↓第49話 がんばる!

「な、なにが起こってるの~……!?」


 空飛ぶドラゴンに、よみがえるゾンビ。

 混乱するエリーザは、ビリーが乗る車椅子の手押しハンドルだけは、離さずに握り締めた。


「みなさん! 私たちから離れないで!」


 ネーグルとアルヴァは、袖に仕込んである銀のレイピアを取り出し、ゾンビに応戦する。

 これは指示棒のように伸び縮みが可能なので、小型で持ち運びができる武器だ。

 二人はこの事態を想定していたかのだろうか。いずれにせよ、その柔軟な身のこなしとレイピア捌きで、次々とゾンビたちを葬っていく。

 一方でソルは、藁に刺さっていたピッチフォークを持ってゾンビに対抗した。


「大丈夫かビリー?」


「ありがとうございます親方。ボクが足手まといに……」


「いいから座ってろ! しばらく有給休暇だ!」


 四方から押し寄せるゾンビたちを、三人の戦力で食い止める。

 ネーグルは上空を一瞥したあと、アルヴァと視線を交わす。

 やはりここは、ウェルモンドの力が必要だ――


☆       ☆       ☆


「クックックッ。やりますねぇ」


 ゼノは高みの見物を決め込む。

 大気に満ちた『わるいもの』のせいで、あたりは異様な光景に包まれた。

 もはやこれが現実のものとは誰も思わないだろう。

 ゼノがゾンビたちを街に解き放つまえに、なんとしても食い止める必要がある。


「……チッ! なんて数だ!」


 ウェルモンドはカミールを守りながら、なんとか攻撃のチャンスを窺っていた。

 シルバーソードを撃つためには、正確に狙いを定める必要がある。

 ゾンビたちの相手をしている場合では、ない。


「ウェルモンドよ、我にかまうな!」


「無茶を言うなミズ・カミール! 死人を出してみろ、それこそ歴代ハンターに顔向けできないッ!」


「でも……っ!」


 カミール自身、自分が足かせになっているのがわかっていた。

 せめて自分が離脱して、新たな戦力を追加する必要がある。

 このままでは体力を消耗して、いずれは全滅も……。


「…………ん?」


 と、カミールの視界にあるものが飛び込む。

 ポーチ……ウェルモンドが腰につけていたものだ。


「これは……」


 拾うと、中に釘打ち機が入っていた。

 電動で釘を打ちだす工具だ。中身を確認すると、銀で出来た釘が入っている。


「……やってやるんじゃ!」


 カミールはポーチを縛り、釘打ち機を構える。

 一直線に走りながら繰り出される、正確なヘッドショット。

 釘はゾンビの眉間に突き刺さり、動きが鈍ったところに道が開かれた。


「ウェルモンド、もう少しの辛抱じゃからの!」


「まてッ! ミズ・カミール……ッ!」


 ゾンビの合間を駆け抜け、カミールは彼のもとから離脱する。

 すぐにその背中は見えなくなり、再びゾンビがうごめきはじめた。


「FPSで我に挑むとは! 血の涙を流すがいいッ!」


 カミールはひたすら釘を放つ。

 ゲームで鍛えたスキルが、ここで役に立つとは思わなかった。

 本来なら恐怖ですくむところだろうが、現実離れしたこの空間は、逆に彼女の集中力をより高めたのだろう。

 群れを抜けて開けた空間に出ると、そこには数人の人影があった。


「「カミール様!」」


 ネーグルとアルヴァが振り返る。

 迷子たちはいないが、ソルがビリーとエリーザを守っている。

 状況を理解し、すぐさまカミールも援護にまわった。


「ネーグルよ、アホ毛たちは一緒じゃないんか!?」


「はい。迷子様たちとは離れ離れに」


「あやつらに応援をたのみたい! お主たちにも来てほしいんじゃ!」


「ウェルモンド様のことですね。ぜひそうしたいのですが……」


「なんとかならんか、このゾンビ!」


「力ずく――と、いきたいところですが……」


 護衛をしながらでは、強行突破ができない。

 ましてや車椅子のビリーがいる状態では、無茶な策に出るのは危険だった。


「んあ~! どうする? どうする!?」


 カミールは必死で考える。

 なにか手はないか? どうにかできないか?

 思考を巡らせていると、幻聴が聞こえた。


「メェ~!」


 …………。


 いや、違う。

 確かにした。羊の鳴き声だ。


「まさか――」


 カミールが振り返ると、羊のダンがいた。

 ゾンビの群れをくぐり抜けて来たようで、ビリーのそばに身を寄せている。


「ダン! よくこんなとこまで……ケガはないかい?」


 優しく相棒を撫でるビリー。

 ダンは「メェ~!」と声を上げると、その額から小さな光の粒がでてきた。

 それはゆっくり浮遊して、ビリーの手に触れる。


「――え? ボクたちを助けてくれるのかい?」


 不思議な感覚だった。ダンの意思がビリーの頭に流れ込む。

 おそらくこの光のせいだ。ダンはビリーの前に立ち、空に向かって「メェー!」と声を張りあげる。


「な……なんだ!?」


 思わず手が止まり、上空を見上げるソル。

 雲間から光の柱が地面を照らし、草原に巨大な化身が現れた。

 羊の化身だ。

 筋肉質な身体はランプの魔人を彷彿とさせ、顔は羊そのもの。

 力強い二本の角が生えており、遠くにいたウェルモンドも、その巨大な姿が確認できた。


「な、なんなんじゃ~!?」


 カミールも動揺する。まるでRPGに登場する幻獣だ。

 ゾンビに気を向けながらも、その場にいた全員が、羊の化身を見上げて目を丸くしていた。


「ひつじの魂だって」


「え?」


「死んだ羊たちが、ボクたちを守ってくれるって」


 そう呟くビリー。

 化身は両腕に光の玉をつくり、ヒュッと空に放り投げる。

 それらは弾けて地上に降り注ぎ、一つ一つが鎧を纏った騎士になった。

 二本の角が生えた、獣人の騎士だ。


「ワシらは……夢でも見ているのか……」


「大丈夫ですよ親方。さぁ、エリーザもこっちへ」


 車椅子の周りが、光のバリアのようなもので守られる。

 騎士たちは腰に据えた剣を抜き、一斉にゾンビに立ち向かった。

 鮮やかに放たれた一閃は、その腐敗した肉の塊を、光の粒へと浄化する。


「みんな! 今のうちに!」


 ビリーの一声で我にかえるカミール。

 状況は一変した。

 目で合図を送り合い、執事の二人とこの場を離脱する。


「ビリー! あとは頼んだのじゃ!」


 手を振って群れの中を突破していくカミールと執事たち。

 今はただ前だけを見て、ウェルモンドのところへと急ぐ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る