第三章 兵器の起動・最終決戦

第33話 兵器が自ら語る起動条件


 メカ畳――


 そうとしか表現しえぬ、銀色にかがやく二枚の畳が垂直に、部屋の中心の2メートルは超えていようかという大きな機械にえつけられていたのである。


 一同は、順に部屋にはいると、おのおのおどろきを口にする。


「屋敷の地下にこんな空間があるとは……」

「これが、兵器……?」

「ウワ、ウワ、デス畳に対抗するにはメカ畳ってわけかい……!?」


 ひとり放心したように、メカ畳を見あげる“お嬢さま”であったが、ひきよせられるようにそっと近づく。

 そして、そのわきをミニ畳がトテトテと不器用に、けれど感無量といったようすで走っていき、メカ畳へと抱きついた。


「あっ、ミニ畳氏……!? 不用意にさわっては、なにが起こるか……!」


 そう“わけ知り顔”が制止しようとしたときにはまにあわず、ふれられるや否や、メカ畳が突如として発光をはじめる。


「ウワ、ウウウワァァァァァ!!」


 それは“びびり八段”が絶叫して尻もちをついてしまうほどの光量であり、一同はまぶしさから手で顔をおおう。


「ヒ、ヒィィィ」


 ほうほうのていで逃げようとする“びびり八段”であったが、彼がその手を三たび這わしたとき――


『ついに、ここまでたどりつく人間が現れてしまったのデスね……』


 いかにも機械的に合成されたかたさヽヽヽのある音声が、けれど発音としてはなめらかに、かつおごそかにしゃべりはじめたのである。

 次いで――パッチリとした大きなひとみが、メカ畳の表面に浮かびあがる。


「あなた……あなたが、いま、しゃべったの?」


 “可憐”が、メカ畳のまえに進み出て、問う。


『はい、ご認識のとおりデス。ワタシはメカ畳。この屋敷の主人につくられた――そう、彼は兵器と――デス畳に唯一対抗できる兵器と、ワタシのことを呼んでいました……』


「ほんとにメカ畳って名まえだったんだ……」


 “わけ知り顔”のそのつぶやきも耳に入らず、“お嬢さま”がミニ畳をかかえながらつんのめるようにさけぶ。


「デス畳に、あなたがいらっしゃればデス畳に対抗できるのですか!? 力を、わたくしたちに力をお貸しくださいまし」


 ミニ畳は“お嬢さま”の腕のなかでもがき、ぴょんとメカ畳の表面に貼りついた。

 メカ畳はピポパポという電子音を発したのち、かなしそうに目を伏せる。


『たしかに、ワタシにはそれだけの力があります……。ただ、いまはこの機械から動くこともできないのデス。それに……』


「機械からはずせばいいんですの!? 力ずくではがしていいなら、いますぐにでも……」


 はやって機械に手を出そうとする“お嬢さま”を、“可憐”が横にならんで肩に手を置く。


「おちついて、“お嬢さま”……。それに、なに?」


『それに……ワタシは、自分だけでは100%の力を出すことが、できないのデス。研究者でもあったワタシのご主人――マスターは、突如目ざめたデス畳に娘御むすめごを殺されたうらみから、彼らを撃滅げきめつさせるつもりでワタシどもの開発をはじめました。当初は純粋な機械のエネルギーでデス畳を打ち破るつもりでいましたが、デス畳の人智じんちを超えたパワーには、何度いどんでもかないません……。ワタシは、7代目のメカ畳です。そこでマスターは発想を転換したのデス……』


「発想を転換……?」


 横にならんだ“わけ知り顔”が、復唱しながらゴクリとつばを飲む。


『デス畳の力を借りよう、という考えにいたったのデス』


「デス畳の力を……しかし、借りるといったってどうやって……」


『デス畳の、いぐさをワタシに取り込むのデス。多ければ多いほど、ワタシのパワーは増幅します。しかし片一方だけではダメで、デス畳の兄弟両方のいぐさが必要デス……』


「……いまは、一刻を争うのにッ!!」


 聞く者の内臓がヒリつくような激情をこめ、“お嬢さま”が強く壁をたたいた。

 “わけ知り顔”は、おどろいてメガネをクイッとあげる。


「いやちょっと待ってください兄弟!? デス畳、あの二体は兄弟だったのですか!?」


『やはり、あなたたちも二体に遭遇しましたか……。そう、あの二体は、兄弟デス。といって、兄が目ざめることはそうないはずデスが……』


 “わけ知り顔”が一同を代表し、これまでのできごとを簡潔にまとめてメカ畳へと説明した。


『なるほど……おそらくデスが、その目をつぶされたほう……あなたたちは旧デス畳といっていましたか。そちらが粗忽者そこつものの弟でしょう。そして、弟のピンチに目ざめた新デス畳が……』


