第22話 浴衣と兆し フンヌシャ(憤怒者)

 チトセはユイと別れて帰宅した。くつろいでいた彼は、帰るついでに寄ろうとしていた所があったことを思い出す。それで玄関を出て下の階へ行く。そしてインターホンを押す。


「俺だ」


 そう彼が言うとすぐに扉が開く。キズナが顔を出す。なぜか挙動不審だ。チトセが訪問することは滅多にないので普段の彼なら喜びをいっぱいに体で表現している。抱きつこうとさえしたこともある。


「入るぞ」


 そう言うと彼は中には入っていく。キズナは今日は遠慮して欲しかった。彼にはチトセに絶対にバレてはいけない秘密が先程出来たのである。その矢先、チトセが訪れたのでバレしまったのか気が気でないのだ。


 もし、まだそうでないなら帰ってくれなんて言ったら怪しまれてしまう。チトセに問い詰められたら自白するしか選択肢がない。恩義がある彼を絶対に裏切れないのだ。なので平静を装って、やり過ごすに決める。


「飲み物を用意致します」


「すぐ帰るから大丈夫だ」


「あっ……すぐ帰られるんですね、良かったぁ」


「なんかいつもと雰囲気違うな」


「なっ、何を仰られますか、兄上」


「それが変だって言ってんだよ」


「私は元気です」


「馬鹿にしてんのか?」


「とんでも御座いません。そうなら私は舌を噛み切って自害致します」


「そん時は見せてくれ」


「兄上は私に死んでほしいくらい激怒されているんですね? やはり……」


「なら会わねぇよ。いつものお前なら、そんなことを仰らないで下さいと言うはずなんだけどな」


「…………」


「あっ!」


「なっ、何でしょうか?」


「コガレに何かされたんだろ?」


「そっ、そうで御座います」


「だからか。じゃあ手短に済ませて帰るわ。落ち着きたいだろうし」


「兄上は常に私のことを気にかけて下さるのですね」


「気持ち悪いんだよ」


「そう思われて本望です」


「付き合いきれねぇ。浴衣持ってるよな?」


「御座いますが」


「貸してくれ」


「お持ちでは?」


そでが破れて取れたんだよ」


「そんなことありますか?」


「あるから言ってんだよ」


「縫えば宜しいのでは? 兄上は裁縫が御得意ですし」


「なくしたんだよ、袖」


「そんなことあります?」


「あったから言ってんだよっ」


「そっ、そんなんですね。これは大変失礼致しました、兄上。浴衣は処分なされたのですか?」


「まだ持ってるけどな」


「物を大切になさってるんですね?」


「あぁ……そうかもな」


「どうして浴衣が必要なんですか?」


「祭りに行くんだよっ」


「誰とです?」


「誰とでもいいだろ」


「もしかしてチアキ……あっ、姉上申し訳御座いません。やはり、呼び捨てでお呼びするすることは出来ません」


「頭、大丈夫か?」


「…………はっ、はい。姉上を呼び捨てでお呼びしたので少し取り乱しました」


「少しどころじゃなかったけどな」


「姉上と行かれるのですか?」


「あっ、彼女も来るらしい」


「おめでとうございます、兄上」


「めでたくなんかねぇよ」


「またぁ〜、内心では踊り狂わられてるのではないですか?」


「うっせえ。早く貸してくれ」


「お断り致します」


「なんでだよっ」


「兄上、考えて見て下さい。せっかく姉上と御一緒するのですから借り物では失礼です」


「別に彼女は気にしねぇよ」


「そんなことは御座いません!……と思います」


「そっ、そっかぁ?」


「そうで御座いますよ、兄上」


 そう言うと彼はクローゼットの奥にしまっている浴衣を取り出す。そして急に着替え出す。あっという間に浴衣になった。


「何してんだ? オマエ」


「どうしても借りたいのでしたら私から剥ぎ取ってお持ち帰り下さい」


「イカれたのか?」


「そう思ってもらっても結構です」


