↓第38話 リベンジです
「どういうことです? 今、警察ですよね?」
『ええ、ビリーさんはブラッディティアーに感染しているからぁ、専門の機関が引き取ることになったってぇ』
「せんもんの? それって大学とかですか?」
『そう。赤い髪の女性――エリーザさんが手続きに来たみたい』
となりで聞いていたカミールが口を開く。
「おい、まさか証拠隠滅のために死体を回収したんじゃなかろうな?」
「どうでしょう、エリーザさんが犯人ならあるいは……」
迷子は訝しい顔つきで続きを問う。
「ちなみに、エリーザさんの足取りはわかりますか?」
『さっき警察のヘリポートを発ったみたい。おそらく空輸経路で大学行きねぇ』
「わかりました。そっちは任せます」
迷子は、通話を切る。
エリーザが完全に「白」ではない以上、死体を預けるにはリスクをともなう。
不安が勘違いであるよう祈るしかなかった。
(――ブオォォ……)
そんなとき。気のせいか室内に唸り声のような音が響く。
二人は顔を見合わせた。
「カミらん、お腹空いたんです?」
「腹の虫じゃないわ! って……アホ毛も聞こえたんか?」
「はい。なんというか「ぶおおぉ」って」
と、そのタイミングでまた聞こえてきた。
じーっと耳を澄ませる。たしかに(ブオォォ……)という低く唸るような音だ。
なんだろう? 奈落の底で魔物がうごめくような、そんな声を彷彿とさせる。
だんだん不気味になってきて、互いに肩を寄せ、周りを警戒した。
「な、なんじゃ! 誰かおるんか!?」
「か、カミらん! あそこ……」
その視線の先には教会の壁がある。注意深く息をひそめていると、そこから再び音がした。
――間違いない。あそこになにかある。
二人は恐る恐る歩みを進め、近づく。
なにもない。そこには本棚があるだけだ。でも、その裏からたしかに聞こえる。そしてかすかに風の流れも。
「これってひょっとして――」
迷子は手伝ってもらい本棚を押す。すると壁に大きな穴が現れた。
人が通れるサイズ。しかも真っ暗な闇の向こうに、石造りの階段が続いている。
「「…………」」
しばらく沈黙が満たした。こんなのを見つけた以上、ここで佇んでいるわけにもいかない。
「……迷ってる場合じゃありませんね」
反響する声の正体を探るために、迷子たちは覚悟を決めるのだった――
☆ ☆ ☆
謎の入り口を前に、二人は恐る恐る闇を覗く。
「わぁ……かなり暗いですねぇ。どうしましょう、こんなときに限って……」
迷子は携帯端末のバッテリーを確認する。残量は残りわずかだ。
「どうするんじゃ? そのへんにライトでもないんか?」
「フッフッフッ。いいのがありますよ」
迷子はポーチをあさる。
「じゃーん! サイリウムです!」
「……なんでそんなものがあるんじゃ?」
「唐突に推しのライブがはじまったときに便利かと」
「ないじゃろ。そんなシチュエーション」
「でもほら、明るいですよ?」
「フン、まぁいい。我も手を貸してやろう」
カミールは『閃光の世界(ヴェルト・シュトラール)』と叫んで、自分の携帯端末のライトを起動させる。
二人は一歩、また一歩と階段をおりた。
「……カビくさいですねぇ」
迷子は鼻をつまむ。石造りの通路は、かなり古い時代につくられたものだと予想がついた。
カミールがライトを照らすと、壁沿いにランプが設置されているのがわかる。
それを見た迷子はポーチをあさり、中からライターを取り出した。
「……なんでそんなもの入っとるんじゃ?」
「唐突に推しのライブが停電したら――」
「ダメじゃろ。火気厳禁じゃ」
カミールにツッコまれながらも、迷探偵はそおっとランプに火を入れる。
中には油が残っていたようで、ぼんやりと灯りがともった。
「これでOKです」
道中でランプを見つけるたびに、迷子はライターの火を注ぐ。
進んでいけばいくほど、二人の疑問は深まるばかりだった。
なぜ教会の下にこんな場所が? しかもなんのために?
