↓第45話 したいのこえ

「そんな……」ソルがその場に膝を突く。「本当にあいつがやったのか?」という質問に、「はい」と迷子は返答した。


「ワシには信じられん。あいつが羊を……あんなにでていたのに……」


「ひとつ補足しておきますが、羊を移動させたのはビリーさんでしょう。しかし、ミイラにしたとは断言できません」


「どういうことじゃ?」と、カミールが視線を向ける。


「もう一人の共犯者――いえ、首謀者がいるからです」


「「「!!」」」周囲の空気がざわつく。


「その首謀者が羊を殺したか、あるいはビリーさんに命令して殺させたか。いずれにせよ、ベベさんのほかに犯人はいます」


 そして迷子は、


「はじめに、100頭の羊を一晩で出現させたトリックを説明しましょう」


 続きを話す。


「まず、長い時間をかけて盗んだ羊に、ウイルスを投与します。宿主に適用できない場合、内部の血液を消費したあげく、ウイルスは涙腺から排出されて消えます。さらに時間が経過することで個体が乾燥し、ミイラの完成です」


「わざわざ血を抜かずとも、投与するだけでミイラができるってことか」ソルが確認するように呟く。


「完成したミイラは一旦、別の場所に保管しておきます。次に折を見ながらそれを、ある場所に運びます」


「ある場所じゃと?」


「はいカミらん。あの丘の上にある書庫です」


 みんなは教会の裏にある、あの書庫を思い浮かべる。


「カギは教会に保管してあるので、誰でも使うことができます。当番制で清掃をしている住民の方なら、出入りしても怪しまれません」


 迷子は続ける。


「ミイラを書庫に運んだら、時がくるのを待ちます。事件が発生し、住民のみなさんが捜索を終えたら、あとは夜が更けるのを待つだけです。室内にあるブルーシートを使い、仕上げに取り掛かります」


「そういえば、ロール状のおっきなヤツがあったな」


「それですうららん。清掃の際に使っているやつです。伸ばせば軽く数十メートルはあります。これを床の扉から垂らし、丘の斜面に沿ってどんどん伸ばしていけばいいんです」


 迷子は、テーブルクロスを少し引っ張りながら説明する。


「室内のシートは動かないように、重りなどで固定しておけばいいでしょう。あとは羊のミイラをシートに沿って落とすだけです。滑って斜面を転がって、ランダムに散っていきます」


 みんなは黙って聞いている。


「ちょっと待て、理屈としてはわかるが、その方法にはムリがあるぞ」と、ソルが口を挟む。


「扉からミイラを運んだとして、住民に目撃されたら終わりじゃないか? 仮にミイラを梱包していてもだ。なにを運んでいるのか尋ねられたら終わりだ」


「そうですね。もっといえば運べる時間も限られます。深夜は教会が閉まるので、やるならカギを持ち出せる日中になります。だとすれば目撃されるリスクも高まるでしょう」


 さらに迷子は付け加える。


「それでは複数人で運んだとしたら? 短時間で事を済ませば、目撃のリスクは減らせるでしょう。しかし扉は小さいので、たくさんのミイラを一度に通すのは無理です。結果、大勢で動くほど目立ってしまい、リスクが増すだけなんです」


