2153年ワシントン街

「トト! 早く着替えないと遅れるでしょ」

「ドロシー。迎えが来るまで、まだ時間はあります。そんなに慌てなくても大丈夫です」

「だってタイムスリップの実験よ。しかも初成功するかもしれないのに1分1秒見逃せないわ」

 父バウムの研究所で行われるタイムスリップ実験の見学ができる今日。興奮して眠れずにいたドロシーは、少しでも早く研究所に行きたかった。それなのに、いつもにも増して弟のトトはのんびりしているし、アンドロイドのホビーは穏やかに見守りながらベッドメイキングしているしで、ドロシーのお預け状態が続いていた。

 ホビーはドロシーの最初の記憶から家にいた。地球で見つけたドロイドをドロシーの母ジュディがアンドロイドにまで作り上げたのだ。そう、ドロシーの母も父と同じく開発者だった。両親が研究所に行っている間、ドロシーがトトの面倒をみた。ホビーは見た目は男ながら家事全般をこなして、二人のやる事には極力手を貸さない。それが母の方針だった。そしてそれは、母が亡くなった今も守られていた。

 7年前の。ドロシーが10才の時にジュディは交通事故で亡くなった。そのため2歳だった弟のトトは、今だ母親というものを理解できぬまま、それは姉と同義の存在だった。

 弟トトは甘えたい盛りで我慢を強いられたドロシーにとっては煩わしい存在だった。頭では理解して姉でいようと努めるが、心の何処かで『いなければ』と思ってしまっていることを自覚していた。だから時折、全てを吐き出したくなる。そんな時に、ずっと話を聞いてくれるのがホビーだった。

 ドロシーはホビーが居なければ自身を保てずにいただろうことも理解していた。頭では。


 ここバウム宅がある月の都市ルナシティユグドラシルのワシントン街から、アドバンスエリアのバウム研究所までは電磁自動車ビーグルでそう遠くはなかった。

「お姉ちゃん、お迎えきたよー。まだー」

 トトの身支度を終えて、やっと自分の仕上げに取り掛かったドロシーの耳に、階下から無情な声が届いた。

「おしゃべりしているので、ゆっくりでいいですよドロシー」

 傍に居なくても状況を把握しているホビーが付け加えた言葉で、苛立ちがけたドロシーは落ち着くことができた。

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