第25話 新しい朝
窓から朝日が差し込んでいる。その光に当てられて、俺は目を覚ます。
そこは俺の机だった。昨日は寝る直前までオルカンの調整を行っていた。ベッドの方を見ると、全裸で寝転がっているオルカンがいた。
「…やっと起きたか。寝るならせめて俺を帰してから寝てくれ。」
球体関節の具合を確かめながら、彼は気だるげにそう言った。長い髪が窓から入って来る風で揺れて、何かの絵画のような構図だ。
言われてみればオルカンを帰した記憶がない。
「悪い悪い。今帰すよ。」
俺はオルカンに服を着せてから、彼を帰還させる。
そして、十年前にマリーから買ってもらった杖を手に取って部屋を出る。もう俺がどんな魔法を使おうと、両親は驚かなくなった。なにせこの村には魔法書を理解できるのが俺とマリーしかいないのだ。どんな魔法が本に載っているかわからないので、俺がどんどん新しい魔法を見せても問題はなかった。
そのマリーは父親の仕事を引き継いで商会のリーダーをやっている。
朝食をいつも通り三人で食べる。少し変わったことと言えば家の手伝いの範囲が広くなった。魔法が使えるので食べ終わった食器は俺が洗うし、洗濯も俺がやるようになった。
最初はお母さんも申し訳なさそうにしていたが、こういうのは家族で分担するのが普通だよと言い聞かせた。そのおかげで、今はお母さんの家事の負担は軽くなった。
「それじゃあ、行ってくる。」
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
俺とお父さんは一緒に家を出る。しかし、行き先は違う。お父さんは詰め所に、俺は他の家に向かう。俺はこの村で唯一の魔法使いとして、村からの依頼を引き受ける何でも屋みたいなことをしていた。
主な依頼は魔防具の整備だったり、アイテムの作成依頼だったりだ。診療所からの依頼で治癒魔法を患者に使う時もある。
「ヴァ―レン、おいで。」
俺は森を切り開いて広げた庭にいる銀色の竜に話しかける。体長もヴォルガと染色無いくらいに成長し、もう俺がいなくても一人で生きていけるくらいに強くなった。だが、ヴァ―レンはまだ俺から巣立とうとしない。
「グルルゥ…」
ヴァ―レンは目を覚ますと自身に魔法をかけて、その体を三十センチくらいまで小さくする。
そして、俺の胸に向かって飛びついてくる。
「おお!?よしよし、本当にお前は甘えん坊だな。」
頭を撫でてやると、ヴァ―レンは嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしている。そして、俺の肩に乗っかると、そのまま動かなくなる。
ヴァ―レンの唯一の問題点。それは俺に懐きすぎて一人立ちしてくれないのだ。本来なら竜はここまで成長すれば勝手に巣立っていくらしい。昔ヴォルガから聞いた覚えがある。
「私は一人立ちする前に魔族に親を殺されたからな。その後は戦いの毎日だ。」
あの時のヴォルガはそう言って寂しそうな顔をしていた。
そんな彼女だから、ヴァ―レンに同じ道を歩ませたくなかったのかもしれない。すでに弱くなった自分では、我が子を残して魔族に殺されてしまうから。だから、あいつは俺に預けるという判断を下した。そう考察している。
「今日も巣立たなかったか。」
俺はいつも通りヴァ―レンを肩に乗せてそのまま依頼主の家に向かう。
ここまでこの子を育て上げるのにはかなり苦労した。時には親の目を盗んで食べ物を探しに森に行った時もあったくらいだ。
俺は目的の家に着くと、ドアを叩いて家主を呼ぶ。
「すみません。」
「はーい。」
中から子供の女の子が姿を見せる。
「おはよう。」
「あ、竜のお兄さん!ママー、竜のお兄さん来たー!」
「はいはい。今行くからね。」
俺は長年使い込んでいる手製の鞄から、依頼されていたスクロールを取り出す。中に封じられているのは温水を作る魔法だ。
「はいはい。お待たせして悪いねぇ。」
「いえ、朝の家事の大変さはよくわかりますから。これ、依頼されていた品です。」
「毎回ありがとうね。はい、銀貨一枚ね。」
俺は女の子の母親からお金をもらい、小銭入れにしまう。
「こちらこそ、毎回利用してくれてありがとうございます。それとこれは娘さんに。これ、どうぞ。」
俺は子供に、小さい花の髪飾りを渡す。
「やったー!ありがとう!」
「まあ、いつも悪いねぇ。この子の為に本当にありがとうね。」
「いえいえ、俺があげたくてやっているだけですから。じゃあ、俺は次に行かないといけないんでこれで。」
俺は礼をすると、その家を後にする。
なんで、あの子に髪飾りなんて作ってあげたのかと言われれば、半分善意、半分打算だ。
この商売はなによりも信用が重要である。顧客との信頼関係を日ごろから作っておくことで、何かトラブルが起きた時も余裕を持って対応することができる。
今は大丈夫だが、時には緊急の依頼が来て作業が滞ることもある。そうした時にこの毎日の積み重ねが生きてくるのだ。
これは前世でやっていたことをそのまま続けているだけだ。特に大きいさ町では魔法使いなんてありふれている。そこで顧客を取りに行くには特筆すべき何かが必要になってくる。
魔法使いとしての強さだけではだめなのだ。
俺としてもここまで来るのには苦労したものだ。
前世では一級冒険者という肩書のおかげで、研究者になってすぐに仕事を受けることができた。
だが、ここでは俺は何の肩書もないただの魔法使い見習い。おまけに師匠もいなく、誰のお墨付きも持っていない。
この仕事を始めた当初は子供のおままごとだとよく笑われた。最初は雑草を刈ってくれとか、荷物を運んでくれとか魔法関係なしの依頼しか来なかった。
それでも諦めずに毎日依頼を受け続けて、今となってはこうして、魔法関係の依頼も来るようになった。
魔法の依頼は俺にしかできない仕事。それはこの村で特筆すべきことだ。
そして、この仕事のいいところが二つある。一つ目は一個の依頼の単価が高いこと。アイテムというのは基本的に消耗品であり、高級品だ。余裕がある家はリピーターになってくれるが、貧しい家からは年に数回しか依頼が来ない。でも、中にはマリーの家のように一度に大量の納品依頼が来たりもする。
そのおかげで、俺の懐はかなり充実していた。どれくらいかと言われれば、お父さんと同じくらいの稼ぎを毎月家に入れるくらいには余裕がある。
そして、二つ目はそのスクロールをはじめとしたアイテムの作成用の素材が村に入って来るようになったのだ。
物というのは需要があるところに流れていくものだ。ここには俺一人だけとはいえ村の依頼を一手に引き受ける奴が居る。そのおかげでマリーの商会が俺のところに素材を卸してくれるようになったのだ。
これは本当に助かった。もう自分でゼロから材料を自作する必要がなくなったのだ。
そのおかげで俺の自由に使える時間は大幅に伸びたし、依頼もたくさん引き受けることができるようになった。
「さて次は、と…」
俺は今日のやることリストが書かれた紙を見る。そこには次はマリーの家で今月卸してもらうものの商談が入っていた。
紙を懐にしまって、俺はマリーの家に向かうことにした。
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