第32話 固有魔法

 なんなんだこいつら。

 俺は目の前に居る二体の敵に目をやる。片方をやっと抑え込んだと思ったら女の方が出てきた。しかも魔力量は男よりも上。

 こちらの分身体がヘドロ状になって自分のところまで戻ってくる。分身体は便利だが、その性質上核を持たない。なので一定のダメージを受けるか魔力が尽きると、このように自動的に戻ってくる以外の行動を取れないのだ。

 これ以上戦いを長引かせるのは得策ではない。こちらはまだこの世界に来て間もない。食べたエサもそんなに多くない。ここは一度引いた方がいい。

「お前はここで消滅させる。」

 分身体に攻撃させている男がつぶやく。

「なんで俺が出てきたかわかるか?」

「…?」

 ついさっき出てきた女がそんなことを聞いてくる。俺は意味がわからなかったが、逃げる為に一つの魔法を準備する。

「お前を殺す準備ができたってことだよ。”エンゲージ”────!」

 俺の目の前に緻密に描かれた円柱状の魔法陣が出現する。

「!?」

 その魔法陣の技術的なレベルの高さに驚愕する。

 なんだこの魔法陣は?どうやったらこんなものを考えつく?何が来る?防御を、いや、撤退を優先────。

 全く理解できない魔法陣を前に俺は一瞬動きが止まる。

「やっと隙を見せたな。デモンズチェーン!」

 その僅かな時間で、男の方がまた拘束する魔法を使ってくる。

「セット────、六連砲《セクスタプルバレル》!装填チャージ、ノーマルバレット!」

 女の方が魔法陣を変形させながら詠唱を続けていく。早く逃げなければいけない。なのにさっきの拘束と違ってすぐに抜け出すことができない。

「何故だ…!」

「それはお前と同じ世界のの力を織り込んである。この世界の奴らには効果は薄いが、お前にはよく効くだろう?」

 俺は苦々しい顔をしながら分身体を防御に回らせる。自分自身でもシールドを展開し、攻撃に備える。

「そんな薄壁で大丈夫かぁ!?」

 女は笑顔を浮かべながら魔法陣を変形させ続ける。只の円柱形だったはずの魔法陣は、その形を大型のガトリング砲に変えていた。人間一人が入ってしまいそうなくらい大きい。

 「薙ぎ倒せ!固有魔法スターダストレンジ────!」

 女がそう唱えるとセットされたバレルに魔力が収束する。

 これは、不味い。魔力が、足りない。

「させない!デッドマンズシャドウ────!」

 俺は自分が使える最強の魔法でもって対抗した。


 俺は固定シールドを解除してオルカンの横に立つ。立体魔法陣で形造られたバレルが回転し、魔力の砲弾を発射する。

 これは俺の固有魔法。アスティアだって使うことができなかった、立体魔法陣の究極。口頭での詠唱を挟まなければいけないが、その威力は絶大だ。

 今回は六連砲になっているが、状況に合わせてカスタムすることができるのもこの魔法の強みだ。

 無論欠点もある。発動に時間が掛かることと、魔力の消費が尋常ではない。威力、射程、使う弾によって消費魔力量は増減するが、それらを最低に設定しても常人ならモノの1分で魔力切れになる。

 オルカンは普段俺から貯蓄されていた魔力を開放することでこの魔法を使っていた。

 スターダストレンジによって敵のシールドは次々と破壊されていく。

「くぅぅ…!!」

 魔族はシールドに魔力を込めているが、それでも次第にヒビが入っていく。

「終わりだ。」

 俺は警戒を絶やさずにオルカンに魔力を供給し続ける。

「さっさと消し飛べぇ!!」

 オルカンはそう叫ぶと、バレルの回転速度を更に上げていく。魔族のシールドを割れると思ったその時だった。

「デッドマンズシャドウ!」

 魔族が別の魔法を発動し、自ら爆発してはじけ飛んだ。自爆したかと思ったのもつかの間。飛び散った黒いヘドロが、なんとそれぞれ最初に見た時と同じサイズの魔族に変身したのだ。そしてそのまま魔族たちは散り散りに逃げていく。

「どうなってやがる…分裂したらその分本体のサイズが縮むはずじゃ…」

 困惑するオルカンだったが、魔法陣は解除せずにいてくれた。そういうところはさすがだ。

「それだけじゃない。全員に核がある。あいつら一つ一つが本物の魔族、もしくは核まで偽装できる魔法ってことだ。オルカン、二手に分かれるぞ!村の内部に行った奴らを頼む。俺は森に逃げた奴らを追う!」

「おい、つえを置いて行って戦えるのか!?」

 俺は懐からもう一つの短い杖を取り出す。それは、はるか昔、マリーが買ってくれた杖。改造に改造を重ね、彫り込んだ魔法陣だらけになってはいるが、なんとか原型は保っていた。

「あそこまで追い込めばこいつでもやれる!」

「あ、おい!」

俺は魔力感知を発動し、オルカンの制止を振り切って森の中に走り出した。

「浮気すんな馬鹿野郎!!!」


 魔力が足りない。

 俺は増やした影たちと共に最も近くの別の村を目指していた。

 この道を進めばたくさんの魔力反応に辿り着ける。そこで魔力を補給したらさらに遠くまで逃げなければ。

「…!」

 別方向に走らせていた影が消滅した。やはり追ってきたようだ。しかもどうやっているのかは知らないが、こちらの影たちの位置を掴んでいる。

 俺は横に走らせていた影を全て別方向に枝分かれさせて時間を稼ぐ。

「もう少し、もう少しで魔力が補給できる…!」

 向こうもさすがに本物を見分けることはできないようで、一番遠くの分身からしらみつぶしに殺して回っているようだ。

 俺のデッドマンズシャドウは本物とほぼ同じ分身を作ることができる。これは大きさも魔力量も偽ることができる。この魔法を見破る方法はない。

 俺は逃げられることを確信して、次の村に向かって進んだ。

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