↓第30話 いわかんの真相

「わ、……われは……我は……」


 カミールは力なく首を振って、血に染まった自分の手を見つめた。

 顔面から血を噴き出して動かなくなったビリーと、血を浴びたカミール。


「…………」


 うららがビリーに近寄り、首筋に指先を添える。

 脈がないことを確認し、無言で首を横に振った。

 この現場を見れば、カミールがビリーを殺害したと思うのが自然だろう。


「カミらんッ!」


 だが、迷子はそれを否定するように彼女を抱き締めた。

 いまにも精神崩壊しそうなカミールの意識を、連れ戻そうとするように。

 ぎゅうっと、必死に抱き締めた。


「わ……我は……」


 迷子の体温が、少しずつカミールを現実の世界に引き戻す。

 カミールの耳に、ぼんやり鳴り響いていた周囲の音が、徐々に聞こえてくる。

 濁って震えていた瞳孔が、少しずつ元の色を取り戻そうとしていた。

 執事の二人も寄り添い、主人の頬に手を触れ、呼びかける。


 一方でソルは、現状が呑み込めないといったようだった。

 ヨロヨロとした足取りでビリーのそばに寄り、そっと手を伸ばす。

 呼吸をしていないのを確認して、その場でがっくりと膝を突き、項垂れてしまった。

 アンヘルも言葉をかけることができず、ただその場で立ち尽くした。


「わ、我が来たときにはもう……、我が来たときにはもう……!」


 カミールは訴える。

 ビリーはすでに死んでいたと、そう言うのだ。


「城で絵をみて……そしたらボーっとなって……なんかダンの声が聞こえて……そしたらビリーがいて……!」


 整理できない言葉を、思い出したまま吐き出しているようだった。

 とにかく自分は殺していない。

 そう主張している。


「迷子、とりあえずカミっちを城へ。検視はゆららに任せよう」


 うららの提案に頷きを返すと、迷子はカミールを連れて城に戻り、執事二人はソルに肩を貸して城に運んだ。

 アンヘルは「私が警察に」と端末をかざし、うららに合図する。

 うららはゆららに連絡をとりながら、現場の保存に務めた――


☆       ☆       ☆


 時間が経過した。

 ゆららは警察が来るまえに到着し、ビリーの身体を調べた。

 城に集まったみんなが事情聴取を終えるころには、すっかり外が暗くなっていた。

 現状で死因を特定するのが困難であり、且つカミールの精神状態を考慮して、ひとまず彼女を城で保護することになった。

 食堂に移動し、ネーグルとアルヴァはみんなに飲み物を用意する。


「あ、わたしもいきます」


 迷子は一緒にキッチンに行き、配膳の手伝いをした。

 今夜の料理を仕込む途中だったのだろう。ニンニクや唐辛子などの香辛料が、まな板の上に置かれていた。


「それでは迷子様、こちらをお願いします」


 執事たちが淹れたお茶とティーカップを配膳カートに入れて、迷子は食堂へと運ぶ。

 配られたカップを手に、そこでみんなはひと時の安らぎを得たような表情を浮かべた。

 立ち上る湯気が、わずかでも平静さを保たせてくれる。

 しかしカミールは気分が優れないようで、早々にカップをテーブルに置いた。


「カミらん……」


 見かねた迷子が寄り添い、彼女を部屋まで連れていくことにした――


☆       ☆       ☆


「……」


 部屋に入って、しばらくカミールは無言だった。

 まだ精神が不安定なようだ。

 ……迷子は部屋を見渡す。

 辺りには様々なゲーム機が散乱し、PCの電源はスリープ状態。

 壁には日本のアニメや漫画などの、キャラクターポスターが貼ってあった。

 いつもならそのへんに放り投げているコントローラーを手に取り、カミールのほうからゲームに誘うところ。しかし、今の彼女にそんな気力は、ない。


《コンコンコン――》


 そこへノックの音が響く。

 迷子が扉を開けると、うららがいた。


「よっ、カミっち。食堂から持ってきてやったぜ」


 頭の上に紅茶の入ったティーポットを載せ、右手にカップを載せたお盆、左手にクッキーなどのお菓子が入ったカゴを持っていた。


「相変わらず器用ですね……」


「ディス・イズ・ニンジャ!」


 うららはニッっと八重歯を光らせ、ふかふかの絨毯に座る。

 その場でカップなどを並べた。


「ほら、カミっち」


 カミールは渡されたカップをしばらく見つめる。

 少し口をつけて、それ以降は黙ったままだった。


「メイちゃ~ん? カミちゃ~ん?」


 ドアの向こうから声がする。

 迷子の頼みで検視を終えたゆららが、街から戻ってきた。