この先になにがあるかもわからず、ただ声のするほうに歩みを進めた。
《ブオオォォォォーーー……》
また聞こえた。かなり近い。
身を寄せ合いながら、少しずつ勇気を振り絞るように進む。
すると壁沿いに入り口があった。扉はなく、その空間から声がする。
二人は顔を見合わせて、中に入る。
――広い部屋だった。石造りの床に壁。高く積まれた本に、散乱する医療器具。奥には手術台のような台座があり、その上になにか載っている。
「…………」
迷子たちは目を凝らす。
――ミイラだった。
体格からして大人だろうか。乾燥しきって性別はわからない。思わず後退り、「ヒッ……!」と、引きつった悲鳴がもれた。
《ブオオォォォォーーー……》
すると同時、ミイラが咆哮をあげた。
しかも少し動いた。蘇ったのか? と脳が混乱しそうになった。普通ならあり得ないことだ。
「うっ、うわああぁぁぁーーー!!」
「あぎゃーーー!!」
二人は抱き合い、腹の底から声をあげた。
これは呪いだ。吸血鬼だ。そんな思考がグルグル回って、もう頭の中はパニックだ。
カミールはよろめいた勢いで端末を落としてしまい、とにかく拾おうと手を伸ばす。
「――……」
そこで一瞬手が止まる。
端末が転がった場所に、誰か立っていた。
下から照らす明かりが、その人物を闇に浮かび上がらせる。
黒ずくめの男だった。
いや、男かどうかはわからない。が、なんとなくそんな雰囲気がした。
「――――」
しかも黒ずくめは、手に剣を持っている。西洋風の片手剣だ。
言葉を交わす間もなく、黒ずくめは無言でそれを横に薙ぎ払った。
「わわわ……ッ!」
迷子は咄嗟に後ろへ飛ぶが、持っていたサイリウムは真っ二つに切り裂かれる。
尻餅をついた二人は顔を見合わせると、反射的に左右に逃げた。
どう考えたって、自分たちを殺しにきているとしか思えない。
理由まではわからないが、とにかくこんなところで死ぬわけにはいかなかった。
黒ずくめは二人の動きを見ながら、なおも無言で追いかけてくる。
迷子たちを逃がさないよう、出口付近で剣を構えている。
相手の注意を逸らすよう、迷子たちは分散して室内を逃げ回った。
「いったいなんなんじゃこいつは……!」
縦横無尽に室内を駆けまわり、なんとか黒ずくめの攻撃を回避する二人。
小回りで相手を
繰り出される一太刀をかわすと、剣先が勢い余ってランプを吹っ飛ばした。
それを見て迷子はハッと思いつく。
「――カミらんいい考えがあります!」
「なんじゃ!?」
「『暗黒の世界(ヴェルト・ダークネス)ですっ!』」
「ヴェル?」
「『暗黒の世界』、ですっ!」
「……ほう」
ニヤリと口角を上げるカミール。
黒ずくめの攻撃をかわし、中二病ポーズをキメると、
「冥界の狭間で荒ぶる邪神よ、汝の吐息で、この世界を暗黒の帳に染め上げるがいいッ!」
カミールは室内のランプに息を吹きかけ、次々と明かりを消していく。
一つ、また一つと消えていき、終いにはなにも見えなくなった。
黒ずくめも二人の位置がわからず困惑しているようだが、迷子たちからも相手の位置がわからない。
「――いまじゃッ!」
しかしカミールの合図を機に、暗闇からもの凄い勢いでなにかが飛んでくる。
弾丸のように頭から突っ込んできたのは迷子だった。
それは黒ずくめの腹にめり込んで、勢いよくその身体を吹っ飛ばす。
弾け飛んだ剣を回収するカミールと、頭をさすりながら起き上がる迷子。
少しフラつきながらビシっと仁王立ちして、
「見ましたか! 必殺『見えざる弾丸(ロスト・クーゲル)』です!」
迷探偵はビシッとセリフを吐く。
実は迷子のサイリウムが切り裂かれたとき、中の液体が飛び散って相手の衣服に付着していた。その明かりを狙って、二人は攻撃を仕掛けたのだ。
この一撃が相当効いたのか、黒ずくめはヨロヨロと立ち上がり警戒する。
剣を取られた今、彼が反撃する術はない。
「――!」
黒ずくめは通路の明かりを目印に室内から飛び出し、そのまま逃走を図った。
迷子たちはすぐさま追いかけ、階段を上る。逃げ足が――早い。なんとか後を追い、そして外に出た次の瞬間、
「わあっ!?」
いきなり誰かとぶつかった。
待ち伏せした犯人かと思ったが、しかし違った。
「っっ? ……ミズ・メイコ?」
「ウェルモンドさん!?」
「なんだ、そんな慌てて」
「誰か来ませんでした!? 黒ずくめの!」
「黒ずくめ?」
そこにいた彼は、なにも見ていないという。黒ずくめは逃げ切ったのか? 教会の室内はがらんとしていて、もはや人の気配は……ない。
「クーッ! 逃げ足の速いヤツめッ!」
地団駄を踏むカミール。悔しい気持ちは残るものの、逃げたものはしょうがないと気持ちを切り替え、すぐさま迷子は警察に連絡を入れた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます