第50話 強制

 俺は硬い枕の感触で目を覚ます。

「起きたか?」

 オルカンが俺の顔をそっとのぞき込んでくる。彼女に膝枕をされているらしい。

「ああ…オルカン、無事か?」

「俺じゃなくて自分の心配をしろ。まあ、いい。その気持ちは受け取っておく。大丈夫だ。ドレスももう直した。」

 オルカンは髪をかき分けながら、ヒラヒラと袖を振る。そこにはいつものゴシックドレスが揺れていた。

「そうか。」

 何はともあれ一安心だ。あの状況で三人共封印に持っていけたのは、戦果としては上々だろう。

「起きた?」

「うわぁぁ!?」

 俺はいきなり金色の目に視界を覆われる。それに驚いて、オルカンの膝から転げ落ちてしまった。普通に後頭部を打った。痛いが、さっきの痛みに比べればどうということはない。

 周りを見ると、そこにはさっきの面子が揃っていた。

「イツキ、俺どれくらい寝てた?」

 俺はあきれ顔をしているイツキに聞いてみる。

「ものの一分程度よ。あんた、この子たち相手に本気で戦ったでしょ。いい歳なんだから、もう少し自重しなさい。」

 そんなこと言われても下手をすればあのまま窒息死するところだったのだ。あれで本気を出すなは無理があるだろう。

「だってぇ…」

「言い訳しない。あなたたちが本気で封印すると、私でも解除に時間かかるんだから…」

 よく見ると、イツキの手にアイリーンが握られていた。オルカンの施した封印を解除したのはイツキのようだ。

「それで、ナガラ先生。彼が先生の推薦で入った生徒で間違いないですか?」

 大きい青髪のショートヘアの女が話に割って入ってくる。こいつがさっきイツキを呼んできてくれたのか。

「そうよ。それで?彼は合格?」

 イツキはその女に困ったような顔で聞き返す。合格とはなんの話だろうか。

「元々屋上を目指して来た時点で合格ですよ…なのに、イムニスと二人をまとめて封印するとは…彼、本当に新入生ですか?その人形といい、竜といい、宮廷魔法士と言われても私は信じますよ。」

 ため息をつきながら女はそう答える。

 その女はオルカンとヴァ-レンを一瞥すると、俺の方に視線を戻す。イツキは困ったような顔をしていた。

「まあ、彼にも色々あったのよ。じゃあ、彼のこと、任せるわね。私はこのあと会議があるから。」

イツキはそれだけ伝えると、俺達を置いて先に行ってしまった。

「あいつ、そんなに忙しいのにわざわざ来てくれたのか。」

「あいつも今や教師だ。やることも多いんだろう。だと言うのに律儀な奴だな。」

 オルカンは椅子から立ち上がると、優雅な所作で俺の体を起こしてくれた。俺は立ち上がって服に付いたほこりを払う。

「で、合格ってなんの話?」

 俺はその青髪の女の方を見る。よく見るとただのショートヘアではなく、ウルフカットになっていた。

「私たちの部活、もとい組織に入るだけの力があるかのテストさ。」

「組織?」

 俺は自分の怪我が残ってないか、体を動かして確認する。その女は一枚のスクロールを見せてくる。

「これさ。」

 そのスクロールは俺がさっき調印したものだ。そういえばさっきはヴァーレンを助けるのに必死で、中身を確認していなかった。

「私は上記の組織に加入することに同意します…生徒会?」

 俺は初めて見る単語に首を傾げる。どういう組織なのだろうか。

「簡単に言うと生徒による自治組織さ。君も明日から活動してもらうから。そのつもりでね。」

「ほーん。で、あんたたち誰?」

 俺はずっと聞きたかったことを聞く。向こうは俺の事を知っているようだが、俺はこいつらのことを、これっぽっちも知らない。

「ああ、自己紹介が遅れたね。私は会長のルシアナ・ファイ・ネカダ。よろしくね。」

「書記のバカーズ・モウハウド。決して馬鹿ではないからな。」

 俺にリアリティブレイクを使ってきたやつだ。眼鏡をかけており、なんか賢そうに見える。

「会計。ガルシア・ディーディミ。」

 こいつは最初に俺のことを見破ったやつ。茶髪で耳にピアスを開けていた。こっちの目は普通に茶色だ。恐らくだが、その獣人特有の五感で俺の存在を感じ取ったのだろう。

「庶務。イムニス・ディーディミ。さっきは本気で掴んでごめんね!あんまりにも楽しくてはしゃいじゃった!」

 俺は小さい方の女に目をやる。

 こいつだ。

 一番頭がおかしい戦闘力をしていたのは。

 相変わらずその目はどこに焦点が合ってるのか全くわからない。だが、見ていると自然と引き込まれる。何かの魔眼、だろうか。

 こっちはガルシアに比べて耳が大きいのが特徴だった。尻尾もよく動く。

「さて、念のため、そちらの自己紹介もしてもらっていいかな?特に、そっちのお嬢さんは全く聞いてない存在だからね。」

 俺はオルカンと目配せする。オルカンは『どうする?』と言いたげな雰囲気だった。俺は『諦めろ。』の意味を込めて頭を横に振った。

「ルーカス・リーヴァイス。魔法使いだ。こっちは友人の子のヴァーレン。」

 俺は服をよじ登ってきていたヴァーレンを抱っこする。次はオルカンの番だ。

「魔嬢、オルカン。こいつの相棒だ。」

 オルカンはそれだけ言うと、俺にさっさと帰すように視線で催促する。

「ああ、ゆっくり休んでくれ。今日はありがとう。」

 俺はオルカンを帰還させる。

「じゃあ、このあとは僕たちも仕事があるから。今日はこの辺で。イムニス。彼を寮まで案内してあげてくれ。」

「はーい。」

 そう言って三人は部屋から出て行ってしまった。よく見ると壁やら扉やらが完全に修復されている。イツキが直したのだろうか。

「じゃあ、一緒に行こうね。おにいちゃーん!ああ、あと…」

「うお!?」

 イムニスは俺に飛びついて耳元でささやく。

「裏切ったら殺すから。」

 イムニスはそれだけ言うと、扉の方に走っていった。なんか、またとんでもない奴に目を付けられてしまった。

「へいへい…」

 現実とは小説より奇なり、とはよく言ったものだ。

 こうして俺の思い描いていたものとはかけ離れた学園生活が始まった。


「はぁ…」


 デカいため息しか出てこなかった。

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