第19話 帰り道
「ルー君!何処にいるの!?」
私は森の中を走り続ける。頼りになるのはこのルー君の小さな足跡だけだ。この足跡を追って、随分遠くまで来てしまった。もういつ魔物に遭遇してもおかしくない。
早くルー君を見つけないといけない。そうでないと探しに来た私自身も魔物に襲われる可能性がある。
足跡はこの先にある開けた場所に続いていた。
そして、そこで私はルー君の特徴的な赤髪を見つける。
「ルー君!もう、心配したんだから!早く村に、帰ろ、う…」
私はやっとルー君を見つけた喜びで彼の元まで笑顔で駆け寄る。
だが、その背後にいた存在を知覚した途端、私の足はとてつもなく重くなっていく。
ルー君の背後にいたのは、先ほど村の上空を通過したであろう竜だった。
その鋭い眼光を受けて、私はその場に座り込んでしまう。
呼吸が苦しい。上手く息をすることができない。早くルー君を連れて逃げなければいけないのに、体が全くいうことを聞かない。
竜の口が僅かに動く。
ああ、だめだ。食べられる。
私は恐怖のあまりその場で震えあがることしかできなかった。
あの口が開ききったら、ルー君は、私は死ぬ。
呼吸がどんどん荒くなる。視界が歪み、平衡感覚が失われていく。世界が傾いているような感覚に襲われ、座っていることすらきつくなってくる。
そして、竜の口は開かれる。
「お前のつがいか?」
え…?
死を覚悟していた私は、その予想外のことに固まる。
「友達だ。マリー、大丈夫?」
ルー君が私の側に駆け寄って来て、背中を優しくさすってくれた。その手の暖かさを感じた途端、私は金縛りが解けたように呼吸を再開する。
「はぁ!はぁ!」
「ライオンズハート。」
ルー君がそうつぶやくと、私の心の中の恐怖心が薄れていった。何故だろう。さっきまで動かすことができなかった手足に力が入るようになった。
「では、私はそろそろ行くとしよう。その子のこと、頼んだぞ。」
青い竜はそう言うと翼を広げて飛び上がる。
「任された。お前も絶対に死ぬなよ。」
ルー君はいつとは違う口調で竜に向かってそう言い放った。竜に向かってなんて口の利き方をするのか。私は慌ててルー君の頭を下げさせようとする。
だが、飛び上がった竜は、なんてことはないようにその失礼な物言いに返事をした。
「言われるまでもない。ではな。お前に会えてよかった。」
竜はそれだけ言うと、どこかに飛び去ってしまった。
「全く、はじめは最後がどうとか言ってた癖しやがって。マリー、俺たちも帰ろうか。」
ルー君はそう言うと、目の前に落ちていた何かの卵を取りに行く。
私は何が起きてるのか全く分からなかった。
なんで私たちは助かったのか。ルー君はなんでそんなに平気そうな顔をしているのか。その杖と卵はどうしたのか。そもそもその口調はなんなのか。
たくさんの疑問が頭の中を駆け巡る。
何を一番最初に聞けばいいのか迷っていると、ルー君は持っていたものを地面に置く。そして、私のことを優しく抱きしめてくれた。
「ごめんなさい。怖ったよね。もう大丈夫だから。一緒に帰ろう?」
「う、うぅ…怖かった…!怖かったよ、ルー君!無事でよかった!」
私はルー君の胸の中で泣いた。さっきまで胸の中をぐるぐる回っていた様々な感情がだんだんと消えていった気がした。
俺は泣き止んだマリーと共に来た時の足跡を辿って、村に戻っていた。
「ルー君、さっきは胸を貸してくれてありがとう。おかげで少し、落ち着いたよ。」
「あんなことがあったなら仕方ないよ。気にしないでね。」
俺はオルカンとヴォルガの卵を持ちながら、彼女の前を歩く。
「ねえ、ルー君。ルー君は何者なの?」
俺はその質問を聞いて、立ち止まる。そして、振り返ってマリーの顔を正面から見る。
「…教えてほしい?」
本当は適当な事を言って誤魔化してもよかった。だが、自分の命を危険に晒してまで俺のことを探しに来てくれた彼女に、それはあまりにも不誠実すぎると思ったのだ。
「教えてくれるの?」
「マリーならいいよ。でも、これを知ったらもうこれまでの関係には戻れないよ。それでもいい?」
俺は念のためそれだけ警告しておく。俺の中身が中年のおっさんだとわかれば、彼女の俺に対する接し方も確実に変わる。具体的に言えば間違いなく距離を取られる。今までのように気軽に手を繋いだり、家を行き来したりはなくなるだろう。
だが、それでもマリーが知りたいと言うなら、俺は話す覚悟だった。
少しの間俯いた後、マリーは顔を上げる。その顔は覚悟が決まっているように見えた。
「これだけ聞かせて。ルー君はこれまで通り何も変わらない?」
「変わらないよ。村に帰れば、またいつも通りの日常が戻ってくるよ。」
俺は嘘偽りなくマリーの質問に答える。俺がエルラド・クエリティスでいるのは、この帰り道の間だけだ。村に戻ればまたルーカス・リーヴァイスの日常が待っている。
「…そっか。なら何も聞かない。ルー君がルー君のままなら別に聞かなくてもいいや。」
「そっか。」
俺は再びマリーの前を歩き始める。村が見えてくるまでの間。俺たちは一言も喋ることはなかった。彼女がいいと言ったのだ。なら俺から何かを話し始めるのは何か違う気がした。
でも、村に戻る直前で、俺は再び足を止める。
「マリー。」
「何?」
「ありがとう。」
振り返って、心の底からの笑顔で一言、そう告げる。
それは何も聞かないでくれたことに対しての感謝だった。彼女としても大なり小なり葛藤があったはずだ。それを全て飲み込んで聞かないでくれた。
本当にいい子だ。
村に戻り、オルカンを帰す。
俺は再びルーカス・リーヴァイスに戻っていった。
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