↓第23話 スピーディーな捜査
道を走るあいだも、想像は悪いほうへと膨らんだ。
たとえばエリーザが食事に睡眠薬を入れる。ビリーを眠らせたあと、キャリーケースに詰めて運ぶ。あるいはもう、息絶えているのかもしれないが……。
理由はわからないが、そういったことがどんどん頭の中を巡った。
無事でいてほしい。そう願いながら来た道を引き返していると、一本道の向こうに女性のシルエットが揺れた。
重そうにキャリーケースを引く、エリーザだった。
「そこを動かないでくださーいッ!」
迷子たちは駆け寄り、すぐさま彼女の周りを囲む。
エリーザは肩を震わせ、かなり動揺しているようだった。
「なっ、なんですか……?」
「ケースの中身を見せてください!」
「え!? だっ、ダメですよっ……!」
「急を要します。さぁ!」
迷子が強引にフタを開けようとするが、ロックが掛かっている。
エリーザは頑なにケースを開けようとしなかった。
「エリーザさん! 開けてください!」
「いや、だっ……だめです……!」
「どうしてです!? 見せれないものでも入ってるんですか!?」
「あ……も、それは私物が……」
「私物!? 安心してください! はずかしいものが入っていても、わたし口が堅いのでっ!」
「いっ、そんな!? って強引に……は、離してください……っ!」
二人の揉み合いは続く。
それを見ていたうららがぬぅっと横から入り、
「どうしてもっていうんなら、考えがあるぜぇ?」
キラリと光るクナイを見せつけた。
目線の高さで殺気を放つ得物。エリーザは「ひぃぃ……!?」と悲鳴をあげる。
ゆららが「開けてくれるぅ?」と言いながらポンと肩に手を置くと、エリーザは口元をわななかせながらも、渋々ケースの番号を合わせてフタを開けた。
一同はすぐさま中身を確認する――
「こ、これは……!」
が、あまりの光景に、しばらく全員が言葉を失う。
――下着。
色とりどりで大量の下着が、ケースの中いっぱいに入っていた。
むりやり詰めたせいか、山のように膨らんでもとに戻すのが困難な状態だ。
「な、なんです……これ?」
「しっ、下着ですよー! み、見てわからないんですかー……!?」
絶句する迷子に、涙目のエリーザが詰め寄る。
ゆららが「ちょっと多すぎなぁい?」と尋ねると、
「い、いつもこれくらい入れてますからー……っ!」
と、彼女は顔を赤くした。
「おまえ、見た目より派手じゃな」と、カミールにもジト目を向けられている。
「しゅ、趣味のことは、放っておいてー……っ!」
いっそ消えてしまいたい……。そんな羞恥を隠すように、エリーザは顔を両手で覆った。
うららは下着の一つを手にとり、無邪気にいろんな角度から眺めている。
「う~ん……」
下着はともかく、迷子は注意深くケースの中身を観察していた。
幸いというべきか、とりあえずビリーの死体は入っていない。
とはいえ、彼女への不信感が晴れたわけではなかった。
迷子はビリーの部屋で見つけた髪の毛を、ハンカチから取り出す。
「これはエリーザさんのですね? 端的に聞きますが、ビリーさんの部屋でなにをしていたんです?」
「そ、……それは……」
「ビリーさんが行方不明なんです。彼は今どこに?」
「え、行方不明……!?」
問われたエリーザは、下を向いてしばらく口籠る。
すると少し戸惑った様子で顔を上げ、ゆっくりと携帯端末の画面を見せた。
「メ、メールがあったんです……話したいことがあるって」
画面に映し出されたのは、ビリーからのメッセージと住所。
日付を見れば、数日前に発信されていたことがわかる。
直接会って詳しい話しをする趣旨が文面から伺えるが、「くれぐれも他言しないように」と記載されているあたり、ビリーがかなり警戒している様子が窺える。
「家に向かう途中、草原で会いました……。まだ仕事の最中だから、あとで話そうということになって、それで……」
「休憩するタイミングを待って家に来たんですね?」
エリーザは無言で頷く。
「ビリーは深刻そうな顔をしていました。でも、食事をしようと言いだして、なにげない世間話をはじめたんです。特に変わったことのない会話を」
「しばらく部屋にいたんですか?」
「ほんの数十分くらいです。会話を終えたビリーの顔は、少しほっとしていました。「君と話していたら少し楽になった」って。けっきょく用件はわからないまま、わたくしは家を出ました。また明日にでも会うつもりでしたし、話はいつでもできます」
「エリーザさんと別れたあと、ビリーさんはいなくなったということですか」
「あのぅ……ビリーの身になにが? 無事……ですよね?」
「すみません。今のわたくしにはなんとも……。引き続きビリーさんを捜します。エリーザさん、もし連絡がありましたら、わたしにも一報ください」
迷子は携帯端末に連絡先を送信する。
彼女は無言で頷き、迷子たちはこの場を去った。
「…………」
エリーザは立ち尽くし、登録された連絡先を眺める。
「……ミズ・メイコ……」
そして静かに片耳につけたイヤリングを外すと、その場でしゃがんでキャリーケースに手を伸ばした。
「…………」
下着を掻き分けて奥のほうを探ると、イヤリングのセンサーに反応して「カチッ」と音がする。
「……」
隠し底のカギが解除され、そこからあるものが出てきた。
取り出したのは、真っ赤な液体。薬品のサンプル。
透明なアンプルに入れられたのは、ブラッディティアーの研究で生まれた新薬だ。
「時は満ちた……のね……」
透過した光は、滲む血のように、瞳の上で揺れていた――
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