第七話 美咲の目

「朝から楽しかった~!」

 そう言いながら笑顔を見せる双葉。彼女は周りと溶け込むことを捨て、俺とかかわることを選んだようだ。初日から最後の最後まで、まるで俺に取り憑くかのように話しかけてくる。最初は話していた周りの女子たちも、かかわらないほうがいいと判断をした。その結果。すでに双葉に話しかけようとする人は限られていた。


「俺も久しぶりにこんなに誰かと話したな」

 高校になっても長話はしない。あくまで、息の合う部分の話をする程度だったし。

「だよね~。なんかずっと嫌な目で見られてたけど!倫太郎君は嫌われ者だね」


 何がそんなにうれしいんだか。確かに今日はいつも以上に視線を感じたけど、それを気にしている様子もなく、この子は楽しそうだった。


「明日からもこれは続くぞ」

 毎日、毎日、俺と一緒にいるだけで彼女は悪女とされ、突っつかれるのが運命。それは双葉にとってはかなり重いことだと思う。

「大丈夫!倫太郎君と一緒なら楽しいし!」


 だが、双葉には全く気にならないようだ。一日でここまで執着するとは…。彼女の純粋さは伝わってくるけど、逆にそれが怖くも感じる。まるで何かを背負っているかのような強さと潔さが、どこか不安を覚えさせる。


「明日も一緒にどう?」

「俺が学校に行く気になればな」


「わかった!私、こっちだから!じゃーね!」

 そう言うと、風のように走って行った。その背中を見送りながら、俺は小さくため息をつく。これが転校生・双葉蒼花か…。まるで嵐みたいなやつだな。


 ふと気を抜いたところで、背後から声が聞こえた。

「あの人が転校生ですか?」


 振り向くと、そこには椎崎が立っていた。


「つけてきたのかよ」

 このタイミングで声をかけるということはたまたまなわけがない。確実に後ろからつけてきいたな。

「草加君が女子と一緒にいるって聞いたので、ちょっとチェックしようかと」


 こいつもこいつで遠慮のないやつだ。俺に向かって堂々とそんなことを言うあたり、怖いもの知らずというか図太いというか…。


「で、どうだった?」

「あなた、噂よりもずっと丸い人なんですね」

 笑顔をみせてくる。完全にあおってきているな。

「うるせぇ。普段からこうだっつの」


 俺が絡みづらいと思われてるのは、単に噂が一人歩きしてるせいだ。人とかかわることをめんどくさいと判断してるせいもあるが。少なくとも俺は他人から求められたものを答えない腐った人間じゃない。


「あの人、すごいですね。まさかあなたとあそこまで馴染むとは」

「俺も驚いてるよ」


 正直、こんな短時間であそこまで打ち解けるのは予想外だった。でも、椎崎もこうやって普通に話してるのを見ると、俺もそこまで孤立してるわけじゃないのかもな。


「協力しましょうか?」

 椎崎がこういうことはどこか察しがついた。

「何をだ?」

「あの転校生ですよ。あそこまで付きまとわれたら、自由がなくなりますよね。それを半減から無にできますよ」


 なるほど。こいつの力なら、確かにそれも簡単だろう。椎崎の周囲には彼女のイエスマンが多いし、それを使えば双葉を俺から遠ざけるなんてお手の物だろう。


「本人の意思を尊重してやれ」

「あなたって優しいんですね。いい方向に変えるのは、彼女よりあなたかもしれませんよ。…で、本当のところを教えてくれませんか?」


 椎崎の物言いに、内心少しイラッとする。この態度、どうにも上から目線で、むかつくんだよな。


「無理やり方向転換させるのはやめろ。俺はあんなやつらと仲良くなる気はない」

「そうですか。でも案外、あの人たちって使い勝手がいいんですよ」


 その言い方…。やっぱり椎崎はそういうやつか。彼女が築いている環境は、表面上の秩序を保つために計算されたものだ。でも、それを維持するために裏でいろいろ手を回しているのも見え隠れする。


「お前と仲良くしてるやつって、ある意味怖えーな」

「それはお互い様です。偽の情報によって怖い存在になる者もいれば、偽の情報で良い存在になる者もいる。対比していますが、私たちはどこか似ているのかもしれませんね」

 似ている。たった結果が好きであるか嫌いであるかだけ。あながち間違ってい兄のだろう。噂が独り歩きした結果理想の椎崎美咲、草加倫太郎がうわれた。お互い、それに従って衣生活をしている。それなら間違ってはいない。

だが、

「俺はお前みたいな怖い人間じゃない」

「ふふ。面白いこと言いますね」


 その笑みはどこか不敵で、人を見下しているようにも思える。でも、学校で見せる笑顔とは少し違って見えた。


「それでは、ご飯にしますか?またキッチン借りますね」

 急に俺の家に入ろうとしてくる椎崎に、俺は反射的に言い返す。

「何言ってんだ」

 すごく自然すぎた言葉。俺の声を聴くと一瞬思考を停止させている。

「!! いえ、帰ります!」


 我に返ると顔を赤くしながら、自分の部屋に入っていった。なぜ、あんな言葉がでてきたのだろうか。俺をからかっているようにしか見えないが。

 椎崎も双葉もかなり個性の強いやつだ。

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