「気持ち悪いな。もう借りねぇよ」


「承知致しました。兄上?」


「何だよ」


「せっかく着たので、帯を結んで頂けませんか?」


「自分でやれよ」


「私、不器用でして」


「じゃあ、今までどうしてたんだよっ?」


「不本気ながらコガレ殿に」


「じゃあ、コガレに頼めよ。向かいの部屋に住んでんだろ」


「それは……あっ、兄上。コガレ殿とはいさかい中ということになって、いや喧嘩したんです」


「んっ? 何か変だったぞ? 言い方が」


「それはですね……あまりにも腹が立って興奮してしまいました。それで頭が混んがっていたので御座います」


「あっ、そうなのか?」


「そう言えば?」


「何だよ」


「毎年祭りには行かれてたの、にどうして去年は行かれなかったのですか? 私、コガレ殿と二人で行くことになって大変気まずい思いをしたのですが」


「分かった分かった。やってるやる」


「本当ですか?」


「あぁっ」


 すぐさまキズナはクローゼットへ向かい帯を取り出すとチトセには片膝をつき差し出す。それをチトセが受け取ると立ち上がり近付く。するとチトセは手際よく結んであげる。


「さすが兄上です。何でも卒なくこなせてしまう。唯一の欠点は姉上との……何でも御座いません。失礼致しました」


「……あぁっ」


「あっ、そうです。せっかくので写真を撮っては頂けませんか? 兄上」


「自分でやれ」


「自撮りいうヤツですね。それでは私の体全体が写らないではありませんか? 兄上」


 そう言うと彼はチトセの前で正座し深々と頭を下げる。唐突なことにチトセは唖然とする。


「分かっよっ。だから頭上げろ」


 そう彼が言うとキズナは即座に立ち上がりる。するとスマホを手に取りチトセへと差し出す。気は乗らないが受け取る。


「撮るぞ」


「兄上?」


「何だよ」


「せっかく兄上が取ってくださるのですから十枚ほどお願いしたいのですが」


「はいはい。分かった。早くしろ」


「ポーズを取りますね」


「あっ」


「お願い致します」


 チトセは連射機能に設定する。一気に方を付けるつけるつもりなのだ。ボタンを長押しする。


「撮ったぞ。じゃあ、俺帰るぞ」


「何を仰られますか? 兄上。まだ一ポーズしか取ってません。あと九ポーズ御座いますよ?」


「分かったよっ」


 チトセはキズナがポーズと決めると撮る。これを繰り返す。なかなかポーズが決まらずイラッとすることもあったが付き合ってあげている。ようやくキズナ写真撮影会は終わった。


「撮ったぞ。ほらっ」


 そう言うとキズナにスマホを手渡す。さっそくキズナは確認を始める。チトセは玄関へと歩き出す。


「兄上、こんなに撮ってくださったのですね。百枚、いや数百枚御座います。兄上の私への愛を感じております。かたじけなく存じます」


 チトセは連射機能を解除し忘れて取り続けていたのだ。キズナは機械にうといので、その機能の存在を知らないのである。


 チトセは背を向けたまま、気にするなと言わんばかり手を上げる。その後ろ姿に深々と頭を下げる。


 チトセが部屋に戻った後、大量のキズナの写真がスマホへ送りつけられた、いや送信されていた。チトセは連射機能にしたことを後悔した。それと同時に写真集が出せるくらいの量だとも思ってしまった。そして、これがチアキのならなと頭をよぎった。なんだか憂鬱な気分になった。





 翌日、学校を終えてユイと待ち合わせした公園へと向かっている。放課後、滅多にその時間には来ないキズナが教室に訪ねて来てのだ。


 彼は、しつこく浴衣を買いに行く予定日と店名を聞いてきた。言いたくなかったが、あまりにもしつこいので今日だと言った。そしたら教室中の生徒全員に聞こえるような大声で兄上は本日このあと浴衣を買いに行くそうですよと言ったのだ。そして逃げ去って行った。


 チトセは昨日はあんなに写真を撮って喜んでいたのになと思った。もしかしたら、休憩時間にコガレに写真を眺めてるを見られた。そして彼女に自慢したら指摘されて連射機能のことが分かった。適当に撮っていたことがバレて憤慨して仕返しをしたのだと彼は思っている。


 ユイか彼に気づき駆け寄ってくる。そして、ランドセルの肩紐を両手で掴んで見上げる。


「遅いです」


「ごめん、ごめん」


「許すです」


「ありがとっ、ユイ」


「どこ行くですか?」


「浴衣を買いに行くんだよ」


「何ですか? それ」


「ん〜、祭りの時に着る服って言ったら分かるかな? お兄ちゃんは祭りに行くんだぁ」


「あっ、うん。ユイ、お母さんと二人で行ったよ、お祭り。ユイはお母さんと二人暮らしだったの。お祖父ちゃんの家に住んでいたんだ。お祖父ちゃんは天国に行ったんだよ。お母さんが言ってた」


 その言葉に彼は声が詰まる。彼は今の今まで彼女を祭りに連れて行こうと思っていた。しかし彼女の母との思い出が薄まってしまわないかと思い悩む。そんな彼を不安げな表情でユイは見上げている。


「お兄ちゃん?」


「んっ? なんだい?」


「ユイは祭りに行けないんだね?」


「えっ!」


「やっぱり、そっかぁ〜〜」


「……どういうことだい?」


「お兄ちゃん、嫌そうな顔してたっ。魔法使いだからユイが行きたいって言おうとしてのが分かったんでしょっ!!」


「違うよ。お兄ちゃんはユイが行ってくれないかもって心配してたんだよ」


「ホントッ! じゃあ、ユイも行っていいのっ?」


「もちろんだよ、ユイ」


「ヤッタァァ!!!!」


 彼女の溢れんばかりの笑みに彼は癒される。と同時に安堵もしている。


「ユイの浴衣も買いに行こうか?」


「うんっ!! お兄ちゃんっ」


 二人は公園を出る。





 二人は店の前まで来た。ふと彼は店内を窓から覗く。ピタッと足が地面に引っ付いたかのように止まる。なぜなら店内にチアキがいるからだ。


 一瞬、キズナのせいだと決めつけた。それで彼女はここに来たのだと。しかし、すぐに払拭する。キズナは店名までは言わなかった。一瞬でも自惚れてた自分に嫌気が差す。そんなはずあるわけもないのにと。しかし偶然でも嬉しいと思っているのだ。彼の鼓動は一気に速くなっていく。


「はいらないの? お兄ちゃん」


「入ろうか?」


 彼は扉を開ける。ユイが店内に入っていく。彼も後に続く。彼女か振り返る。


「ユイ、好きな浴衣選んでくるね? お兄ちゃん」


 彼は頷く。そして彼はチアキがいる場所とは逆の方に背を向けて横歩きしながら移動する。幸いなことにチアキ以外の客はいない。たとえ彼は客がいたとしても目を気にせずそうしようと思っていた。彼女に気付かれるくらいならマシだと思っていた。


 なんとか彼は男性用コーナーに辿り着いた。どれにしようかと選び始めるがチアキの存在が気になって集中できない。そうしているとユイからお声が掛かる。その方向へ横歩きで進む。そこへ着きチラッと振り返ると至近距離でチアキが浴衣を選んでいる。


「どっちがいいかな?」


 そう言うと彼女は二つ指差す。彼はそれらを手に取り屈む。そして、ユイの体にあてて吟味する。しかし、どっちが良いか判断が付かないよ。自分のセンスに掛けることにして決める。


