魔王人生 第1章 第4話 永遠の特異点


ベルとの戦いから数日が経ち、神代は「闇の衣ダークフォース」による身体強化の反動で体を痛めていた。


「……いってぇ……」

神代は身体をさすりながら、ぼそりと呟く。


ベルとの戦闘で限界を超えて能力を酷使したせいで、怪我の治りが遅く、無理に動けば激痛が走るほどだった。

しばらくは安静にしているしかない。


――が。

「……暇だな~」

寝転んだまま天井を見つめ、呟く。


本当にやることがない。とはいえ動けば痛む。どうしたものか……。

そうだ。ナスカに天使たちに関する情報を聞いてみるか。


そう考え、神代はゆっくりと身を起こし、下の階へと降りていった。


◆◆◆


「入るぞー」

神代が声をかけながら部屋に入ると、ナスカが器用に針を動かしていた。彼の破れた服を裁縫しているようだ。

「あれ? どうされたんですか? ……もしかしてお腹空きました?」

「……へぇ~、裁縫できるんだな」

「もちろんです!」

ナスカは得意げな表情で胸を張る。


「……まあ、それはともかく。ちょっと聞きたいことがあるんだが」

ナスカは針を止め、神代を見上げる。


「最近、戦ってて思ったんだが……俺、武器が無いんだよな」

「んー、そうですねぇ」

ナスカは気のない返事をしながら、また針を動かし始める。


その態度に神代の眉がピクリと動いた。

「・・・おい、今なんで話を聞き流した?」


次の瞬間、ナスカの頭にアイアンクローが決まる。


「い、痛い痛い痛いっ!」


神代は手を離し、もう一度問いかけた。

「今まで情報を聞き出すときは拒まなかったのに、今回はなぜ聞き流した?」


空気が少しだけ張り詰める。

ナスカはしばし沈黙した後、ぽつりと呟く。


「……もしかして、天使たちの拠点から武器を盗む気じゃ…?」


ナスカの問いに、神代はわずかに視線を逸らす。

「……行くのは止めませんけど、あまり気乗りはしないですね。そもそも、この世界にも武器はあるでしょう? それじゃダメなんですか?」


「……お前たち天使が地球に【魔王まおう】を探しに来たのなら、その武器も残ってるんじゃねぇか? だったら――」


神代が話していると、ナスカが静かに言葉を遮る。

「あそこには【魔王まおう】に関する情報だけじゃなく、見たくないものもあるんですよ? それでも行くんですか?」


「……もちろん」



ナスカは何度も問いかけたが、神代の答えは変わらなかった。

「……分かりました。それじゃあ、話します」


ナスカは針を置き、神代に向き直る。

「諌大くんの言う通り、私たち天使は【魔王まおう】に関する情報と武器を持って地上に来ました。その武器の名は【神器じんき 魔刀まとう 永遠エターナル】。神器級じんききゅうの武器で、拠点の武器保管庫で厳重に保管されています」


「……ん? ちょっと待て、神器じんき? なんか他の武器と違うのか?」

ナスカは少し間を置いてから説明を始める。



――神器じんき――

神器じんき】とは、その名の通り「神」を宿すとされる武器。通常の武器と異なり、金属で作られておらず、その製造方法は不明とされる。

一説によると、神器は所有者の血や思い出の品、大きな樹の枝、特定の土地の石など、様々な物質をもとに生み出されるという。




「なるほどな。それじゃ、貴重だからって理由で保管してるだけってわけじゃないな?」


神代がそう尋ねると、ナスカは小さく息をつく。

「……神器にはのようなものがあると言われています」

「能力って……俺たちみたいに?」


神代はふと考え込む。

いや待てよ……さっき「金属じゃない」って言ってたな……。

どういうことだ?


