第71話 超難問

「脱いじゃえ…!脱げ…!」

 会長の大きな手がこちらに迫ってくる。

「か、会長…!?」

 俺は気が付くとベッドの上に押し倒されていた。両手を抑えられて、身動きが取れなくなっている。

 会長の手がどんどん近づいてくる。

 でも、そこにあるのは、楽しそうにはしゃいでいる。一人の少女の笑顔だった。

「会長、そういうのは好きな人とやってくださいねー。」

 俺はそう言って拘束から逃れる為に身を捩る。体が大きいと言っても女性だ。全力で抵抗すれば抜け出せるだろう。

 そう思っていた時だった。

「────好きだよ。」

 会長の顔がある方からその声が聞こえてきた。

「は…?」

 それは会長の声ではない。

 しかし、俺はその声に聞き覚えがある。

 その声は何度も俺の名前を呼んだ。

 何度も俺のことを気にかけてくれた。

 何度も、側に居てくれてよかったと思った。


 俺が顔を上げた先にいたのは、アリサの顔と捻じ曲がるように融合した、マリアナの顔だった。


「愛してる。」


「シ、シールド!!」

 俺は急いで自分の前にシールドを展開する。そして、ベッドから跳ね起きて、攻撃魔法の魔法陣を構築しようとしたその時────。

 俺の目の前に、いつもの寮の部屋の景色が広がっていることに気が付く。

「はぁ!はぁ!」

 俺は激しく息を切らしており、全身が汗でベタベタだった。

「夢、か…」

 目の前に突き出した右手を下ろすと、シールドを解除する。久しぶりに大きな波が来た。

 いつもは嫌な気分で目覚める程度なのだが、何か精神が摩耗するとすぐこれだ。

 窓の方を見ると、まだ日が昇っていない。流石に起きるのが早すぎた。

「そっか昨日は会長の部屋で…」

 昨日あったことを思い出してきた。

「そうだ、イリス!」

 昨日はあいつのせいで散々だった。全女子生徒に嫌われるわ、会長の部屋で慣れない事をさせられるわで散々な目に遭った。

「はぁ。寝よ。」

 俺はどうせ深く眠れないことをわかっているのに、再度目を目を閉じることにした。


 しょぼしょぼの目を擦りながら俺は生徒会室を目指す。

「眠い…」

 結局目を閉じただけであまり眠れなかった。シャワーをさっと浴びて、今日のご飯の支度だけ済ませて寮を後にした。

 もう少し寝ていたい。

 でも、行かないと会長が寂しがるかもしれない。ベッドで横になっていても寝れない可能性が高い。それに、眠れたとて悪夢を見ない保証はない。

 うじうじ考えた結果、俺はいつも通りの時間に生徒会室の扉の前にいる。結局ここに来るしかないのだ。

 俺はノックをしてから扉を開く。

「お、おはよう。」

 会長がいつもと同じように俺を迎えてくれる。でも、昨日のことがあったせいか、少し落ち着かない様子だった。

「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?会長。」

 会長が用意してくれている席に座る。朝食を取り出して、二人だけの食事の用意を進めていると、向こうは俺の様子をずっと窺っていた。

「会長、どうしました?」

 会長はそわそわしながら髪を触っている。

「その、今日の僕、どう?」

 俺は会長から、朝から最高クラスの難問を突き付けられる。これ、間違えたら、この時間が終わるレベルの質問だ。ただでさえ寝不足で頭が回ってないのだ。そんな質問やめてほしい。

 俺は昨日までの彼女とさっき見た姿との違いを考える。

 髪を触っているが、特にとくに髪飾りは付けていない。これはただ手持ち無沙汰で触っているだけだろう。なら他の部分だ。

 メイクはどうだ。いや、昨日までと同じだったように思う。

 爪は?特に大きな変化はなかったように思う。

 首回りも、制服を着崩している様子もない。

 ここまで来ると、もう絞れるのは一つしかない。

 俺は会長の太ももの辺りに視線を向ける。


 だめだ。わからん。


 いつも通りの綺麗な素足に、タイツを履いているということしか読み取れない。

 ん…?タイツ?

 俺はその視線の先で、僅かな変化を読み取る。

「今日の丈はやけに扇情的ですね。俺には少し、刺激が強いかもしれないです。」

「…やっぱり、はしたない、かな?ごめんね。嫌だったらすぐに着替えてくるから…!」

 会長は自分の脚をキュッと閉じると、暗い顔で俯いてしまう。その手はスカートの裾を目一杯押さえていた。

「でも、女の子っぽくて、可愛いです。」

「…!」

 気が付いたのはタイツの布のつなぎ目だ。普段なら絶対に見えない位置のそれが、ほんの僅かに見えた気がしたのだ。

 俺は会長が欲していたであろう言葉を投げかける。昨日の夜で会長の本心はなんとなく理解できた。

「そっか。頑張ってよかった…!」

 会長は俺に、王女でも、王子様でもなくて、ただ一人の少女として扱ってほしいのだ。

「でも、教室に行く前にクレイノさんに直してもらってくださいね。流石に王女の脚がそこまで見えると、目に毒ですよ。」

 クレイノさんは会長のお付きのメイドさんだ。昨日少しだけ話をした。

「わかってるさ。じゃあ、今日も一緒に朝ごはんといこうか。」


 俺は会長のいつもの笑みを勝ち取ると、作ってきご飯を交換した。


 そのほんの少しだけ短いスカートに、僅かに視線を奪われながら。

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