「う~ん、じゃあどうやったんじゃ? 誰にも怪しまれずにミイラを運ぶなんて……」


 カミールが首をひねる。

 ウェルモンドはずっと黙ったまま、迷子の話に耳を傾けていた。


「ミイラを書庫に入れるにしても、時間が必要です。長い時間をかけて少しずつ計画を進めていたとしたら、それができる人物は一人しかしません」


「誰だよ?」と、うらら。

 みんなもその「犯人」が、気になって仕方ない。


「結論を言います。ミイラを怪しまれず運ぶことができ、且つ書庫のカギをいつでも扱える人物が、この事件の首謀者です」


 迷子は水を一杯飲むと、グラスを置いて視線を移した。


「アンヘルさん、あなたが犯人ですね」


☆       ☆       ☆


「わ、私が? 冗談はよしてください」


 否定するアンヘルに、みんなの視線が集中する。

 迷子は静かに、推理の内容を話しはじめた。


「冗談ではありません。アンヘルさんが犯人なら、いろいろと説明がつきます」


「たしかに教会のカギは私が一番自由に扱えます。しかし犯人と疑われるのは……」


「最初は迷ったんです。カギの在処はいろんな方が知っていますし、住民の誰かという線は捨てきれません。実際、書庫には気になるものが落ちていましたし」


「気になるもの?」


「イヤリングです」


「ああ。あれですか?」


 アンヘルはポケットから、円形で銀色の小さなリングを取り出す。

 これは迷子たちが書庫に来たとき、床に落ちていたものだ。

 誰の持ち物でもないということで、一旦、教会で預かることになっていたが、事前に連絡を入れ、迷子が持ってくるよう指示していた。


「これです。ひょっとしたら犯人の持ち物じゃないかと疑ったんです」


 アンヘルはイヤリングを迷子に渡す。

 するとカミールが、


「それって……あの赤髪のじゃないんか?」


 と言うが、迷子は首を横に振り、こう説明した。


「たしかにエリーザさんもイヤリングをつけています。ですが彼女が使っているのは宝石がついたもので、円形の銀素材ではありません」


「それでは一体?」と、アンヘル。


「よく見てください。イヤリングのようですが、実は違います。これが何か理解すると、持ち主がおのずとわかるんです」


「誰なんだ?」と、ソルが訝し気な表情で言う。


 すると迷子は、


「ウェルモンドさんです」


 彼のほうを向いて、そう言った。


「これは『丸カン』と呼ばれる道具です。一見するとイヤリングにも見えますが、金具同士を繋げるためのもので、アクセサリを作るときにも使います。彼の部屋を覗いたとき、テーブルの上にペンチやブローチを見つけて、もしやと思ったんです」


 迷子は携帯端末を操作して画像を見せる。

 丸カンは「色」「大きさ」「デザイン」が異なり、いろんな種類があることがわかった。


「書庫に丸カンが落ちているとは思いませんでした。よく観察すれば早く気づけたかもしれません」


「まぁ、掃除に来た住民がイヤリングを落とすほうが、確率としては高そうじゃな」


 カミールがそう言ったあとで、ウェルモンドが静かに口を開く。


「小物の修理も仕事のうちだ。依頼があれば一から作ることもある」


 それを聞いたアンヘルは、


「ということは、ウェルモンドさんが書庫に侵入したという証拠では? 前回掃除したときは、こんなもの落ちていなかったはず……」


 少し糾弾するように眉をひそめた。

 ウェルモンドは黙っているが、迷子が代わりに説明する。


「ここに来る前、彼にはいろいろと質問させていただきました。当番以外の日を利用し、書庫の窓から侵入したことを認めています」


「窓? あんな高いとこからどうやって?」と、ソル。


「鉤つきのロープなどを引っ掛けて、書庫の上に昇ればいいんです。実際にその跡がありましたし、窓の外には指紋も付着しています。身体能力が高く、大工である彼ならカギを開けることも可能でしょう」


「そうなると益々あやしいのでは? そこまで手間をかけて書庫に侵入する意味なんて……」


 アンヘルは、訝しい表情を見せる。

 が、迷子は否定するように首を振った。


「はじめに言っておきます。ミイラを運んだのはウェルモンドさんではありません」


「え?」


「とにかく彼は、「ある理由」からミイラ事件の犯人を捜していたんです。そのために書庫に侵入し、犯人に繋がる証拠を探していました」


「なんだ、その理由って?」と、ソル。


 迷子は「のちほどお話します」と言って続けた。


「ウェルモンドさんは内密に捜査を行いました。何せ身近な人が犯人かもしれませんから。日中は目立つので教会のカギは使えません。となると夜中に侵入するしかなかったのです」


「でもメイコさん。仮に彼が犯人ではないとしても、私が犯人という証拠がありません。第一、ミイラをどうやって書庫に運ぶのです?」


「アンヘルさんの行動はこうです。清掃が終わった日から、一カ月以内にミイラを運びます。一日に3~4体程度でしょうか、ミイラを箱に詰めて日中に移動したんです。古書を運んでいる体にすれば、作業を見られても中身を開けろという人はいないでしょう。おまけにウイルスを投与した死体には、臭いがないのでバレにくいです。長い時間をかけてミイラを運び終えたら、あとは傾斜にバラ撒くだけ。計画は完了です」