理解が追いつかない。


「……この話はやめましょう」

ナスカは静かに言い、再び針を動かし始める。



「……気をつけてくださいね」



小さく呟いたナスカの声は、神代には届かなかった。

神代は静かに準備を整え、夜の闇の中へと消えていった――



その夜、神代は天使たちの拠点から数キロメートル離れた住宅の屋根に身を潜め、様子を伺っていた。


「ん~……さて、どうするか……」

思いついたのは奇襲だった。

しかし、本来の目的は武器の調達、つまり「強奪」だ。


拠点の内部構造を把握しているわけではない。

だが、さっき倒した天使兵から得た情報によると、地上の拠点だけでなく、上空にも拠点が存在し、そこに武器の保管庫があるらしい。


「あんな飛行船みたいなのが浮かんでたのか……気づかなかったな……」

重要な武器はどうやら上空の拠点にあるようだ。しかし――

「―――……羽でも生やして飛べってか? ははっ」


自嘲気味に呟いたその瞬間、神代の身体に変化が起こった。「闇の衣ダークフォース」が発現し、漆黒の羽のようなものが背中から伸びる。


「……へ?」


突然のことに呆然とするが、すぐに意識を切り替えた。

「……まぁいいか。やるだけやってみるか」


少し戸惑いながらも、神代は生えた羽を使い、空へと舞い上がった。

「武器だけ奪いに行くんだ。戦いはできる限り避けねぇとな……」



そう呟きながら、彼は遥か上空へと向かっていった。



―― 天使の拠点 ――

街を見下ろせる高台で、大天使ラファエルとウリエルが話していた。

「どうしたの、ラファエル? あなたが私を呼ぶなんて珍しいわね」

「……本当にこれでいいのでしょうか? あの少年のことが心配です……」


ラファエルの言葉に、ウリエルはため息をつく。

「相手に情けをかけるのはやめなさい。神代諌大は自らの意思で戦うことを決めたのよ。どのみち戦う運命は変わらないわ」


その言葉に、ラファエルは何かを言いかけたが、唇を噛みしめて下を向いた。

「……やっぱりあなたは優しすぎる。でも、それがあなたの長所よ。戦った相手にさえ優しさを向けるなんて、最高神様にそっくりだわ」


ウリエルは微笑みながらそう言うと、ラファエルは彼女の肩を小突いた。


「あははっ・・・! でもね、私もあなたの気持ちは理解できるのよ。あの少年は孤独に見える……いいえ、むしろ自ら孤独になろうとしているように思えたわ」


ウリエルは遠くを見つめながら続ける。

「でも、どうすることもできないわ。説得が通じる相手ではないでしょう?」

その言葉に、ラファエルは苦い表情を浮かべながら答えた。


「……そう……でしょうか?」

「あなたも少しはそう思っているのでしょう? ああいう頑固な相手には、どこかで区切りを決めてやることが必要なのよ」


ウリエルがそう言うと、ラファエルは少し考え込みながらも、納得したように頷いた。

そんな穏やかな雰囲気の中、突如として拠点の近くで大きな爆発音が響き渡る――



ドゴォォォォンッ!!!



「――何事?!」

ウリエルが驚きの声を上げると、天使兵が息を荒げながら部屋に駆け込んできた。

「はぁ、はぁ……申し上げます! 南西の方向から、大規模な魔法攻撃を受けました!」


「魔法!? あの少年、魔法が使えるの? それにしても習得が早すぎる! 今いる天使兵でも構わないわ。急いでミカエルと現場に向かって! 私も行きます!」



爆発が起こる少し前 ――

神代は空中で足を止め、ふとある作戦を思いつく。

「……言葉が合ってるか分からねぇが、『陽動』ってやつか? うまくいけば拠点に入り込めるかもしれねぇな……やるだけやってみるか」


そう呟き、構えをとる。

「ナスカに教わったやり方だと……こう、だったか?」


彼は過去にナスカから魔法について教わったときの記憶を思い出した。



『基本的に魔法は才能が8割、努力が2割と言われているわ』

『才能、ね……』


『君は魔力量自体は少ないけど、使えれば戦術の幅が広がるわよ』

『まぁ、選択肢は多いほうがいいか……』


『じゃあ、とりあえずこう唱えて――』



神代はそのときの言葉を思い出し、詠唱する。

「――空を裂き、大地を轟かす龍の如き咆哮の前に爆ぜろ……!」



―― 空爆轟撃エアインパクト――



詠唱を終えた瞬間、強烈な衝撃波が炸裂し、周囲に爆音が響き渡る。

「うおっ――――?!」


想像以上の威力に神代自身も吹き飛ばされかけるが、すぐに闇の衣ダークフォースを展開し、体勢を立て直す。


「……」

爆発の跡を見つめ、呆れながらもニヤリと笑った。


「……まぁ、向こうの注意は引けたみてぇだな」

そう言って、神代は空中の天使の拠点へ向かって飛び立った。

天使の拠点に近づいた神代は勢いをつけ、二重窓を突き破って侵入した。


ガシャンッ!!


