入部届を書こう!

「さっさと終わらなかったあー!」

 疲れ果てた様子で廊下の机に突っ伏す咲良の手には一枚の紙。帰った二人の名前を除いて記入済みの入部届だ。

「まさかこんなにかかるなんて! 入部届なんて名前書いて部活名書いておしまいだと思ったのに」

「設部だと色々あるらしいな」

「いや、だとしても四人同じ紙はおかしくない? 改めて」

「始めの一年は人数が十人未満の場合設部メンバーがやめたら廃部らしいから、そのためだろ。話聞いてたか?」

「うー、分かってるよ、分かってはいる。でも納得できないよ、こんなに時間かけて完成しないなんて」

「仕方ないだろ、こういう決まりなんだから」

 その一言を聞いて、咲良はなぜか目を輝かせた。

「決まりだから仕方ないって本気で思ってる? そういうの嫌じゃない? 合理的な理由を説明されたって、こっちが合理と感情両方満たす案を考えついたら、聞くぐらいしてくれてもいいじゃんって思わない?」

「じゃあ今から言ってこいよ、止めないから」

「うんそうだね、行ってくる!」

「おいほんとに行くのかよ!」

「行くよ! 一緒に行く?」

「いかねえよ!」

「わかった。じゃあ待ってて、話しつけてくる」

「ちょっと待て! 宮村、入部届ちゃんと読んだか?」

 慌てる琉生に咲良は笑顔を向ける。

「あれれー、止めないって言わなかった?」

「まさか行くと思わないだろ!」

「ごめんごめん非常識で。で、入部届なら流し読みだけど、それが何か?」

 適当な咲良に向けて琉生が書類を指差す。

「ほらここ。部員に問題行動が見受けられる場合、少人数の部に限り廃部の可能性もあるって書いてあるだろ」

「へえー、大人数の部は助かるんだ。面白い制度だねー!」

「今そこじゃねえよ。こっちだ。廃部の可能性」

「ほんとだ」

「で、これにサインしたってことは、問題行動に見えるかもしれないことは控えなきゃならないってこと。分かる?」

「うん分かるよ。話それだけ? ならそろそろ職員室行かせてくれないかな?」

 職員室に乗り込んで抗議、あわよくば決まりの撤回を目論むことは問題行動に当たらないと思っているらしい。

「いや、だから」

 と。

「あーだよね、やっぱりそうだよね。ごめん行かないから大丈夫だよ」

 突然咲良は行動をひっくり返した。

「ほんとに行くわけないじゃんって言っちゃだめだよね、さっきまで本気っぽかったもんね私。でもこれ一種のパフォーマンスみたいなもんなんだ。だからこれからは気にしないで。大丈夫、私、常識的な判断くらいはできるから」

「あ、ああ。よかった」

 心底ホッとしたように琉生が椅子に座り直す。

「で? 何パフォーマンスって。誰に対して演技してた?」

「琉生だよ。どこまでバレるかな、どこまでなら許されるかなって実験。どこまで許されるかはまだ継続中だけど」

 ――あとは自分に対してかな。ふざけていられる自分を確立したいっていうのと、私は大丈夫、元気だよって過去の自分に示したいってことで。

 そう心の中で呟いてから琉生の目を見る。

「どうだろう、どこで気付いた?」

「いや気付かねえよ。一昨日ぶっ飛んだことしてたからそういう奴だって先入観があるんだよ」

「じゃあどの時点までなら許せた?」

「珍しいなそれはっきり訊くって。普通空気から察しようとしないか?」

「それで間違えてギスギスしたい?」

「それは嫌だけど」

 それから琉生は少しだけ書類に目を落とした。

「そうだなー」

 そしてふざけた口調で答える。

「あのまま乗り込んでたら百点だったな」

 どうやら許せるとか許せないとかそういう問題では無いらしい。琉生も咲良の空気感に飲まれつつあった。


 ちなみに入部届は翌日の朝一番に残り二人に名前を書いてもらって提出し、無事受理された。そう、前日の咲良の勢いを考えれば、無事と言って差し支えないだろう。

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