第53話 朝食

 イグルムとの平穏な時を過ごし、俺は心の余裕を少しだけ取り戻していた。

 これからは余裕があったら庭園館に行くとしよう。あそこなら俺の本当の拠点として機能しそうだ。

 何せ俺の部屋にはあの第二王女が出没する。あそこは戦場と同じだと思ったほうがいいだろう。

 俺は覚悟を決めて学生寮に戻って来る。

 すると、俺の部屋には誰もいなかった。どうやらあいつも諦めて帰ったらしい。

 流石に今日は疲れた。ヴァーレンをベッドの上に寝かせると、俺はその場で届いていた荷物を開く。

 とは言っても入っているのは日用雑貨と着替えくらいだ。

 俺はさっさと着替えて、ベッドで眠る。

 明日からは授業が始まる。できれば庭園館に行きたいが、生徒会の活動もある。ああ、そうだ。アイリーンの調整もやらないと。大分使い込んでるみたいだったから、直すところはたくさんありそうだ。

 あとはイリスとイムニスから適当に逃げて───。

 俺の思考はだんだんとおぼろげになっていく。

 疲れが溜まっていた俺はそのまま泥のように眠った。


 翌日───。俺は早朝に目を覚ます。 

 身支度を整えると、パンと適当な具材で朝食とお弁当を作る。学食を利用することも考えたが、今までこれで生活してきた。ならば無理に生活スタイルを変える必要もないだろう。

 ヴァーレンを起こして肩に乗せる。この子もまだ眠そうだ。喉下を撫でて、頑張って起きてもらう。

 俺はみんながまだ寝ている中、一人学生寮を後にした。


 一人で校内の敷地を歩いていると、俺以外にもちらほら外出している生徒がいた。早朝に目が覚めるのは俺だけではないらしい。

 そういえば、昨日拉致られた部屋があったが、あそこが生徒会の部室らしい。今日から俺が活動する場所になる。なら、今のうちにもう一度下見しておいてもいいだろう。

 俺は行き先を決めると、校舎の中に入っていく。階段を上ってあの部屋にたどり着く。

 部屋の扉に手を掛けると、鍵は開いていた。

 扉を押して中に入る。


 そこには生徒会長が一人、窓際で朝食を食べていた。


 周りにお世話係やメイドの姿もない。本当に彼女一人だけのようだ。

「おや?珍しいね。この時間にお客さんとは。君も、朝食は良い景色を見ながら食べたい人なのかな。」

 会長は優しい笑顔を浮かべると、俺に近くに来るように手招きする。

「おはようございます。まあ、そんな感じですかねえ。」

 会長は立ち上がると、窓際にもう一つの椅子を並べてくれた。

「僕でよければ、その朝食同盟に加えてほしいんだけど、いいかい?」

 会長は優雅な仕草で俺の分の紅茶を淹れ始める。俺は席に着くと、会長が紅茶を淹れるのを静かに待つ。茶葉の量を計り、魔道具でお湯を100℃まですぐに沸かす。茶葉をお湯の中に投入し、広がるのを二人で見守る。

 砂時計をひっくり返し、会長は一旦席に着く。

「それで、君の朝食はなんなのかな。」

 机に肘をついて、指先を重ねるしぐさをする。昨日会った時に感じた凛とした雰囲気とは少し違う、優しい雰囲気を感じる。

「俺のは普通にサンドです。会長は何食べてたんですか?」

 俺は机に朝食のサンドを取り出して、机の上に並べる。ヴァ―レンがのそのそと肩から腕を伝って机まで降りていく。そこでサンドを前にお座りして、俺が食べてよしというのを待っていた。

「サンド…!いかにも男の子って感じの朝食だ。僕のは…これだよ。」

 会長は自分の皿の上に置かれている料理を指さす。そこには食べかけのホットケーキが三段積まれていた。

「会長も、いかにも女の子って感じのご飯ですね。」

 俺は微笑みながら、そんな言葉を返す。

「可愛いでしょ?」

「いいと思います。」

 そこでちょうど全ての砂が下に落ちきる。会長はティーポットから茶葉をあげて、残りの渋みが広がらないようにしてくれた。

 メイドにやらせるのではなく自分でやっているのを見るに、こういうことが彼女の趣味なのだろう。

 そして、俺の前に一杯の紅茶が差し出される。

「どうも。」

 会長もちょうど空になっていた自分のカップに紅茶を注ぎ、俺の横に座る。

「熱いから気を付けてね。じゃあ、再開といこうか。」

「はい。」

 静かな時の中で、お互いに食器が擦れる僅かな音とほんの小さな咀嚼音だけが流れる。朝の冷ややかな空気もあって、なんだか目が覚める感覚がした。

 お互いに過度に気を使っているわけではない。でもなんだかこの人は警戒心を抱けないような不思議な雰囲気を持っている。

「あ、そうだ。ねえ、ルーカス君、少しいいかな?」

 会長はホットケーキを食べる手を止めて、俺に断りを入れて話し始める。

「どうしました?」

「ここにもう一人来たらやってみたいことがあったんだ。」

 俺は紅茶からゆっくり口を離す。

「と、言うと?」

「交換、しない?」

 会長は俺のサンドを指さすと、その後に指先で「ちょっとだけ」と表現してくる。見た目にそぐわず、少女のような提案をしてくる会長に俺は思わず笑顔になる。

「いいですよ。」

 俺は口をつけてないサンドを会長に差し出す。

「やったね♪」

 会長の方は満面の笑みを浮かべながら、俺にホットケーキを一枚差し出してくれた。


 俺はそのゆったりとした時間を噛み締めながら過ごした。

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