「――お邪魔しま~すっと…ん?」



室内を見回すが、誰の姿もない。



「…もっと人がいるかと思ったが、意外と静かだな。」

神代は飛行船内を歩きながら探索を続ける。



「それにしても、ずいぶん綺麗な建物だな。広そうだし、マップとかないのか?」


そう言いながら周囲を見渡すと、観葉植物のそばの壁にマップらしきものが掲示されているのを見つけた。


「これか…って広っ!」

思わず大きな声を上げた神代は、反射的に身を隠した。

しかし、誰も現れない。


「…本当に誰もいないのか…? えっと、保管庫は……ん? どこにも記載されてねぇな?」


マップを確認すると、南東のエリアには神代が入ってきた窓のほか、研究室や天使たちの居住区がある。しかし、肝心の保管庫の表記はどこにもなかった。


「…そういえば、保管庫は厳重に管理されてるって話だったな。」

マップ上には存在しないが、さっき歩いたときに気になった部屋があった。「第千研究室」という名称だったが、その配置には違和感がある。


神代は慎重に物陰から姿を現し、廊下へと再び出る。

「…行ってみるか。」


マップと自分の記憶を照らし合わせながら、第千研究室を探し始めた。




――数十分後。

「――はぁ、はぁ……全っ然見つかんねぇ……!」

何度この道を通った? 部屋を覗き、壁を押し、思いつく限りの手を尽くした。

しかし、どこにもない。

近くに「第千特殊研究室」はあったが、それらしいものは見つけられなかった。



「…っていうか、この警備どうなってんだ? 見回りくらい来いよ……?」

誰も来ない。

なぜ来ない? 必要がないから?



ふと、マップを見直した神代はあることに気づく。

「……このマップ、下に降りる階段も、上に上がる階段もねぇ……。もしかして、罠にハマった?」



その瞬間、遠くから足音が聞こえた。



神代はすぐに身を潜める。

「あれ~? ここの幻惑魔術が発動してる……また貼り直さないと。」

資料のようなものを抱えた天使が、ため息をつきながら壁に紙のようなものを貼っている。


神代は息を殺し、その天使を観察する。



……これはチャンスだな。

天使が近づいた瞬間、神代は素早く動き、ガラスの破片を天使の首元に突きつけた。


「――動くな。」


天使は静かに足を止めた。

「…君、幻惑魔法に引っかかったのね。ああ、名乗らなくていいよ。神代諌大さん。」


神代は驚愕する。

「――テメェ、名前を……って言いたいとこだけど、大天使共に知られてる時点で情報があってもおかしくねぇか。」


天使はくすりと笑う。

「あれ? 思ってたよりも人間らしいじゃんか。」


「一応言っとくが……お前、人質だからな。」



神代は呆れたように天使へツッコミながら、保管庫の場所を尋ねる。

「ハァ~……とりあえず聞きてぇことがある。武器の保管庫はどこにある?」

「武器の保管庫? ああ、君、あそこに行きたいんだね。いいよ、教えてあげる。」


驚くほどあっさりと、天使は神代を案内し始めた。


……すんなり道案内してるが、こいつ自分が何してるかわかってんのか?

まあいい。とりあえず武器が確保できるなら問題ない。


歩いていると、突然天使が話し始めた。

「……君は、何のために戦うんだい?」

「どうした?」


「私はね、武器が好きなんだ。よく変わり者扱いされてたけど。」

「……で? 戦う理由とどう繋がってんだ?」


「武器ってさ、敵を攻撃するためだけのものじゃない。自分を守るためのものでもある。正義に似ていると思わないかい?」


神代は少し興味を持つ。

「正義と武器が似てる……ね?」


「武器はお金を出せば敵にも味方にも売られ買われる。正義も理屈さえあれば敵にも味方にも“売られ買われる”。それに、ナイフや斧は食材や木を切るためにも使われる。最初は一つの目的で作られても、別の目的で利用される。それは正義も同じだと思わない?」