「兄、というわけですね」


『そうデス……当時の情報のままであれば、兄のほうがより賢く、より強大な力をもっています。ある程度はその新デス畳のいぐさもほしいところデスが……』


 一転し、静かに耳をかたむけていた“お嬢さま”が、炎がゆらめくようにゆらりとおもてをあげた。


「かしこまりました。それでは、わたくしがいぐさ採集に行ってまいります。みなさまはここでお待ちいただければ……」


「お、おれも、行かせてほしい。びびってばかりでなんもできてないけど、少しはみんなに貢献したい」


 真っ先にそうこたえたのは、意外にも“びびり八段”であった。

 デス畳の脅威を思い浮かべたのか、残像が見えるほどのスピードでひざや腰が笑っているが、首から上にだけは決意が宿っている。


「いえ、不遜ふそんではございますが、わたくしが一人で行ったほうが迅速じんそくに動けますわ。おねがいします。行かせてくださいまし……」


「しかし、どうやっていぐさを集めるのですか? あのデス畳が、そうかんたんにむしらせてくれるとも思えませんし……」


「新旧ともに、最初の和室で戦ったときの“剣豪”さまや“ゴリラ”さまの攻撃で、多少は散っているのではないかと見当けんとうをつけております。デス畳きゃつらがどこにいるかは定かではありませんが、スキを見て床から集められればあるいは……」


「さっき、“中型免許”くんも、バイクでかなり削り取ってたから量は期待できそう。ただどうやってあの部屋にもどるかだけど……ねぇメカ畳さん。私たちが来た入口の扉は閉まっちゃったんだけど、あなたのご主人さまはどうやって行き来していたの?」


 問われたメカ畳は、ブインと音を立て、入口とは反対の方角に光を照射しょうしゃした。


『あちらに出口とスイッチが……こちら側からしかあけられない隠し扉があるのデス。扉はそれぞれが一方通行となっており、マスターはこの部屋を出るときそちらを利用していました』


「なるほど、ではひとりはこの部屋に残って、その出口の扉を開閉してもらえば楽に出入りできそうですね。先ほどの鉄扉てっぴは“お嬢さま”しかあけられませんし……“可憐”さん、この研究室へ待機して、ドア役をおねがいできますか?」


 “わけ知り顔”からの提案に、“可憐”はまごついた表情を浮かべた。


「えっ、でも、私だけ……。そんなの、わるいよ……」


「いえ、先ほど、足首を少し痛めたのではありませんか? 少し引きずっているのが見えました。私のこの『わけ知りアイズ』からのがれることはできませんよ」


 “わけ知り顔”は本日最高のドヤ顔とともに、メガネをクイッとあげて“可憐”の負傷をおもんぱかってみせる。

 “可憐”は、実際には足を痛めておらず、見る人が見ればわかる程度に少し足をひきずって歩いていたのだが、足首を軽くおさえて


「うっ、ごめんね……。じゃあ、少しここで休ませてもらうね」


 と申しわけなさそうにまゆを落としてみせた。

 “わけ知り顔”はそのまま“お嬢さま”のほうへとからだをむけた。


「それで、そうすると『最初の和室』と『先ほどの隠し部屋』に拾いに行くのが現時点での最善と思われますから、いかに“お嬢さま”の身体能力がすぐれているといっても、二手に分かれたほうが早いのではないでしょうか。私と“びびり八段”氏とで……そうですね、『最初の和室』へ。『先ほどの隠し部屋』へは“お嬢さま”……すぐにでも、“カタブツ”さんの様子を見に行きたいでしょう?」


「えっ、『最初の和室』のほうが新デス畳がいてあぶないんじゃ……」


 立候補したはいいものの、危険度の高そうなほうを割りあてられるとは思っていなかった“びびり八段”はうろたえるが、不意をつかれたように“お嬢さま”がハッと息をのむ。

 肩がふるえ、血がしたたりそうなほどに拳をかため、


「申しわけ、ありません……。集め次第、すぐにそちらへまいりますわ……」


 と“わけ知り顔”たちに頭をさげた。

 いつのまにかミニ畳が“お嬢さま”の足もとまで来て、いかにも心配そうに彼女のふくらはぎをさする。

 “わけ知り顔”もまた、新デス畳への恐怖で肺がこわばるようであったが、さとられぬよう笑って腹から声を出してみせる。


「きっと『先ほどの隠し部屋』でまだおふたりが戦っていらっしゃるでしょうし、おそらく危険度はどちらも同じ! メカ畳氏という兵器を得てようやくこちらにも勝ちの目が見えてきましたし……って、いぐさを集めれば、勝て、ます、よね……?」


 突如不安がきざした“わけ知り顔”の上目づかいに、メカ畳が機械らしい平坦さで、しかし合戦かっせんをまえにした武士のごとき決然けつぜんたるまなざしで、こうこたえる。


『勝って……みせます。6代目メカ畳はそのエネルギーの転換なしに、ギリギリまでデス畳を追いつめました。最終的には果たせず、行方不明となってしまいましたが、デス畳まで、すでにあと一歩のところまで迫っています。ワタシの完成後まもなく病死してしまったマスターと、歴代のメカ畳の無念にむくいること……それが、ワタシの存在理由デス』


 “わけ知り顔”がわれ知らずあとずさってしまうほど、その声には凄絶せいぜつなる覚悟が秘められていた。

 それから出口で少しの打ち合わせをしたあと、“お嬢さま”が弾丸のように部屋をとび出してゆく――

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