第3話 我が子、難産中

「にぎぎぎぎぎ……」


 部屋の中に不気味な声が響き渡る。

 その発信源であるわたしは、ディスプレイの前で奇怪な音を立てる妖怪と化していた。


(なんも浮かばねぇ……)


 わたしは今、VTuber事務所、びびっどライブ!から受けた、近々デビュー予定の新人VTuberさんのデザイン依頼、そのラフ画作業に絶賛難航中だった。


 先方からは、今回はこちらのワガママで少し特殊な依頼の仕方をしているし、間に合いそうになければ相談してもらえたらと、そう言ってもらっているとはいえ、相手方が提案してきた期限は明日の18時までだ。もうあまり時間がない。進展は存在しませんは厚顔無恥が過ぎる。


 それに、今回はいやに苦戦しているが、VTuberのデザイン依頼を受けること自体は初めてじゃない。

 ただ、依頼前に直接VTuberさん本人に会ってほしいと言われたのは初めてだった。


 その理由は本人のイメージに合わせてデザインしてほしいからというもので、それは別におかしなものではないとわたしも思うけれど、キャラクターデザインの打ち合わせにわざわざ本人も立ち会うというのは、少なくともわたしは初めての経験だった。たぶん、一般的にも珍しいんじゃないかと思う。


 普通、VTuberのキャラクターデザインを依頼してくる企業は、そのVTuberさん本人を介さずに企業側から直接、こういうイメージのものを描いてほしいとか、こういう要素を入れてほしいといった提案をしてくる場合がほとんどだ。

 たまにVTubeさん本人から、このイラストレーターさんに描いてほしいと事務所へ要望したり、事務所を通して中の人の意見を提案されたりすることもあるようだけど、本人が打ち合わせに直接顔を合わせるのはかなり珍しいんじゃないかと思う。タレントのプライバシーだってあるし。


「本人のイメージ、って言ったってなぁ……」


 初めての顔合わせで、デザインを担当することになったVTuberさん、いや正確には所属VTuberになる予定の人?である琴田さん(名前も教えてもらったんだけど良かったのかな? どうも本名っぽいんだけど……)に言われたことを思い出す。


『先生から見たわたしを、わたしにしてください!』


 その言葉は、難しいことを言ってくれるなぁと、今でもわたしの頭を悩ませている。


 結局その日の打ち合わせでは、細かいことは何も決まらなかった。

 琴田さんの要望である、わたしから見た琴田さんをデザインに反映させる、ということが、その場ではとても形にできそうになかったからだ。


 他の条件やイメージ、例えば特定の動物をモチーフにするとか、巫女さんなので衣装もそれらしくとか、そういったことすら指定されていない。こんな依頼は初めてだった。ある意味、設定からわたしが考えるようなものだ。


(こういうのって普通、デビューが決まった時点でそのへんの設定もある程度、決まってるもんじゃないの?)


 まあ、びびっどライブ!所属VTuberのキャラクターデザインを担当したとなれば良い実績になるし、こちらでコンセプトから考えるという労力も込みということなのか、依頼料はこれまでになく高額だったから、この条件で受けてしまったけど。


(琴田さんのイメージ、ねぇ……)


 琴田さんと初めて会ったときのことを思い返してみる。


 ……きれいな人だった。それは認める。

 すっかり二次元にしか興味を持てなくなったと思っていたわたしが、つい一瞬見惚れてしまう程度には、目を惹く容姿をしていた。


 美人、というよりは美少女という表現を使いたくなるような、少しの幼さを残した甘めの顔立ち。

 肩にはギリギリ届かないくらいの、ミディアムショートの髪は天然なのかパーマを当てているのか、緩く内巻きにカールを描いていて、どこかふんわりとした雰囲気を印象を受ける。

 ……こうして要素を並べてみると、わたしの推しの一人にけっこう似てる気がする。


(でも、なんかちょっと違う、かも?)


 そんなの違って当たり前なんだけど、それでもちょっと気になった。どこが違うんだろう?

 あらためて本人と会ったときのことを、彼女の顔を思い浮かべる。

 ……というか、本人のイメージをデザインに活かせというのなら、写真のひとつでも送ってくれればいいのに。この思い出す作業が結構大変だ。

 そんな不満と一緒に、彼女の容姿を脳内で浮かび上がらせる。


 大きくて丸っこい目。そこはわたしの推しと一緒だ。

 でも、少し垂れ目寄りのメイクをしていたけれど、本人の目つきはどちらかというと、ややつり目がちだったかもしれない。

 鼻や口は小さめで、ちょこんと乗ってるようなイメージ。


(なんかちょっと猫っぽい……かも?)


 わたしの推しに猫のイメージはない。大きな差を見つけるとすればこのへんだろうか。

 そこから連想していき、わたしはイメージを少しづつ固めていく。


 髪は……長さは本人と同じ、肩くらいまでのミディアムショートで、髪色は……白系統の色でいいかな。指定もないし、ここに関してはほとんど、ただのわたしの趣味だ。強いていえば黒ではないな、とは思った。本人の髪色が明るめだったから、そう思ったのかもしれない。


 体つきは全体的に細めがいい。ここも本人の体型と一緒だ。胸やお尻、ふとももはあまり盛らず、華奢に。そこに猫らしい、しなやかな印象を足していこう。


(……いや、でもやっぱり胸はちょっと盛るか?)


 わたしの中の何かがそうささやいた。

 そいつの正体が天使か悪魔か、そのどちらでもない別の何かかは知らないが、そいつの意見自体にはわたしも賛成だった。

 ……ちょっと、ちょっとだけだ。小さくはない、でも巨乳とも言いがたい、ギリギリのラインを攻めろ。


「うおおぉ…………!」


 アイディアがどんどん湧き上がる、とは言わない。

 でも脳内に浮かび上がり、少しづつ外側へとあふれ始めたイメージのかけらが手の中からこぼれ落ちてしまわないように、思いついた端からどんどん手をつけていく。そうすると、少しずつこの子の輪郭が見え始めていた。


          ※


 気がつくと、夜が明けていた。


「…………できた」


 目の前のモニターには、いつの間にか完成していたラフ画が映っていた。

 それをあらためて、自分で見直してみる。


(……うん。悪くない、と思う)


 モニターを眺めながらひとり頷く。

 ちゃんとかわいいし……いやかわいくないものを描くつもりなんか始めからないんだけど、その前提を踏まえた上で、わたしはこの子に萌えられる。かわいい。

 それに本人のイメージとやらも、わたしなりに組み込めたと思う。これがあなたの、バーチャル世界での姿ですと、胸を張って言える程度には。


 ……よし! とりあえずこのデータを先方に送ろう。

 それから、それから……


(……あ、ヤバい)


 意識が、落ちる。

 それを自覚した瞬間には、わたしは机に突っ伏していて。

 そのまま、誰かにシャットダウンボタンを押されたみたいにぶっつんと、世界が暗闇に落ちた。

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