最終話 ボロボロの帰還


 “お嬢さま”の目論見もくろみどおり、“わけ知り顔”と“ゲス野郎”をのせたバイクは、地上へあらっぽく着地したものの、座席にのるふたりは「“玉袋デカ男”の誇張しすぎた特注ふんわりズボン」のおかげで大した衝撃を受けずにすんだ。


 “ゲス野郎”は気絶しているが、かろうじて動ける“わけ知り顔”はベルトをはずし、座席から這い出る。


 時間は、夜明けまえであった。

 太陽こそまだ出ていないが、うっすらと、空が明るくなっている。


「屋敷が、くずれていく……」


 “わけ知り顔”のげんのとおり、山奥にあって、林立りんりつする大木と威を競うようにそびえ立っていた洋館が、いま、砂上さじょう楼閣ろうかくのようにガラガラと崩壊してゆく……


 呆然ぼうぜんとしばらくながめていると、やがて、洋館はガレキの山と、地下へとつづく大きな穴だけがのこった。


「“カタブツ”さん……“お嬢さま”……」


 くやしげに“わけ知り顔”が独りごちていると、「おーい」とどこかから呼びかける声がある。


「こ、この声は……まさか!?」


 “わけ知り顔”がクイッとメガネをあげると、そのレンズの奥にうつるのは……“カタブツ”と“お嬢さま”であった!

 地下のガレキが積み重なって階段のようになっているところを、ふたりで支え合いながら、慎重にのぼってくる。


「ぶ、ぶ、無事だったんですね!?」

「ああ……メカ畳が、最期のちからをふりしぼって助けてくれたんだ……」

「で、ではメカ畳氏は……」


 その問いかけに、“お嬢さま”が黙って首をふる。

 それを受け、“わけ知り顔”はひとりしずかに黙祷もくとうした。


「それにしても、みんな……あまりにも満身創痍まんしんそういですね」


 “わけ知り顔”の言葉に、みんなそろって笑った。


「それでも、命があることを感謝しなければな……」


「本当に、そうですわね……。さしあたって、どう帰るかが大きな問題でしょうか……」


「た、たしかにバスのエンジンも喰われてしまい、動かすことができません……。ど、どうしましょうか。デス畳がいなくなったから、なんとか歩きますか?」


「“ゲス野郎”がとくに重傷だから、連れていくことは難しいだろうし、比較的動けるぼくが急いでもどって、助けを呼んでくるか……」


 と、今後の対応を協議していたところ、「オーイエス!!」というよろこびの大絶叫が、そとに大きくひびきわたる。


「あ、あの声は……まさか“不沈艦”と“女豹めひょう”か!? 生きていてくれたのか!」


 そう、地下へとおもむく際に、別行動を申し出てバスへとこもっていた“不沈艦”と“女豹めひょう”が、休むこともなくむつみ合っていたのであった。

 声のもとへと向かうと、洋館の入口に置いてあったバスがはげしくユサユサと揺れている。


「この大きなバスをも揺らすとは……なんというおそるべきピストン運動……」


 “わけ知り顔”がメガネをクイッとあげながら、ゴクリとつばを飲む。

 そのときであった――


「オーウ、カモンカモンカモン! イエェェェェェス!!」


 と、“女豹めひょう”がオーガズムに達したらしき絶叫がひびいてきたのである。

 そして見よ。バスがロデオの暴れ馬もかくやというほど前後に跳ね、“不沈艦”の「んぬわぁぁぁ!!」という絶頂の声にあわせるように、目もくらむばかりの光の柱が立ちのぼったではないか!


 バスは、動かぬようおさえていた車どめ(“ゴリラ”が人間にはとても動かせぬ岩を置いてくれていたものである)さえもついに乗り越え、ゆるりと、タイヤがまわりはじめた。

 ほんの少しずつ、バスが前進していく――


「い、いかんバスが動き出すぞ!」

「え、え、どうするんですかとめるんですか?」

「――いえ、ここからかなり長くくだり道がつづいていたはず。むしろこれに乗って行けるところまで行きましょう!」


 3人が顔を見あわせてうなずくと、座席ごとはずせたため手早く“ゲス野郎”を移送いそうする。

 “わけ知り顔”は先にふらふらとバスのステップへ足をかけ、


「おとりこみのところ、失礼いたしまぁす!」


 と絶叫した。

 ちょうど一戦終えて息をついていた“不沈艦”と“女豹めひょう”は驚嘆きょうたんした。


「えっ、あっ、ごめんうるさかった!?」


「いやまあうるさいかどうかでいったら尋常じんじょうじゃないボリュームではありましたが……そうではなく、ええと説明はあとでしますのでとりあえずみんなでバスへ乗りこませてください! 動きはじめているので、このまま走ります! とりあえず服を着てくださぁい!」


「アタシはかまわないわよ」


「こちらがかまうんですっ!」


 なんとかふたりを説きつつ、獣臭じゅうしゅう芬々ふんぷんたる車内であったので急いで窓をあけ、“お嬢さま”、“ゲス野郎”、“カタブツ”を順に向かい入れる。

 奔走ほんそうしながら、“わけ知り顔”はコンドームのから箱がすでに2つ重なっていることに気づいてふたたびゴクリとつばを飲んだ。


(フィクションでしかありえないと思っていた発射回数、やはり、ただものではありませんでしたね……)


 バスはくだり坂へと入り、どんどん加速していく――


「う、運転はどうする!?」


「す、すみません私は普通免許ももっておらず……“カタブツ”さんはどうですか!?」


「普通免許はもっているが、中型免許はもっていない……ええい! さっき『最初で最後の無免許運転』とタンカを切ったのに恥ずかしいが、やむをえない。道路交通法違反だ。今度こそ“カタブツ”人生最後の無免許運転だッ!」


 “カタブツ”が運転席へドカリと座り、曲がりくねった山道をハンドルを切りつつ、スピードをころしすぎないようにしつつ突き進んでいく。

 これが最後どころか、今後も幾度いくどもの無免許運転する場面がおとずれることを、この時点の彼は知らない――


 “お嬢さま”は疲れはてた、でもどこか満たされたような表情を浮かべながら、“カタブツ”のとなりに座った。

 “ゲス野郎”はふと顔を起こし、「こいつ絶対死ぬだろ、と思わせて最後まで生き残る、それがこのおれ“ゲス野郎”さ」と不敵に笑うとまた気を失い、あまりにも疲弊したのであろう、“わけ知り顔”は昏倒こんとうするように眠ってしまった……


 29人でおとずれた合宿は、もはや6人にまで減ってしまった。

 しかし、それでも彼らは生きのびたのだ。

 やがて太陽がのぼり、世界は明るく晴れやかになってゆく。

 その光は、エンジンをなくしてなお必死に走るバスと、どんな建物だったかいまはもうわからないひとつの屋敷を、どこまで等しく照らして――


〈完〉

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