第27話 一通の連絡

 椎崎美咲。双葉蒼葉。

 ――なぜだろう。俺に関わってくるのは、いつも女子ばかりだ。

 男子で言えば大和が一応話しかけてきたが、あれは友好的な接触というより、興味本位で観察されているようなものだった。まだ「仲がいい」と呼ぶには遠い距離感だ。俺自身が壁を作ってるせいもあるかもしれないけど。


 椎崎に関しては、未だに疑念が拭えない。

 あの完璧すぎる立ち振る舞い、距離感の詰め方、そして俺みたいな目立たないやつにわざわざ話しかけてくる理由――どこをどう考えても裏があるとしか思えない。

 もともと俺みたいなタイプと交わる存在じゃないはずなのに、なぜか自然と近くにいる。いや、「自然」と思わせられているだけなのか? 気づいた時には、あの冷静な瞳で俺のことを見つめていた。


 一方で、双葉は違う。

 初対面のときから積極的で、まっすぐすぎるくらいストレートに感情をぶつけてくる。

 ときどき、その笑顔の奥に小さな影――闇のようなものを感じる瞬間がある。おそらく転校前に何かあったんだろう。それでも明るくいようとしている。苦しみを隠して、周囲に溶け込もうとしてる努力が、痛いほど伝わってくる。

 クラスにも少しずつ馴染んできた。もう少しすれば、本当に笑える日が来るだろう。俺という厄介な存在さえ、距離を置ければ。


 そんなことを考えていると、スマホが震えた。

 着信。表示された名前を見て、少しだけ口元が緩んだ。


「……あ、りん兄? 久しぶりーっ!」


 電話越しに、やたらとテンションの高い声が響く。琴音。俺の妹だ。

 元陸上選手で、ボーイッシュな性格。運動神経はバケモノじみていて、長距離を走らせたら勝ち目がないと噂されるほど。


「なんだよ」

「ふーん、思ったより元気そうだね」

「いつまでも落ち込んでられねーよ」

「誤解、ちゃんと解けた?」


 琴音は、あの一件の事情を知っている。俺の数少ない味方だ。こうして電話をかけてくるのも、少しでも俺を気にかけてる証拠なんだろう。


「解けるってほどじゃねえ。でも、まあ……前よりは気にしなくなった」

「ならよかった。ちょっとは変化あったってことね」


 変化の確認か。……まったく、どっちが兄だかわからないな。


「お前は、部活辞めてからちゃんと体動かしてんのか?」

「あー、うん。まあ、ぼちぼちね」


 こいつも、ある意味で孤独だ。三年で引退――それ自体は自然なこと。でも、琴音は最後の大会を仮病で逃げた。背中に突き刺さる“期待”や“失望”の視線に、どうしても耐えられなかったのだ。

 俺とは真逆のタイプ。いつも前を向いて、周りなんか気にせずに突っ走る。その速さについてこれる人間なんて、そうそういない。……だから、気づけば一人になってる。


「来年、どうするんだ?」

「うーん、帰宅部かな。競うの苦手だし」

「別にそれでいいじゃん。楽できるしな。お前みたいに運動が得意でも、やる気がなきゃ高校じゃ通用しねーよ」

「むー! たしかに最近は体動かす機会減ったけどさ、私、全国優勝の実力だよ!? 今でも余裕でいけるから!」


 元気な声に、思わず苦笑が漏れる。冗談かと思ったが――


「少ないけど、今でも毎日10キロは走ってるんだからね! 舐めんな!」


 まじか。10キロ……。それ、ガチのアスリートじゃねーか。


「そこまで言うってことは、兄貴も当然鍛えてるよな?」

 う……。俺、最近ほぼ毎日サボってるんだよな……。

「ま、まあ、多少はな」

「へー……じゃあ明日、そっち行くから!」

「お、おう……来いよ」


 ……あ。しまった。


「やったー!! 初めて“行っていい”って言われたー!!」


 電話の向こうで琴音がはしゃいでる。俺がずっと拒否してたの、ちゃんと覚えてたのか。

 琴音が来るってことは、動かされるってこと。つまり、安息の日々終了のお知らせだ。


「じゃあ明日ね! 今日はもう寝るー! おやすみー!」


 光の速さで電話が切れた。


 ……明日か。

 椎崎と琴音は、どう考えても会わせちゃダメだ。何かが起きる。いや、確実にややこしくなる。

 明日は、冷静じゃいられない気がする。琴音の突風みたいなエネルギーに振り回される未来が、もう見えてきた――。

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