↓第44話 らいきゃくにひろがるどうよう
各々は戸惑いの表情を浮かべる。
ソルは沈黙し、アンヘルは咄嗟に口を押さえた。
カミールは目を泳がせながら動揺し、うららは唇を舐めながら味を思い出している。
ネーグルとアルヴァは何も言わず、ただそこに佇んでいた。
「おい探偵! そんなことをするためにワシらを……!」
ソルが思わず立ち上がる。
気分が悪くなったアンヘルも続いて、
「メイコさん、いくらなんでもこれは……」
糾弾するように、視線を向けた。
窓を打ちつける雨音が、やけに大きく感じる。
しばらく様子を見ていた迷子は、タイミングを見計らったように、
《パァン!》
突如として両手を鳴らした。
「はいっ! ここまでです!」
みんなは、何を言っているのかわからないといった表情を浮かべる。
「体調はどうです? 気分が悪くなりませんか?」
そんな問いかけに、みんなは顔を見合わせて様子をみる。
いまのところ、身体に変化はなさそうだが……。
「そうです。つまりはそういうことなんです」
そして続きを話しはじめた。
「先に謝っておきますが、とある実験のためにウソをつきました。これは新鮮なお肉です。安全性に問題はありません。すみませんでした」
これに対し、
「な、なんだ脅かせやがって」
「肝が冷えましたよ……」
ソルとアンヘルがため息を吐く。
カミールはムスっと目を細めて、
「正直あせったが、なんじゃその実験って」
迷子に説明を求めた。
「要は先入観です。みなさんはあたり前のように皿の肉を食べました。これがミイラと疑わずにです」
「そりゃ食べるだろ。皿の上に載ってんだし」
うららがフォークに刺した肉を、注意深く眺める。
「じゃあ、これが試験管の中に入っていたらどうです? あるいは金属の箱に入っていたら? 見た瞬間、実験用のサンプルか、あるいは危険物じゃないかと警戒するのではないでしょうか」
「いったいなにが言いたいんだ?」と、尋ねるソルに、迷子はこう続けた。
「このように人は常識から物事を判断して行動します。犯人は、この「あたり前」を利用して今回の事件を実行したんです」
「あたり前を?」ウェルモンドが静かに問う。
「はい。順を追って説明すると、農場の羊が100頭消えて一晩でミイラになりました。ですがそれは思い込みです。農場の羊が消えたのは事実ですが、いっぺんに消えたわけではないのです」
「どういうことだ?」ソルが髭を撫でる。
「少しずつ消えていたんですよ」
と、答える迷子に、
「はぁ?」と、カミールが首をひねった。
「思い出してください。この地方ではクマやオオカミが出没し、家畜を食べるという被害が起きています。犯人はこの事実を利用し、いろんな農場から羊を少しずつ盗んでいたんです」
「なんだって?」
「ソルさんならおわかりでしょう。たとえば一日に一頭いなくなっても、クマなどに食べられたのかと想像してしまいます。森などで骨や肉片などが見つかれば、やっぱりそうだったのかと思うでしょう。頻繁にどこかで被害が出ていますし、少しずつなら羊を攫ってもバレにくいんです」
「しかし、いくら少しといっても100頭じゃぞ? バレずに攫ったとして何日かかる?」
カミールの問いに、迷子は暗算する。
「わたしの予想ですが、10日に1頭くらいのペースで盗んでいたのではないかと。3年くらいすれば、100頭の数に到達します」
「3年? まてまて根本的な問題がある。そもそもワシの農場から100頭の羊がいっぺんに消えたのは、皆も確認しただろ?」
「そうです。私も捜索に協力し、確認しました」と、アンヘルも頷きを返す。
執事の二人は依然として沈黙し、ウェルモンドは腕を組んで話しを聞いていた。
「はい。この謎を解くために、これが重要なヒントをくれます」
迷子はポーチから一冊の本を出す。
「なんだそれ?」と、うららが視線を凝らす。
「そりゃあ、ハーメルンの笛吹き男じゃないか」ソルがタイトルを読み上げる。
「この地方にもゆかりがありますよね?」アンヘルがそう補足する。
「そうです。ドイツのハーメルンで消えた大勢の子供たちが、1600キロ離れたこの地で発見されたという伝説です」
「我も話は知っとるが、しかしこの話がどう事件に関わるんじゃ?」
「つまり「大移動」が答えです。トリックの全貌、それは昼間のうちに100頭の羊を別の場所に移しただけなんですよ」
「なに?」
「ほらソルさん、森を抜けたところにベベさんの農場がありますよね? あそこに移したんです。つまり『大移動した羊』と『100頭のミイラ』は、別の羊なんです」
数瞬の沈黙を挟み、迷子は続ける。
「小川に例の板をかければ渡れます。農場に羊を移動させたら、あとは戻って板を片づければいいんです」
「それじゃあ……犯人はベベなのか?」と、うらら。
「だとしたらすぐに農場へ! 羊たちを取り戻しましょう!」アンヘルが立ち上がる。
「待ってください」と迷子が制すると、
「なんでだ!?」と、ソルが興奮した様子を見せた。
「話には続きがあります。ベベさんに羊飼いのスキルはありません。群れを操り移動させたのは、別の人物です」
「別の? 共犯者がいるのか!?」ソルは尋ねる。
「はい。ベベさんも実行犯の一人ですが、主な役目は羊を人目から隠すこと、それに徹することです。あとはエサをやったりするくらいでしょうか」
話を聞いていたウェルモンドが、薄っすら目をすがめる。
ソルは「誰なんだ!?」と、
「羊飼いのスキルがあって、ソルさんの農場で働いている人物。そしてミイラの症状から推測して、ブラッディティアーが扱える人物かと」
みんなが「まさか」といった表情を浮かべる。
「おい、それって……」手を震わせるソルを前に、迷子は頷きを返してこう言った。
「笛吹き男の正体は、ビリーさんです」
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