その言葉を聞いて、神代は自分の行動に対する疑問を思い出した。

「私は君を責めるつもりはない。ただ、理由わけを知りたいだけさ。」


「……俺は――」


その時、遠くから天使兵の声が近づいてきた。

「――チッ……さっさと保管庫に向かうぞ!」

「そうだね。まだ話したいこともあるし……理由は保管庫に着いてから聞こうか。」



二人は走りながら保管庫を目指した。



そして、ようやく保管庫に辿り着く。

「もうそろそろ着くよ~」


しかし、神代は無言を貫いていた。

「とりあえず開けるけど、その前に――」


『なぜ君は戦うんだい?』


再び天使が問いかけた。

「……強くなるためだ。俺を見捨てたやつ、俺を殴ったやつ、全員ぶっ殺す。救ってくれなかったやつも、神も、許さねぇ。」


天使は静かに笑いながら保管庫を開ける。

「君の戦う理由、聞けただけでも十分さ。奥にある黒い刀、それが君の探していた【神器じんき】だよ。」


神代は急いで奥へと向かい、漆黒の刀が目に入った


目の前に佇むのは、一振りの刀。

黒漆の柄には繊細な紋様が彫り込まれ、刀身には読めないが何かの文字のようなものが刻まれている。


「これが……【神器じんき 魔刀まとう 永遠エターナル】……。 ヤバいな、こいつは……俺でも分かる……」


神代は息を呑みながら、ガラスケースを拳で打ち砕き、迷うことなく刀を手に取った。


「とりあえず武器は確保した。あとはここを脱出するだけだ……」



魔刀を腰に収め、神代が保管庫を出ようとしたその瞬間——



「——そこまでです!」

鋭い声が響き渡る。 視線を向けると、保管庫の出口には大天使ウリエルが天使兵たちを従え、進路を封じていた。


「情報を受けて急行したが……まさか保管庫の近くにまで侵入していたとはな……っ!?」

開け放たれた保管庫。 そこから出てきた少年。 腰に携えた一振りの刀——


まさか……!?


ウリエルは神代の姿を見た瞬間、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


「総員、戦闘体制っ! 目標は【神器 魔刀 永遠エターナル】の奪還、および神代諌大の撃退! 他の大天使にも即時報告!」


「了解! ……総員、抜剣ッ!」

号令とともに、天使兵たちが一斉に剣を抜く。


「……チッ、来やがれ、クソ天使共ッ!」

神代も即座に魔刀を抜き、構えを取った。


——先に動いたのは神代だった。

天井を斬り落とし、崩れた瓦礫で道を塞ぐ。 距離を取ると、すぐさま詠唱を開始した。


「空を裂き、大地を轟かす龍の如き咆哮の前に、圧縮し爆ぜろ——」


—— 空爆轟撃エアインパクト



ドォォォン!!!!



轟音とともに炸裂する爆風。

「きゃあぁぁぁ!」

天使兵たちは魔力を察知し回避行動を取っていたが、それでも爆発の衝撃波に巻き込まれ、数名が吹き飛ばされる。


「くっ……! あの少年は!?」

「爆発の直前に保管庫の外へ——!」


天使兵の報告に、ウリエルは舌打ちした。

神代は爆発と同時に闇の衣ダークフォースを発動させ、黒き羽を展開。空へと飛翔していた。


「——っぶねぇ! もう少しで捕まるところだった……このまま姿を——」

安堵の息を漏らした、その瞬間。



ドンッ!!!



「ぐっ……!?」


背中に強い衝撃。

突如として襲いかかる得体の知れない一撃に、神代は咄嗟に周囲を見渡す。 だが、夜の闇に紛れ、何が起きたのか分からない。


「……っ何だ、今の……? 空を飛ぶのはやめて降りねぇと……」


そう判断し、地上へ降りようとした瞬間——



ヒュンッ——!



間一髪。 神代の目の前を、弾丸が掠めていく。

「っ!? ……銃弾……? まさか人間……? いや、ありえねぇ……天使どもに支配された人間が、俺を撃てるはずがねぇ……」


天使の中に、銃を扱う者がいるのか……?


「……チッ、こんな場所に長居は無用だな。急いで帰るか……!」

神代は、狙撃者の正体を掴めないまま、全速力で家へと向かった。



————……

草むらが広がる闇の中、 伏せた姿勢で暗視ゴーグルを装着し、銃を構える少女の姿があった。


「……ウリエル。指示通り、目標ターゲットに一発……打ち込んだ……」


『ありがとうございます、風鐘ふうりん様。もう戻られても大丈夫ですよ』


「……ん」

通信魔法を切り、少女——風鐘ふうりんは静かに立ち上がる。



「……一発……外した……」

悔しげに呟きながら、銃を背負い、拠点へと足を向けた——







第5話に続く――

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