第86話 無能

 現場が寮の近くだったこともあり、すぐに大勢の人が駆けつけた。

 燃えていた馬車はすぐに消火され、近くの建物に延焼することはなかった。

 死者は二人。

 馬車の御者とメリアだ。ロスリーは全身を強く打ちつけていたが、命に別状はなかった。

 馬車の外か、中か。たったそれだけの違いが、彼女たちの生死を分けた。


 あの時、メリアより早く俺が外に出ていれば。


 俺は手の中には直前に彼女からもらったヘアピンがあるだけ。

 油断していた。まさか、王都の大学内で攻撃を仕掛けてくるような者がいるなんて、思ってもみなかった。

 ロスリーにはすでに、回復魔法をかけて応急処置をした。外傷はもうないが、念の為に医者に診せた方が良いかもしれない。

 さっき起きたことは駆けつけた教師と兵士に詳しく話した。


 敵は一人だったこと。目的は赤い魔石だったこと。こちらが止まった時に、見定めたように不意打ちをしてきたこと。

「あなたから逃げ切るなんて…」

 イツキは信じられないような表情をしていた。

「さすがに一般人を見捨てるわけにはいかなかったからな。だけど、あの一瞬でオルカンの魔力感知から完全に逃げ切るなんて、俺も信じられなかった。」

 そばにいたのは命を懸けることを誓いあった仲間ではないのだ。それに今回は私的な戦闘だ。そんな者たちに犠牲を強いるのは人がやることではない。

 それに、どういうつもりなのかはわからないが、向こうの慎重さはかなりのものだ。おそらく、本当なら最初の一撃で俺を含めた全員を殺すつもりだったのだろう。

 しかし、ジレドの馬車の頑強さが、俺とロスリーを守りきった。ここが向こうの想定外だ。

「それと、これはカンだが、俺には敵が焦っているように見えた。」

「その理由は?」

 本来なら不意打ちを仕掛けるのは、こちら側全員が馬車の外に出てからの方が成功率は上がるはずだ。

 それともう一つ。

「気になったのは敵が魔石を拾った後だ。俺の攻撃を前にして、一回とはいえ正面から魔法を撃ち込んできたんだ。ありえないだろう?」

 俺の力を警戒しての不意打ちなら、こちらの戦力は把握されていたはずだ。

 俺は対人戦闘はド素人だが、それくらいは理解できる。

「なんというか、嫌な感覚だった。まるでプロが作ったシナリオを、初心者が通過させられているような噛み合わなさだ。」

 俺がそう言うと、周りの様子を見てきたオルカンが帰ってくる。俺にもたれかかって、燃えていた馬車の残骸に視線を送る。

「それは俺も感じた。装備も間違いなく一級品だった。なのに使い手の技量がまるで足りていない。」

 スターダストレンジの余波を防ぎきり、闇に溶け込むような暗い黒のマント。そして、一瞬だけ見えた先端の枝が三又に分かれたあの杖。

「いや、まさかな…」

 俺は頭をよぎった想像をすぐに否定する。

 そんなことがあるはずがない。なぜなら、それらは保管庫で厳重に管理されているはずだからだ。


「しゃーねぇなぁ…ほれ、これ着て走れ。あれを殺せるのはお前だけだ。だから、お前だけは絶対に救ってみせる。心配すんな。逃げる時間くらい、俺が稼いでやるよ。」


 そう言って、たった一人で勝てるわけがない相手に単騎突撃をした男。


「あーあ、ここまでか。エルラド、私もあんたに託すわ。最後まで横で戦えなくてごめんね。あの子に、ママはあなたの事愛してるって、ちゃんと伝えなさいよ!」


 体が黒い塵になって崩壊していく中、自身のプライドに掛けて、最期まで笑顔だった女。


 自分の死を目前にして世界の為に、愛する者のために遺せるモノを俺に託した者たち。

 別れの言葉は皆違ったが、誰も彼も最後は俺を信じて先にいってしまった。

 そんな奴らとのことだから、いつまで経っても記憶は色あせない。


 だから、そんなはずがない。


 俺が見たものは皆の形見ではない。



 俺はようやく手に入れた赤い魔石を机の上に置く。

 これが世界中探しても極僅かしかないという赤い魔石。なんと美しいのか。この魔石は俺の物になるために生まれてきたのだろう。

 多少の邪魔は入ったが、やはりあいつは雑魚だ。

 地面に転がっていた女を狙ったら、すぐにそいつを守ろうとしていた。

 頭が悪すぎて話にならない。

 この魔石にはたかが数人の命なんかとは、比べ物にならない程の価値がある。それを理解してないようなやつに、これは相応しくない。これだから下等な庶民は救えない。

 俺は違う。俺は俺の為ならいくらでも他人の命を使うことができる。その判断力が俺にはある。

 この魔石も俺のような選ばれた者が使うから意味があるのだ。むしろあいつが死蔵させるところだったものを俺が活用してやるのだ。俺はなんと優しいのか。

「成功したみたいね。流石よ。」

 そこには、俺のために最強の装備を差し出してきた教師の女がいた。

「…やれやれ。この俺にはこれくらい余裕なんだが?で、これを嵌めれば、ちゃんと起きるんだろうな?」

 俺は目の前の棺の中で停止している、女の人形を覗き込む。

「ええ、そうよ。それは最強の人形だから、あなたの奴隷として、ちゃんと使ってあげるのよ?」

「言われなくてもわかっているんだが?」

 当たり前のことを一々聞いてくる無能さに腹が立つ。

 これだから女はだめなんだ。

 女は所詮男の道具に過ぎない。

 まあ、この女は俺に惚れているようだから、側においてやっている。それにこうして俺の為に最強の装備を献上してくるので、体しか使いみちがない他の女よりマシといってやってもいいだろう。

 俺は棺の封印を最強の剣で強引に破壊する。両開きの蓋を開けて、その人形の胸元に魔石をはめ込む。

「────警告。当機体は所有者によりロックされております。認証用の魔法陣を展開してください。」

 急に人形は口だけ動き始める。

「ロック…?おい、俺はこんな話聞いてないんだが?」

 俺は女の方を睨みつける。嘘をついて俺に命令したのであれば、こいつも拷問してわからせる必要がある。

「ああ、こんな時代遅れのロックなんて意味ないですよ。」

 女は人形の頭に何か黒い霧を纏わせる。

「警告。記憶領域を完全にシャットアウト。エ、エラー、多発…かかか、かい、ろ…異、常…」

 人形は急にガクガクと震え始める。棺の中で激しく暴れ、目の焦点はばらばらの方向を見ている。

 そのまま待っていると、急に全身を脈打つように大きく跳ねて停止する。

「おい、俺のを壊したんじゃないだろうな?」

 俺は人形の頭を二回ぶん殴る。ここまでして壊したら、腹いせにこいつを破壊してやる。

「────おはようございます。所有者登録をお願いします。」

 すると、人形は急に同じことを繰り返し始める。俺は自分の魔力を流し込み、主として刻み込む。

「確認しました。当機体の基底情報へのアクセス権は製作者様、所有者様に限ります。」

 その人形はさっきまでと違い、人間のような挙動で礼をする。

 首周りには隷属の呪印が浮かび上がる。これでこいつは俺の物。どれだけ雑に扱っても問題ない訳だ。

「よろしくお願いします。所有者様。」


 こうして、俺は最強の兵器を手に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る