「定期清掃の合間がチャンス……理屈のうえでは可能じゃな」カミールが顎に指を添える。


「この期間に、誰かが書庫の中に入りたいと言っても問題はありません。「古書の整理をしているので入室を禁じています」と、言えば済みます」


「しかしメイコさん、それだけで証拠と言うのは……」


「隠し扉です」


「……?」


「教会には隠し扉がありました。例の地下道への入り口です。古書の内容から、ゼノさんがブラッディティアーの研究に使っていたことが判明しています。ご存知ですよね?」


 これについては、アンヘル自身が迷子に説明している。

 彼は頷きを返すが、その表情が一瞬こわばったように見えた。


「だからアンヘルさんは、この地下室を利用したんでしょう。もちろんブラッディティアーを研究するためにです。100頭の羊を隔離するには、充分な広さですから」


「そ、そのために盗みを……!?」ソルが険しい表情になる。迷子は続けた。


「古書には羊を使った実験の記録があります。その数なんと100頭。アンヘルさんはこれをなぞったのでしょう。ウイルスを投与して経過観察の日々。ミイラになった羊は、しばらく地下に保管していたと思われます」


「…………」


「観察を終えた羊は処分するつもりだったんですね? でも専門の施設は使えません。犯行がバレますから。外で燃やすのはなおさら人の目につきます。じゃあどうすればいいのか? これだけの数、捨てる場所もありません」


「……」


「そこで伝説を利用したんです。住民の間で語り継がれていますから、吸血鬼の復活に合わせることで、意識をそちらに逸らしたんです」


 実際、事件後の住民はパニックになった。パッと見ただけでは、人間の犯行に思えなかったからだ。


 つまり、ミイラをばら撒いたことには、効果があったといえる。


「警察がトリックを見破ることができなければ、この事件は怪奇現象として人々の記憶に残るでしょう。誰もアンヘルさんの仕業と疑うことなく、ミイラの処分は成功です」


「メイコさん、一度言いましたが私は教会の……本棚の扉を知りませんでした。地下室で研究だなんて……」


「それこそあり得ません」


「え?」


「教会の地下には古書が置いてありました。これは書庫にスペースを確保するため、事前にアンヘルさんが運んだものでしょう」


「でたらめですよ。元からそこに置いてあったんじゃないですか? 第一、あそこには外に繋がる通路がありました。私以外の誰かが出入りしたんじゃあ――」


「カビです」


「か、カビ……?」


「書庫も地下室もカビ臭かったんです。そこでわたしは注目しました。もし書庫と地下室で二つのカビが検出されたら? 加えてアンヘルさんの衣類にこのカビが付着していたら? もうおわかりですね。一度も入ったことのない地下室のカビが、衣服に付着するはずがないんです。それに書庫と地下を往復しないと、二つの場所でカビが混ざることはありません」


「……っ」


「衣服を提出してくれますよね? 犯人でないのなら、問題ないはずです」


 わずかな沈黙がおりる。

 場の空気が張りつく中、迷子はこう続けた。


「今思えば、あの呻き声があったから地下室の存在がわかったんです。台座のミイラが、わたしに犯人を知らせてくれたんですよ」


「そういえば、あれは誰じゃ?」カミールが視線を向ける。


「鑑識の方によると、どうやらミイラの爪から第三者の皮膚片が検出されたそうです」


「第三者って……?」ソルが表情を曇らせる。


「おそらくアンヘルさんの皮膚ですよね? これも調べればわかります。今回だけでなく、4年前の事件まで明るみになりますよ?」


「おいアホ毛、4年前って……」


 みんなはハッとして視線を交差する。

 それぞれの表情を読み取って、迷子は一度、うなずきを返した。


「そうです。過去に失踪した前任の神父。あのミイラは『セザール・クレマンティス』さん、その人です!」


「――ッ……!!」


「観念してくださいアンヘルさん! ――いえ、ブラッディティアーの第一人者、『ダリー・ザーフィル教授』! あなたが吸血鬼の正体です!」

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