「お手伝いしましょうか?」


 その声にチトセは振り替える。そこにはチアキが立っている。彼は尻餅をつく。咄嗟に言葉に反応して声質にまで注意がいってなかったのだ。


 直線までチアキは声を掛けようか思い悩んでいた。しかし、彼女はアグレッシブになると、この間決意してのだ。そして、ニューチアキになったのだと言い聞かせて勇気を出して行動に移したのだ。


「だっ、大丈夫? チトセ」


 そう言われた瞬間、尻餅をついた状態から彼は脚の力だけで立ち上がる。スゴイとチアキは見入ってしまう。


「あっ、すみません」


「謝るのはこっちだよ。ごめんね、チトセ君」


「お気になさらずに」


「手に持っているの子供用だよね」


「またプレゼント?」


「あっ、はい。めい」

「甥っ子にだよね?」


 姪っ子と言いかけたチトセは心臓が止まるかと思った。ほぼ同時に彼女が言ってなければ完全に言っていた。彼は深呼吸する。


「でも、それ女の子用じゃない?」


「えぇ…………あのですねぇ……ああ……そうです、甥は明るめの色が好きなんで」


「最近はユニセックスの服も多いしね?」


「ユニセックス?」


「男女兼用の服ってことだよ」


「そうなんですね」


「知ってるかと思ってたよ」


「あぁ……」


『お兄ちゃん、このお姉ちゃんにどっちが良いか聞いてみて』


「えっ!」


 声と同時にユイの方を見る。すぐに彼はしまったと思う。しかし、彼はチアキの方へと向くことが出来ない。


「いきなりどうしたの? チトセ君」


「………ちょっと首が」


「大丈夫?」


「もう治りました」


「良かったぁ」


「どっちにしょうかな? ん〜っ、どっちがいいんだろう」


 彼は独り言のように呟く。どうしても彼女に選んでくれとは言えないでいる。


「よかったら、私も一緒に選びましょか?」


「えっ……宜しいんですか?」


「もちろん」


 そう言うと彼女は顎に手をやり左右の浴衣を見比べている。時間をかけて吟味してくれるようだ。


「チトセ君の右手に持ってる浴衣かな? どうかな?」


 チトセは、さり気なくユイを見る。するとユイは何度も笑顔で頷いている。チトセが選ぼうとしたのは逆の方だった。ちょっと複雑な気分でもある。


「これにしようと思います」


「あっ、うん。良かったぁ」


「それでは失礼します」


「あっ! チトセ君」


「お礼代わりってわけじゃ全然、全然そうじゃないんだけど浴衣二枚で迷ってるの。それで見てくれないかな?」


「私で宜しいんですか?」


「もちろんっ!!!……あっ、うん」


「それでしたら、はい」


 すぐにチアキはその二枚を取って戻って来る。そしてチトセに見せる。どれでも彼女には似合うと彼は思う。だから、自分の好みで即決した。しかし、すぐに彼女に告げては失礼かと思う。なので、しばらく時間が経過するのを待つことにする。


 一方、チアキはドキドキしていた。しかし、彼があまりにも無表情なので興味がないのではないかと不安になってきた。なので興味を持ってくれるよう考える。それで一枚ずつ体にあてて彼に見せ始める。それでも表情にあまり変化がないので落ち込んできた。


「チトセ君っ?」


「あっ…………遅すぎですよね。私は右手にお持ちになっている浴衣がよろしいかと、はい」


「あっ……そうなんだね」


「あっ……はい」


「ありがとう。今日は見に来ただけだから。じゃあ、行くね」


 そう言うと彼女は浴衣を元の場所へ戻す。そして、そそくさと入口の方へ向かう。ただ彼は彼女の薄ろ姿を眺めている。彼女は店を出て行く。


 彼は彼女が戻した二枚の浴衣を手に取る。そして、彼女の浴衣姿を目に浮かべながら見比べる。そうしていると彼は選ばなかったもう一枚の方が良く見えてきている。それで一枚は戻す。そして帯を見て手に持ってる浴衣に合いそうなのを手に取る。


 彼は浴衣と帯を合わせてみる。そのまま高く上げ祭りで彼女が歩く姿を思い描く。その横を自分が歩いている姿を妄想してしまう。思わず笑みが溢れてしまう。


「何してるの? お兄ちゃん」


「えっ…………なっ、なっ、何でもないよっ」


「ふう〜ん」


 そう言った彼女は不思議そうな表情で彼を見上げている。慌てて彼は浴衣と帯を元の場所へと戻す。


「買って帰ろっか? ユイ」


「うん」


 彼は選んでいた自分用の浴衣とユイの帯を選ぶ。彼は帯は持っている。でもこの際、浴衣に合いそうな帯を買おうとも思ったががやめることにした。そしてユイの浴衣と一緒に会計を済ませる。そして店を後にし並んで歩く。


「お兄ちゃんのお家で浴衣を着てみるかい?」


「今日はいいやっ。今度にするね、お兄ちゃん」


「……そっかぁ。残念だな」


「今度ね」


「うん。そうしよう」


「じゃあ、行ってくるね」


「分かった」


 彼がそう言うとユイは手を振り浴衣の店の方に歩いていく。彼は彼女が気を遣ってしばらく彼と歩いてくれていたのかと思うと申し訳ない気分になる。しばらく彼は彼女を見送って歩き出す。


 その頃、チアキは店に戻ろうか迷っていた。しばらく悩んだ後、そうすることに決める。そして扉を開け中に入る。そして、浴衣と帯を取り購入する。その様子を精魂に戻ったユイが見ていた。





 ここ数日、ユイが姿を見せない。気になって仕方なく彼は三点を結ぶルート以外も捜してみたがさっぱりだったのだ。


 夕暮れ時、今日も彼女を捜している。諦め帰路につく。そして彼が公園の前を通りかかるとユイがブランコに座っている。彼は彼女の元へと駆け出す。


「ユイ?」


 彼女は寂しげな表情を浮かべながらブランコを漕ぎ始める。彼女は彼の存在には気付いていない。しばらく漕ぎ続けた後、ブランコから降りる。そうして、やっと、彼女はチトセに気が付き顔を上げる。


「ユイ?」


「…………」


「ユイ? どこに行ってたのかな?」


「…………病院っ」


「どっ、どうして病院に」


「ん〜っ……」


「教えてもらえないのかな?」


「すっとお母さんを病院の前で待ってたんだ」


「…………そうなんだね」


「うん。ユイ思い出したんだ。お母さんが絶対に会いに来るって言ってたこと…………でも来なかったんだ。いっぱい待ってたんだけどな」


「用事があったんじゃないかな?」


「嘘付いたってことかなぁ〜?」


「嘘は付いてないと思うよ」


「じゃあ、なんで来ないんだろ」


「今頃、ユイを捜してるんじゃないかな?」


「じゃあっ! ユイのお母さんはどこにいるのっ!!」


 そういった彼女の精魂がほんの少しだけ濁る。彼は自分の目を疑う。なので一回閉じてから再び開ける。やはり濁っている。このままではメイコンシャからホウコウシャへと変貌へんぼうしてしまう。更に深く濁ればシンショクシャへと。彼は体の力が抜けていくのを感じていく。


「どこにいるのっ!!!」


「…………どこかにはいると思うよ」


 そうしか彼には言えなかった。それに対して彼女は彼に背を向ける。彼は声を掛けることが出来ない。時間だけが無情に経過していく。どれほど経っただろうかユイが向き直る。


「お兄ちゃん?」


「んっ? なんだい? ユイ」


「ごめんね。困らせて」


「そんなことないよ。悪いのはお兄ちゃんだよ」


「違うよ。ユイの方だよ。だから謝らないで下さい」


「あっ、うん」


「仲直りするです」


「そうしょう」


 ユイは若干強張った笑顔を浮かべている。ユイを不安にさせてはいけないと彼は笑顔で応える。しかし、彼は上手く笑えているのだろうかと不安だ。


「面白いお顔です、お兄ちゃん」


 そう言うと彼女は自然の笑みを浮かべる。それに釣られるかのように彼の表情は柔和にゅうわになる。


「ユイ」


「これからはお兄ちゃんのお家に泊まらないかい?」


「えっ……いいの?」


「お兄ちゃんは一人で住んでいるから大丈夫だよ」


「お兄ちゃんも一人だったんだね?」


「……あっ、そうなんだ。ユイはどんな所に住んでいたんだい?」


「う~ん、どんなとこだったかな〜。あっ、いっぱい蝶々がいる木の所に住んでたです」


――蝶々?


「ユイがお兄ちゃんのお家に行くの嫌になったですか?」


「ご迷惑じゃないですか?」


「全然そんなことないさ。どうかな? ユイ」


「うんっ!」


「行こう? ユイ」


 彼女は頷く。すると彼は彼女を抱き上げる。彼女は少し上を見て微笑む。彼は微笑み返す。そして二人は帰路につく。





 帰宅した彼は浴衣に着替えている。ユイもそうだ。早いに越したことはないと彼はミレに浴衣姿の写真を送ることにしたのである。着替えた彼を見て彼女もそうしたのである。


 彼は写真を送った。すると速攻で返信が来た。その内容は全身姿を送ってこい、やり直しとの文面だった。彼女は自分に対しては文章も口調かと。でも裏表なく接してくれているので良しとしてる。


「何してるの?」


「写真を撮ってを送ったんだよ」


「いつ撮ったの? それに持っているものは何?」


「電話だよ、ユイ」


「どうして線がないの?」


「えっ……えぇっとぉ」


「お兄ちゃんは魔法使いだからいらないんだね」


「そっ、そっ……そうなんだよ、ユイ」  


「スゴ〜イ」


「こっ、これで写真も撮れるんぁ」


「えっ! ほんとうっ?」


「うん、本当さ」


「じゃあ、ユイを撮ってっ! お兄ちゃん?」


「もちろんさ」


 するとユイは浴衣を気にし始める。乙女心かと彼は思う。それで彼は浴衣を整えて上げる。そして彼は写真を撮っる。そして彼女に見せる。驚くとともにご満悦層である。


「ユイも撮ってあげるっ」


 彼は撮影画面に戻し真ん中の丸いボタンを押すと写真が取れると教えて上げる。そしてスマホを彼女に持たせる。


「あっ、そうだ! ユイ?」


「何ですか?」


「頭から足まで写るように撮ってもらってもいいかな?」


「分かったですっ」


 そう言った画面を覗き込む彼女は真剣そのものである。彼のお願いを叶える為、全身が入るようにバックしながらアングルを決めてくれている。しばらくして立ち止まる。


「撮りますよ? お兄ちゃん」


「お願いするね」


 そう彼が言うと彼女はボタンを押す。すぐに近寄って来て写真を見せてくれる。少し斜めに写ってあるが上出来だ。彼がお礼を言い褒めると彼女は照れて顔を赤らめた。





 深夜、彼は目が覚める。暗闇の中、見えもしない天井を見上げている。彼は考えにふけっている。時間だけが、いたずらにに経過していく。そして、ある考えに至る。


 それは祭りの後にユイを境界門を潜らせようと彼は思う。それが彼女にとっても良くホバクシャとしての使命だと言い聞かせる。


 彼はカントクシャにメッセージを送る為にスマホを手に取る。暗闇の中で光る画面に、待ち受けにした写真の中のユイが笑顔を浮かべている。彼は心中複雑で悶々もんもんとし続けている。


 その後、なかなか彼は寝付けなかった。

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