 ひとまず部屋に入り、彼女も絨毯に座る。


「どうでした?」と、迷子。


 ゆららは静かにうなずき、話しはじめた。


「大丈夫、カミちゃんはやってないわぁ」


 カミールの視線が、ゆっくりとゆららに向けられる。


「ビリーさんの首筋に注射痕があったのぉ」


「注射ですか?」


「おそらく犯人の仕業ねぇ。角度や位置から推測して、正面から差したみたい」


「抵抗した形跡は?」


「激しく揉み合った感じではないからぁ、よほどの不意打ちか、あるいは――」


「相手が知り合い、ですか?」


「そうねぇ。だからビリーさんは油断していたんじゃないかしらぁ? それに顔面の出血状態や、外部から危害を加えたものじゃないところを見るとぉ、あるものを注入された可能性に行きつくわぁ」


「それって……」


「ブラッディティアーよぉ」


「ちょっとまて、それって感染したヤツを長生きさせるんだろ? おまけに感染した痕跡は残らないんじゃなかったっけ?」と、うららが割り込んでくる。


ゆららは「身体が拒絶反応したのぉ」と、説明をはじめた。


「要は相性ねぇ。身体に合わなければ宿主は死んじゃうのぉ。ちなみに拒絶反応を起こしたウイルスは、しばらく身体の中にとどまるわぁ。涙腺から排出されるまえに、ある程度の検出が可能よぉ」


「マジか……」


「さらに犯行に使われたのは変異種ねぇ。大学のサンプルと一致したから間違いないわぁ。これは宿主の相性と関係なく命を奪うからぁ」


「性質が変わっちまったのか」


「現状を見る限りだと、犯人はウイルスに精通した人物ねぇ。しかも、それを自由に持ち出せる人ぉ」


「よかったな。カミっちは犯人じゃねぇぜ」


 うららはニカッと八重歯を見せると、


「なぁ、一応聞くけど、ビリーっちが自分で注射した可能性はあるのか?」


 と、再びゆららに質問した。


「自殺の線ねぇ。たしかにその分野に精通した人物ではあるけどぉ――」


「その可能性は低いと思います」


 黙考していた迷子が、ここで口を開いた。


「彼はソルさんにメッセージを送っています。大事な話をこれからしようってときに、自殺をする理由が見当たりません」


「なるほどな」


「ビリーさん以外にウイルスの研究をしていた人が、ほかにもいるとすると……」


「エリーザさんとかぁ?」


「いまのところは」


「じゃあ、あいつがやったのか? なんで同期を?」


「それはまだ……せめてビリーさんが、何を言おうとしていたのかがわかればいいんですけど。というか、その内容を知られたくない人物が彼を殺そうとしたのなら?」


「なんだよその内容って?」


「……わかりません」


 ビリーがなにを告白しようとしたのか?

 もしその内容が聞けたのなら、なにかわかったかもしれないのに……。


「ねぇ、メイちゃん?」


「なんです?」


「実はぁ、もう一つ『重要なこと』がわかったんだけどぉ……」


「なんです? 言いにくそうにして」


「それがぁ、検視をしてるときにぃ……」


 ゆららは迷子に耳打ちする。

 注射痕以外に見つけた、身体の違和感を話した。

 それを聞いた迷子は「?!?」となってカミールを見る。


「カミらんもしかして……」


 そして先ほどの内容を耳打ちすると、カミールは虚ろな目のまま、コクンとうなずいた。


「なんで早く言ってくれなかったんですか! もしかして住民のみなさんも?」


 再びカミールはうなずく。

 ゆららが持ってきた情報は、街のみんなも知っているようだ。


「なにコソコソ話してんだよ?」


「いえ、うららんには後日お話しましょう。なんかすごいびっくりしそうなので……」


「はぁ?」


「とにかくいずれわかることです。ビリーさんには申し訳ないことをしました。わたしとしたことが……今は犯人逮捕に集中しましょう」


 そして迷子は思考を切り替えると、


「ん? ちょっと待ってください。そうなると違和感が……」


 なにか引っ掛かるものに気づいたようだ。


「なんかわかったのか?」


「いや、住民の方が知っていたのなら、『彼』はなぜあんなふうに言ったのでしょう……」


「あんなふうってぇ?」


 うららやゆららの言葉が耳に入っていないのか、迷子は独り言をつぶやきながら推理を巡らせる。

 そして顔を上げると、確信をもったような表情でこう告げた。


「ひょっとするとビリーさんが、この事件を紐解くカギになっているかもしれません」

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