第16話 解放されし旧デス畳


 なぜ、デス畳にトイレへの闖入ちんにゅうをゆるし、“悪魔ばらい”が無惨むざんにもい殺される事態となったのか――


 それを明らかとするには、“AVソムリエ”たち監視組に起きたできごとを語らねばなるまい。


「ばかやろう、“AVソムリエ”……」


 デス畳の放ったホログラムAVに幻惑げんわくされ、監視役メンバーのひとりであった“AVソムリエ”がデス畳の餌食えじきとなったのは第1話にて述べたとおりである。


 なぜかからのような手法をとってきたデス畳であったが、このモンスターの卑劣なるワナにとらえられてしまったのは、ただ“AVソムリエ”ひとりのみではない。


 極限の飢餓きが状態にあり、リビングの片すみで干物のごとく乾燥していた“電波喰らい”であったが、


「で、電波が……!? しかも、この、肉汁あふれる和牛ステーキのごとき滋味じみ、これはおれの大好物である5GHz帯の電波じゃないか……ッ!」


 とひとりうめいた直後、和室まで這いずっていき、狂気を宿したひとみで電波を吸い喰らったかと思うと、また同時にデス畳に喰われてしまった。

 けだし、としてデス畳が電波を放ち、マグロ一本釣り漁師のごとくに“電波喰らい”を釣りあげたのである。


 広大な砂漠のただなかで、ひとり餓死寸前であったとき、目のまえに水や食物しょくもつをさし出されてなお拒否できる人間など存在するだろうか。

 そうした状況に等しい“電波喰らい”が、そのワナを看破かんぱすることができず、たやすくとらえられてしまったのも道理であろう。


 また、デス畳のおそるべき謀略ぼうりゃくはこれだけではない。

 ときには、


『ほら、いつまでむくれてるんだい……こっちおいで』


 と、男性でさえ耳がはらむかと錯覚させられる、甘くとろけるような低音ヴォイスがひびき、


「ここに“イケボ狂い”がいたら、まちがいなく釣られていたでしょうね……」


 と、体調不良により本合宿に参加できなかったメンバーを想起した“善人だが浅慮”を戦慄せんりつせしめた。


 一方で、勝手にからだが踊り出してしまうクラブミュージックを奏でる、心安らぐ芳醇ほうじゅんなアロマの香りとともに「畳があったら横になる、それが日本人の魂!」という謎の演説動画を流す、諸事情により1話しか放送されず一部界隈で伝説となっている幻のアニメを映し出す、などいくつもの罠を放ってきたデス畳であったが、それらがあらがいがたい琴線きんせんとなっている者は今回幸運にも合宿に参加していなかったため、しばらくは釣果ちょうかのない状態がつづいた。


 かといって、デス畳がみずからこちらへおもむくようなこともなく、どうすべきか判断しかねていた“中型免許”であったが――


 ガタッ、ガタッ


 という、なにかがあばれるような音が、和室からひびいてきた。


 さらに、なにやら会話をするような「タミッ!」という怒声ももれてくる。


 “AVソムリエ”が、また“電波喰らい”がわれるたび、何者か(デス畳しか考えられぬが、旅館の女将おかみのようにデス畳がしとやかに引き戸を閉める姿はいささか信じがたいようにも思われる)により和室のとびらが閉められるため、なかの様子はようとしてうかがいしれぬ。


 とはいえ、開けないことにはわからない。


「ええい、虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ!」


 と、“中型免許”は故事成語こじせいごを絶叫し、“善人だが浅慮”にはすぐに逃げられるよう入口のところへ待機させてから、なむさんと引き戸を開放した。


 ガギンッ


 そこには、旧デス畳を拘束していた鉄鎖てっさを喰い破る新デス畳の姿があった――


「タァァァミィィィ……」


 ゆらめく陽炎かげろうのように立ちあがりながら、うらみ骨髄こつずいてっす、と言わんばかりの怨念おんねんをもって、低く、地獄の地鳴りのごとくうめく旧デス畳。

 ダメージは残るものなのか、“剣豪”に刺された左目は、つぶれたままである。


「逃げろ、“善人だが浅慮”!」


 “中型免許”がふりかえりながらさらなる絶叫をはなち、かつ少しでも時間をかせごうという意図であろう、あけたばかりの引き戸をスパァンと音を立てて閉めた!

 その直後、弱者たる人間ごときに拘束されていた鬱憤うっぷんを晴らすような音色で、旧デス畳がひときわ高く咆哮ほうこうする。


「タミィ!」


 そうして頭からロケットのごとく突っこみ、引き戸ごと入口を破壊し、その至近にいた“中型免許”は頭部に打撃をくらってふきとんだ。

 旧デス畳は傲然ごうぜんと入口に佇立ちょりつし、“善人だが浅慮”の痛切な悲鳴がリビングへとこだまする――


「ちゅ、ちゅ、“中型免許”さぁぁぁぁぁん!!」

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