こども部の設立を認めます

 職員室の前に着くなり、咲良はドアを強めにノックした。

「失礼します! 一年二組の宮村咲良です! 数学の伊藤先……」

 声がうるさ、いや、大きかったからか、すぐに遮られてしまった。

「はーい、ちょっと待ってくださいね」

 机の方で伊藤が書類を手に取る。そしてハンコやサインを確認するように見返すと、咲良たちの方に歩いてくる。

「こんにちは」

「こんにちはー」

 伊藤のふわっとした空気に、みんな少しだけ和んだ。咲良も例外ではない。しかしそれも一瞬のこと。

「早速だけど、」

 途端に部員候補の四人の間に緊張が走る。

「この届けは受理することになりました」

「つまり……!」

「はい、こども部の設立を認めます。詳細はこちらのプリントに」

「やったあー!!!」

「ちょ、静かに宮村」

「ごめんなさい」

 二人の会話を待ってから伊藤は説明を続ける。

「詳細はこちらのプリントにかいてあるので、読んでおいて下さい。それから、二枚目のプリントは入部届なので、今週中に伊東先生に提出して下さいね」

「自分のこと名前で呼ぶ派なんですか?」

 蒼真が無表情で突っ込んだ。

「まっさかー。音楽の伊東先生のことでしょ!」

 咲良が訂正する。何ならチョップでもしそうな勢いだ。

「そうです。すみません、分かりにくかったですね。じゃあそういうことで、よろしくお願いします」

 伊藤は最後にこれから頑張ってね、と言って席に帰って行った。

 四人もそれを期に外に出た。テンションが上っているからか、忘れずに失礼しましたと言ったのは琉生だけだった。

「よーし、今からプリント完成させよう!」

 廊下の机まで歩いたところでくるっと振り返り、咲良が宣言した。しかし。

「ごめん咲良ちゃん、私今日用事あるんだ」

 心晴が申し訳無さそうに言う。申し訳無い表情の見本のような顔で言う。

「そっか、じゃあしょうがないね〜。また明日!」

 そのまま帰っていく心晴をあっさり見送ってから、咲良は改めて男子二人に向き合った。

「二人は残るよね」

 体全体からさり気なさを百倍にして拡散したような圧を発している。

「俺はいいよ。お前どうする?」

「俺は帰る」

 蒼真は咲良の圧をものともせずに言い捨てた。そして流れるように帰ろうとする。

「ちょっと待てー! 理由は?」

「理由?書類とかダルいから」

「あー確かにだるいよね。じゃ、いいよ帰って! お疲れ様〜」

 蒼真は流れのまま帰っていった。

 咲良はしばらく手を振っていたが、角を曲がって見えなくなった頃にやめて、琉生に向き直った。

「じゃ、始めよっか」

「おい、いいのか?」

「ん? 何が」

「いや、武田帰して良かったのか?」

 注釈。武田は蒼真の苗字だ。なんか強そうな名前だよねーと言ったら「え、そう?」と真顔で聞き返されて咲良が困惑していたのはついさっきのこと。

「ああ、いいんだよ。こども部ってちっちゃい頃みたいな気分で、なるべく責任とか縛りとか少なく過ごせるようにしたいからさ。特に入ってくれた部員にそんなことさせられないよ〜! 私がやる。だから琉生も好きな時に帰っていいからね!」

「お前すげぇな」

「いやいや、損得勘定ができないだけだよ。だからこどもに戻りたい」

 軽く上唇をなめて、咲良は書類を広げる。

「さっさと終わらしちゃお!」

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