わたしがそう声をかけると、琴田さんはラフ画が表示されたタブレットから目を上げ、わたしを見た。
「はい、何でしょうか?」
「その、どうして琴田さんはわざわざ、私に直接会いたいと提案されたのでしょうか?」
「えっ?」
琴田さんが一瞬、怪訝そうな表情をした……気がした。えっ?わたしそんな変な質問をした?
でもそんな表情はすぐに引っ込んで、いつもの朗らかな笑顔を浮かべて、琴田さんは理由を口にした。
「それは……わたし自身を見てもらって、そこから感じたイメージから、VTuberとしてのわたしを作ってもらいたいなって思ったからですけど……。あれ、佐藤さんにもそう伝えてほしいとお願いしていたのですが、もしかして聞いていないですか?」
ああなるほど。理由はもう知ってるものだと思っていたということか。
確かにそれは知っているけど。
「いえ、それは事前に聞いていたのですが、その、珍しいパターンだったので。今までも何度かVTuberさんのお姿を担当することはあったのですが、ご本人が直接立ち会われるのは初めてだったので……。なにか理由があったのかなと。……あっ、ちょっと気になっただけですので、その、何もなければ忘れていただいてっ!」
「それは……」
琴田さんは一瞬うつむいたかと思うと、微笑むような、大袈裟にいえばどこか夢見るような様子で、口を開いた。
「わたし、先生のファンなんです」
「ファン……ですか」
「はい。だからせっかくVTuberとしてデビューするんだったら、わたしの姿はぜっったい、溶きあめ先生に描いてもらいたいって、ずっと思ってて。だからわたしの方からママは、担当イラストレーターさんは溶きあめ先生がいいですって、そう言ったんです」
「それは……ありがとう、ございます」
そこまで言ってもらえたら、さすがに悪い気はしない。
「…………?」
あれ、なんだろう。今、となりに座ってるマネージャーさんが、ちょっと訝しむような表情をしていた気がするけど……気のせいかな?
「だから、と言っていいか分からないんですけど、念願叶って先生に描いていただけることになったんだから、せっかくなら先生から見たわたしを描いてもらいたいなって……。まあ要はわたしの私欲というか、個人的なワガママなんですけど……」
そう言って琴田さんは、一瞬小さく舌を出してから、笑った。
ちくしょうあざとい!かわいい!ムカつくぐらいかわいい! なんで
……わたし、ちょっと好みの美人とかに話しかけられたら、すぐに詐欺とかに引っかかりそうだな。気をつけないと。
まあその好みの女性に出会うことが(少なくとも三次元では)滅多になさそうではあるけど。
「なので先生からこのデザイン案をいただいたときは、先生から見てわたしは、こんなにかわいく映ってるんだ!って、興奮しちゃいました。……なんて、ちょっと調子に乗りすぎですね。先生はプロのイラストレーターさんですから、依頼された子のデザインは当然、かわいく仕上げてくださるでしょうし」
「それは……」
それはもちろんそうだ。
けど、
「もちろん描く以上は、バーチャル世界での大切なお姿を担当させていただくからには、自分ができる限り良いものを、かわいい子を提供できるように努めています。でも……」
「でも?」
「え? いやそのっ!」
やばい、いつの間にか口が勝手に……。
なんとか誤魔化さないと。
「その、直接会った本人のイメージをもとに描いてください、なんて依頼は初めてだったので、うまくできているか不安でした。ご満足いただけるものだったのなら、嬉しいです」
「それはもちろん! 大満足です!」
琴田さんが嬉しそうにそう頷いた。その様子に、わたしはほっとする。
「それならよかったです。琴田さん、すごく綺麗な方だったから。デザインに取り込むのにも苦労して……。これまでにも似たような依頼がなかったわけでもないんですけど、この人のかわいさに負けないようにしなくちゃ!ってプレッシャーを覚えながら描いたのは、今回が初めてかもです……」
…………。
……………………あれ?
わたし今、なんか余計なことまで言ったような……?
「あっ、その!」
思わず声をあげてしまったが、ここから訂正する方が変だし失礼だ。そもそも、別にそこまでおかしなことは言っていないはず。
……ただただ、わたしが恥ずかしいというだけで。
「ふうん……」
琴田さんが何かを短く呟いた。何と言っているかはよく聞き取れなかったけど。
「先生はわたしのこと、そんなふうに見てくれていたんですね……」
「いやその」
…………あれ?
琴田さんの声のトーンが、さっきまでと少し変わったような?
「えへへ。そんなふうに言われると、照れちゃいますね! 先生、お世辞までお上手です!」
だけど次の瞬間には、これまでの琴田さんに戻っていた。
「え? そんな、お世辞ってわけでは……」
「本当ですか? じゃあ、本気にしちゃおっかな? なんて」
などと話していると、マネージャーの佐藤さんが、琴田さんの近くに歩み寄ってきていた。
「琴田さん。そろそろ……」
「あっ、そうでしたよね。すみません先生。わたしたち、次の予定があって……。慌ただしくて申し訳ないのですが、そろそろ失礼しますね」
「あっ、はい!」
「溶きあめ先生。本日はうちの琴田の、我々の
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、繰り返しになりますが、ありがとうございました」
「先生! それではまた」
そう言って二人は部屋を後にする。
その後ろ姿を見ながら、わたしは既視感のようなものに襲われた。
(わたし、もしかして琴田さんと会ったことある……?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます