↓第48話 楽な攻略はありません

「な……なんですか!?」


 あたり一帯に風が吹き荒れ、空は暗黒の雲に覆われていた。

 まるで龍が暴れるように、空に稲妻が尾を引く。

 ゼノは宙を浮遊し、地上を見下ろした。


「クックックッ、私の従順な眷属たちよ! 今こそよみがえるがいいッ!!」


 その一言で、大地がボコボコとめくれ上がる。

 はじめは地震かと思った。が、様子がおかしい。

 迷子たちは目を疑う。地中から現れたのは、すでに死んでいる人や獣だった。

 禍々しい邪鬼をまとい、ゾンビのようにうごめいている。


「さぁ! 王にその力を示すのですッ! 手始めにそこの人間を始末しなさいッ!」


 ゼノが手を振りかざすと、よみがえった死者たちはいっせいに襲い掛かってきた。

 理解が追いつかない迷子の前に、ゾンビの一撃が迫る。


「させるかァァァッッ!!」


 そこでウェルモンドが立ちはだかり、シルバーソードを盾に攻撃を防ぐ。

 続いて地面から不意打ちを仕掛けてきた二体目を躱し、迷子を抱きかかえ後方へジャンプ。攻撃がかすり、彼の腰につけているポーチが取れて地面に落ちた。


「おとなしく眠っていろッ!」


 迷子を離れさせたウェルモンドは、片手で持ったシルバーソードを横に薙ぎ払う。すると周囲を囲んでいたゾンビたちは上下真っ二つになり、黒い煙を吐きながら、最後は燐光の粒になって空に消えた。


「なんです今の!?」


「おちつけ。ヤツらはブラッディティアーを媒体に実体を作り出す思念体だ」


「しねん!?」


「銀を使え! ウイルスを死滅させれば、媒体を失った思念は霧散するッ!」


 ウェルモンドは脚に巻いていた弾帯を外すと、それを迷子に渡す。

 ストックされているのは銃弾ではなく銀の杭だ。

 ブラッディティアーは銀に弱い。感染者の傷口に銀が触れると、その部分が再生できなくなることは、迷子もビリーから聞いていた。


「クックックッ。やはりおまえがハンターでしたか。古代技術を継承したと聞いていたが、ウワサは本当だったようですねッ!」


「観念しろゼノ! 400年の時を超え、今こそ一族の使命を果たすッッ!!」


 ウェルモンドはシルバーソードを空中に向ける。

 淡い燐光が、蛍のようにゆっくり剣先に集約されていった。


「――させませんよッ!」


 しかしゼノが手を振りかざすと、大量のゾンビが押し寄せる。

 巧みに陣形を組まれ、迷子たちの戦力は分断されてしまった。


 迷子、うらら、ゆらら。

 ウェルモンド、カミール。

 ネーグル、アルヴァ、ビリー、エリーザ、ソル。


 大きく分けて、三つのブロックで囲まれてしまった。


「ウェルモンドさーん! みんなー!」


「聞こえるぞミズ・メイコ! こっちは無事だッ!」


「ネーグルー! アルヴァー! 無事かぁー!?」


「カミール様ー! ボクも兄さんもみんな無事でーす!」


 姿は見えないが、なんとか声を張り上げて状況を確認する。

 やがてゾンビの波が迷子たちを引き離したが、それぞれのブロックに戦闘要員がいることが幸いした。


「しばらくは持ちそうですね……」


「そうねぇ。でもぉ、長期戦はマズイかもぉ?」


「だな。ぜってーコレ無限に湧いてくるパターンだぜ?」


 うららとゆららは、クナイを構えて周囲を警戒する。

 これがゲームなら、敵を大量に捌いて経験値を稼いでいたところ。しかし目の前にあるのは現実。レベルアップなんて悠長なことは言っていられない。


「やり込みは二周目からです。わたしは早くエンディングを見たいほうなので」


「ならぁ、効率よくここをクリアするしかないわねぇ」


「だな。こういうのはだいたい元凶をブッ倒せば……」


 三人は上空に浮かぶゼノを見上げる。

 攻撃が届けば、この状況を打破することができるかもしれない。


「ですね。それにはウェルモンドさんの力が必要です」


「でもぉ、カミちゃんと一緒だから攻撃に集中できないかもぉ」


「だな。だったらあたしたちが行って援護するしかないぜ!」


 空中を狙えるのは、ウェルモンドのシルバーソード以外ほかない。

 ゼノを止めるためにも、一刻も早く合流する必要があった。


「グオアアァァァァ!!」


 そこへ、ゾンビが不規則な動きで襲い掛かる。

 迷子を守るようにして、うららとゆららがクナイを使って応戦した。

 しかし切り裂くそばから、ゾンビの傷口はみるみるうちに回復していく。

 やはり銀がないと応戦は難しい。

 そこでウェルモンドからもらった杭を二人に渡し、しばらくその場をしのいだ。

 しかし数が多すぎて、このままでは分が悪い。


「まずいですねぇ……このままでは――」


 そんなとき、空中からブワッと風が舞い、丘の草原がなびく。

 風圧がすごいので見上げると、一機のヘリがホバリングしていた。

 軍用機を彷彿とさせる、黒塗りの厳つい機体に藍の葉のエンブレム。

 才城家の援軍だ。

 迷子の端末に着信が入る。


『迷子様。たのまれていたものをお届けに参ったのですが、これは……?』


「えと……映画の撮影です」


 迷子はとっさにごまかす。

 とりあえず例の『秘密兵器』が運ばれてきたようだ。

 あとはどう受け取るかだが――


『どうしましょう。取り込み中なら時間を改めますが?』


「いえ、そのまま落としてください」


『え?』


「至急必要なんです。お願いします」


『……わかりました』


 ヘリの底が開き、パラシュートのついた箱がゆっくりと降下する。

 風に乗り、いい具合に迷子たちのもとに着陸しようとしたのだが、


《グオォォォ……!!》


 いきなり龍が現れた。

 RPGにいそうな、巨大で炎を吐く羽が生えたタイプ。

 現実にいない生き物まで登場し、周りから見れば本当に映画の撮影をしていると思われたかもしれない。

 ドラゴンは荷物を咥えて、咆哮をあげる。


「うおー! なんだあのカッケーの!?」


「姉さん興奮してる場合じゃあ……」


「わーっ! わたしの『秘密兵器』が食べられちゃいます!」


 ヘリは邪魔にならないように、すぐさまその場を離脱する。

 一方、ドラゴンは箱を噛み砕いて飲み込んだ。

 そしてギロリと迷子たちを一瞥し、大きな羽をはためかせて急降下する。


「あわわわ! こっちも食べられちゃいます!」


「へへっ! 来るならこいよ!」


「お相手するわぁ」


 メイドの二人は、持っていた杭を上空に向けて投擲する。

 それはドラゴンの腹に突き刺さり、その一部が黒い煙と化し不安定になった。

 するとさっき飲み込んだ荷物が隙間からこぼれ、再び迷子たちのもとへ落下する。


「きます! きますよー!」


 空中で梱包がほどけて、中身があらわになる。

 地面には秘密兵器――聖剣のように光る3本の銀の剣が突き刺さった。


「か……かっけー!!」


「フフフ、おどろくのは早いですようららん。この剣は変形するんです!」


 迷子が剣の一つを抜き、柄にあるボタンを押す。

 すると本体が変形して、ボウガンの形になった。


「あらぁ、じゃあこれもぉ?」


 ゆららがもう一つを抜き、ボタンを押す。

 すると一瞬で円形の刀――身体よりも大きなな円月輪へと変化した。


「すっげぇ! じゃあこれも!?」


 うららがワクワクしながら、最後の一本のボタンを押す。


 …………。


 なにも起こらない。


「……うららんのはハズレですね」


「そんなのあんの!?」


「明らかに開発ミスねぇ……」


「ダメじゃん!!?」


 そんなやりとりをしている間にも、ゾンビは次々と襲いかかる。


「迷ってる場合じゃありません! いきますよぉ!」


 うららが愚痴をこぼす暇もなく、迷子とゆららはゾンビの群れに立ち向かっていく。

 ムスっと半眼で頬を膨らませていたうららも、「おまえら全員ぶっとばすからなぁ!」と、勢いづいてゾンビに突っ込んでいった。


「えいっ!」


 迷子が遠距離からボウガンで射貫き、


「ヤァッ!」


 ゆららの投げた円月輪が、ブーメランの軌道で周辺のゾンビを一掃し、


「うおらぁッ!」


 うららが駆け巡りながら、次々とゾンビを薙ぎ払っていく。


《グアァアアァァァァッッ!!》


 空中にいたドラゴンも、再び三人に襲い掛かってきた。


「あらぁ、まだやるのぉ?」


「フフン、ぶっ飛ばしてやるぜ!」


 メイドの二人が武器を構える。

 口を開けたドラゴンが突っ込んできたそのとき、


「「暗鬼絶殺あんきぜっさつ――」」


 背中合わせの二人から、


「「揚雲雀あげひばり!!!!」」


 苦楽園流暗義、その連携技が繰り出された。ドラゴンの口からしっぽまでを、閃光のように駆け抜け、そのまま空高く跳躍する。


 翼を広げた巨体は、反撃しようと空中を旋回。しかし再び地上へ急降下した瞬間、その身体はサイコロステーキのようにバラバラになり、咆哮と共に燐光となって消えた。


「やりましたね!」


「ああ、でも休むヒマはないぜ?」


「そうねぇ」


 ドラゴンを倒したとはいえ、振り返れば波のようにうねりを上げるゾンビたち。

それらは容赦なく、迷子たちのもとへ押し寄せた。


「迷ってる場合じゃありません。ウェルモンドさんのもとへ!」


 三人は武器を構え、走り出す。

 みんなの無事を、祈りながら――

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