↓第39話 ーーーっと。これがあなたの正体ですね?
ウェルモンドはしばらく警察から事情聴取をうけることになった。
森に行っていたアンヘルも呼び戻され、ことのあらましを説明される。
迷子は現場を見分させてほしいと申し出て、カミール、アンヘルを連れて地下に移動することになった。
「いったいこれは……」
「アンヘルさんはこの道を知らなかったんですか?」
「ええ、前任の神父からも聞いていませんでしたし……」
「ほんとか? なんか手掛かりくらいは残しとるじゃろ」
「それがなにも……、ですが心当たりはあります。古書の内容からして、これはブラッディティアーの研究施設ではないかと」
「ウイルスですか?」
「ええ。ゼノは迫害を受けるまえ、教会の地下で研究を続けていたと記されています。奇異の目から逃れるために」
「なるほど。ここなら心置きなく没頭できますね」
「それにトランシルヴァニアには教会が多い。人の目を欺くにはもってこいじゃな」
「その後、森に移り住み、教会の施設はそのままになっていたんじゃないでしょうか」
「おい待て! あそこで見たミイラは実験体か? やっぱりガチの吸血鬼だったんか!?」
「おちついてくださいカミらん。それには少し心当たりがありますので」
三人が歩いて行くと、例の部屋にやってきた。
鑑識の邪魔にならないよう、気を遣いながら台座の前に移動する。
「これです。例のミイラ」
「ほんものみたいですね……。ですが本当に動いたんですか?」と、アンヘル。
「ガチじゃ! こう上半身のあたりが「ぶぉーっ!」って!」
身振り手振りで説明するカミールをよそに、迷子は目線を落としてミイラを観察する。
「……やっぱりです」
「なんじゃ? やっぱり吸血鬼だったんか?」
「いいえ違います。これはまぎれもなく人間です」
「そんなわけあるか。アホ毛も見たじゃろ、こう「ぶおぉーっ!」って!」
「はい。ですがミイラの特徴を見てください。尖った歯もなければ耳のかたちも丸みがあります。吸血鬼の特徴とは違うんです」
「そうじゃが実際に――」
「その通りです。ミイラは唸り声をあげて上半身が動きました。実はこれ、トリックがあるんです」
迷子は指をさしながら説明する。
カミールとアンヘルは、興味深そうに耳を傾けた。
「死体が腐敗したあと、肺の中にガスが溜まることがあります。それが口から排出される際に、地下道を反響して唸り声のように聞こえたんです」
「じゃあつまり、身体が動いたのはガスが抜けた反動なんか?」
「そうです。実際、土葬した棺桶の死体が、唸り声をあげた事例があります。人はそれを吸血鬼と勘違いし、その首を切り落として、胸に銀の杭を打ちつけたそうです」
「そんなことが……。しかし教会の下で実験をしていたなんて、想像すると少しゾッとします」
「そうですね。しかしアンヘルさん。この話を聞けばもっとゾッとするかもしれませんよ?」
「どういうことです?」
「これを見てください」
迷子は部屋に散乱した医療器具を指す。
「おそらく実験に使われたのでしょう。年代が古いものから新しいものまで様々です。これがなにを意味しているのか、もうおわかりですね?」
「ひょっとして……」
「そうです。少なくともごく最近まで、ここで研究していた人物がいるということです」
「なんじゃと!? まさかそいつが我々を――」
「おそらくは。口封じのために襲ったんでしょう。わたしが予想するに、例の吸血事件も同一人物が絡んでいるのではないかと」
「100頭の羊は、ウイルスでミイラにされたと?」
アンヘルの問いに、迷子はうなずく。
話を聞いていたカミールが、難しい表情をしてこう言った。
「じゃが、そうなると犯人の目星がおのずと絞られんか? 教会を一番自由に利用できるのは、神父ということになるぞ?」
「いえ、そうとも限らないんです」
「どういうことじゃ?」
「教会の出入りは自由になっています。アンヘルさんが森へ出掛けるルーティンを知っていれば、隙を見て地下への出入りが可能です。本棚を動かせばいいだけですし、最悪、食料を持って潜伏することもできます」
そして迷子は通路のほうを指差す。
「わたしの勘が正しければ、こういう施設にはセーフティネットが用意されているはずです。万が一、敵に見つかった際に、逃げ道を用意しておくんです」
ちょうどそのとき、通路の向こうから鑑識の一人が走ってきた。
迷子に調査の内容を話すと、そのまま忙しそうに次の現場に行った。
「どうやらビンゴでした。この先に地上への抜け道があるそうです」
「じゃあ、容疑者は住民全員なんか?」
「そうです」
「犯人は闇の中……ですか」
肩を落とすカミールとアンヘル。
そんな中、迷子は黙々と室内を観察する。気になった点がいくつかあった。
まず、かなり古い本が床に積まれていること。これは高床式の書庫にあったのと同じ型だ。
もとからここにあったものだろうか?
「…………」
次に気になったのは、床のシミだ。
なにが置いてあったのかは不明だが、いたるところにシミがある。
ある程度の予想はついているが、これに関しては鑑識の鑑定を待つことにした。
「それにしてもカビくさいのう。そろそろ鼻が曲がりそうじゃ」
「ええ。やはり空気の流れは悪いみたいですね」
そんなことを話すカミールとアンヘルを見て、迷子はピンとくる。
「ひょっとして……」
「なんじゃ?」
カミールが問うと、迷子は無言のまま階段のほうへと走っていく。
「おい、どうしたアホ毛!?」
「カミら~ん! 吸血鬼に会えるかもしれませんよ~!」
「はぁ?」
迷子はそのまま階段を上り、地上に出る。
うららに電話をかけると、次の行動に移った。
「さてと。あとはビリーさんの家に行って――」
と、そこに聴取を終えたウェルモンドがやってきた。
「ミズ・メイコ。身体は大丈夫なのか?」
「あ、そうそう忘れるとこでした。ウェルモンドさんにも聞きたいことがあるんです」
「そのために呼び出したんだろ。なんでも聞いてくれ」
「じゃあはっきり言いますが――」
迷子は彼が持ち歩く道具入れの紋様を指差して「あること」を言う。
すると一瞬言葉を詰まらせて、
「な……なぜそれを?」
彼は動揺をあらわにした。
「ありがとうございます。4年前にウェルモンドさんがなにをしていたのかわかりました。やっぱりお墓を動かしたのは子熊を守るためでも、墓荒らしでもなかったんですね」
「……調べたのか? 俺のこと」
「紋様ですよ、古書にありましたから。しかしカミらんたちには話さないんですか?」
「こんな時代だ。言ったところで笑われる」
「どうでしょう。案外、大丈夫かもしれませんよ」
そう言うと、迷子は踵を返す。
「話はもういいのか?」
「はい。わたしは次の現場へ行きますので」
「ミズ・メイコ。今回の事件、犯人は本当に吸血鬼なのか?」
「ええ、それに関しては――」
迷子はゆっくり振り返ると、
「おそらく、今夜あきらかになると思います」
確信をもった表情でそう言った――
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