第六話 俺を肯定するのは間違っている
「倫太郎君、ありがとう!」
双葉を学校まで送り届けた俺。遅刻ギリギリだったが、なんとか時間内にたどり着くことができた。
「職員室は、左にまっすぐ行けばいいからな」
「わかってるよ。それじゃあ、またあとでね!」
双葉と別れ、俺は自分の教室に向かった。
教室に近づくと、ちらほらと噂が聞こえてくる
「あの草加倫太郎に近づく女子がいたらしいよ」
「朝学校で一緒に歩いてる人がいたってほんとなの?」
さすがの連中だ。俺のことは嫌いなくせに俺への噂には敏感。この可能性があることは予想通りである。だから途中で解散するという選択肢もあった。
一度頼まれた以上、学校まできちんと案内する必要があった。まあ、双葉のほうから特に何も言わなければ、「たまたま一緒に登校しただけ」ということで収まりそうな気もする。
教室に入り、適当に席について頭を伏せた。これであとは朝礼で双葉が無事に自己紹介を済ませてくれれば、この“ミッション”はクリアと言えるだろう。それ以降、双葉が話しかけてきたとしても無視を貫けば問題ない。
「えー、急なんだが、今日は転校生が来ました。ほんとは夏休み明けからの予定でしたが、本人の意向で今日から投稿となります」
先生の言葉で教室がざわつき始める。男子たちは「かわいい子かな?」と期待に胸を膨らませ、女子たちは「もしかしてイケメン?」と興味津々だ。だが、残念ながら男どもを驚かせる展開になる。転校生は、女子だ。
ほんとは夏休み明け。きっと相当嫌なことがあったのだろう。それを癒すのに夏休みには足りなかった。それくらいのことでなければ、半年で転校を選ぶとは思えない。
扉が開き、教室に入ってきた双葉。緊張しているのが手に取るようにわかる。手が震えていて、その様子が見ているこちらにも伝わってくるほどだ。
「あ、あの……双、双葉蒼花です。よろしくお願いいします!」
震える声で自己紹介をする双葉。その瞬間、クラスのほとんどの視線は彼女自身ではなく、俺に向けられている。どうやら「一緒に登校していた生徒」に注目が集まってしまったらしい。
「ねぇ、あの子、あいつと朝一緒にいた子じゃない?」
双葉が「自力で登校した」という設定をしっかり貫き通せばこのうわさもなくなるだろう。いまは、最初の一手目が大事だ。
「私、今日はひ、一人で学校に来るのが不安で……遅刻しそうだったんですよ」
設定が何処かに飛んで行ってしまった。これでは、完全に俺が学校に連れてったっと思われる。
案の定俺への視線も多く感じている。
「そのとき、倫太郎君が助けてくれて――」
教室の空気が一変する。転校生というよりも、「倫太郎と一緒に登校した謎の生徒」という認識になったようだ。この結果、俺を“要注意人物”として周囲が認識し、双葉には「気を付けるように」と言われる流れになりそうだ。それならそれで問題はない。お前ら自身で双葉を守ってくれればいい。
「そんな優しい人のいるクラスで良かったです!これからよろしくお願いします!」
最後は緊張もほどけ、朝見た元気な笑顔を見せた双葉。その瞬間、教室内は少しだけ和やかな雰囲気になった。
休み時間になると、俺は警戒を怠らなかった。教室にいればすぐに双葉が話しかけてきそうだったからだ。だから、トイレへと避難することにした。
だが、どうやら彼女は俺の行動を読んでいたらしい。トイレの近くで待ち伏せている。俺が出てきたタイミングで話しかけようとしてくる。さらに他の女子たちから噂を聞いて、俺のことについてある程度把握している。それなのになぜ俺に付きまとおうとするのか。
それでも彼女は諦めず、しつこく接触を図ろうとしてくる。そのせいで、ほかのクラスメイトは双葉に話しかけようともしない状況になっていた。これでは彼女が孤立してしまうのでは、と少し不安になる。
仕方なく、俺は教室の外を回り込んで戻ることにした。だが――
「あ、倫太郎君!」
先回りされてしまっていた。俺に対する嗅覚やばすぎるだろ。どれどけ俺と話したいのか。
「どうした?」
「もう、なんで逃げるの?」
朝と同じように気さくに話しかけてくる双葉。その様子から、どうやら俺を警戒しているわけではないようだ。
「話、聞いただろ?」
「それで?」
「はぁ……俺と関わったら、クラスに溶け込めなくなるぞ」
「その程度で恩人を見捨てたりしないよ。少なくとも、噂だけで人を嫌いになるような人にはなりたくない」
その言葉は、さっきまでの元気さとは異なり、真剣そのものだった。彼女の強い意志を感じる。どうやら、周りに流されるつもりはないようだ。むしろ、周囲の噂に惑わされるクラスメイトたちを敵に回す覚悟さえ感じられた。
「知らないぞ」
「大丈夫。私、もう流されないから」
双葉がそう言うなら、俺も向き合ってやるべきかもしれない。今のところ、クラスで双葉と仲良くしようとする人はいないようだが、せめてたった一人でも味方がいたほうがいいだろう。
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