第6話 海原の笹舟 1−3

 これは悪目立ちがすぎて困ることこの上ない。クラスメイトの大半が、あたしと怜和がつき合っていたことも、その後短期間で別れたことも、おそらく知っている。

「奈波。ご指名だぞ。行く?」


 あたしたちの関係を知ってか知らずか、すぐに水森くんが引き取った。

 これ……どう断れと?

「うん……」


 駐車場に向かってぞろぞろ歩く男子の一番うしろから、眉間に皺を寄せ、俯きがちに足を運ぶ。あたしの背中に目はついていないはずだけど、腑に落ちない表情で首をひねる男子連中や、隣の子に耳打ちする女子の姿がなぜかちらついた。


 それでも女子がひとりということで、みんながあたしに気を遣ってくれた。実際、料理はそれなりにはするから、火が通りやすい野菜はどれか程度の知識はある。

アウトドア派はテント張りやコンロの準備にまわり、ここにいるのは言ってみればバーベキューに疎い人選だ。みんなから意見を求められ、あたしを重宝してくれる食材選びは、なんだかんだで心地がいい。


 水森くんが相談してくる。

「奈波。次の日も河原でバーベキューなんだよ。前の日の晩飯、豪華にするから、次の日は簡単でいいと思うんだよな。二食分の金はないし。なんか案ある?」

 直送野菜が安いから、ついつい多く買ってしまっている買い物かごの中を覗いた。

「これとか、あまりそうだよ?」


 五十円だったから安さに負けてかごに入れた、外葉いっぱいのキャベツを指差す。

「まあバーベキューでキャベツってな」

「焼きそばの玉買っていって、残り野菜と肉も余ったらそれ使って焼きそばでいいんじゃない? 野菜けっこう買ったもんね。それだったら余分に材料いらないし」

「エコじゃんそれ」


「あ、紅生姜と青のりは買って。やっぱり焼きそばにはそれがないと」

「オーケー」

 あたしの意見が採用され、次の日の昼食は焼きそばに決まった。


 何種類も買ったスイーツはほぼあたしに決定権があったことも嬉しい。人数が少ない分、今まで話したことのない男子ともたくさん喋れて仲良くなれた。

 帰りの車に向かう頃には、みんなの前でも無意識に鼻歌が出てしまうくらいリラックスし、楽しむことができた。結果的に買い出し部隊だったことは、ラッキーだとさえ思える。


 ちなみに誘ってくれた怜和とはほとんど絡まずじまいだった。いったいどういう了見であたしに声をかけたのかは不明のままだ。

 時間の関係で味気なかった昼食を、埋めてあまりあるほどバーベキューは豪華だった。十九人が男子三千円、女子二千円でお金を出し合うと、そう物価の高くない場所では、いいお肉も、普段口にしない魚介もふんだんに買える。

そんなわけで始まったちょっとプレミアムなバーベキュー。腕に覚えのある男女が、あたしのバーベキュー概念を覆すおしゃれな料理を次から次へと作っていく。

 どうやら一般のバーベキューよりも一段ランクの高い調理用具や食器が揃っていたらしいことは、あのログハウスを見ても納得だ。片付けも、運べばログハウスの食洗機が使えるらしい。

 中心になって指示を出しているのは荒川さんと小暮くんだ。お肉や野菜を焼くにしても、ちゃんと串に刺して、コーンの輪切りや、赤、黄のパプリカを使い、彩が見事だ。


 小エビのカクテルだとかキノコのアヒージョだとか、ムール貝まで入った本格パエリアまで、目に麗しい料理たち。

 荒川さんがおしゃれなバーベキューにしたいと、例に挙げた料理の数々を脳内から捻り出し、ムール貝を買っておいて正解だった。そして色の綺麗な野菜を多めに選んだ自分を褒めてあげたい。やっぱり買い出し班にあたしがいてよかった。

 結果、これってバーベキュー料理なの? と訝しむものまである豪華な宴になった。

指揮をした荒川さんと小暮くんはいつもバーベキューでこのレベルの料理を家族で食べているんだろうか。公立高校から私立の大学に入ってから、予期していない場面で経済格差を突きつけられることもたまにある。


「杏果だって料理するじゃん? なんで料理部隊に行かないのさ?」

佳菜子があたしの腕を曲げた肘で二度こづく。

「あたしが作るのは肉じゃがや豚汁みたいな超庶民食じゃない! 豪華なログハウスを見た後、おしゃれな料理の並ぶあのテーブルで、そんなものを披露した日にはみんなドン引きだよ。何よりもあたしがドン引き。この非日常に一番うっとりしてるの、あたしかもしれないもん」

「なるほどねえ」


 みんなまだ二十歳になっていないけど、お酒も飲んで楽しく騒いだ。

 そのあと、女子が使うログハウスの庭のような敷地、四阿(あずまや)のある茂みの前で、花火をし、十時近くにすべての片付けを終えた。


 それから男女分かれて一度自分たちのログハウスに戻り、お風呂に入ってから女子ログハウスの豪華リビングで、飲んだりゲームをしたりしたい人だけで集まることになった。

 岬も佳菜子も他の女子たちも、みんな当然のように下のリビングでまだ遊ぶつもりでいる。


「杏果、行くよね? 牧枝くん来たけど、もう大丈夫そうな感じ?」

 部屋に戻り、三人で交代にシャワーを浴びる。今は佳菜子がお風呂を使っていて、あたしと岬は向かい合ってそれぞれのベッドに腰かけている。キングサイズか! って大きさのベッドが二つある。


 さっき怜和がみんなの前であたしを買い出しに誘うという、奇怪な行動に出たことを、岬や佳菜子だけじゃなく、みんながどう解釈していいのかわからないようだ。でもあたしは、なんとなくわかるような気がしてきていた。

「うん。もう全然大丈夫だよ。やってける。たぶん怜和もそうしたいんだよ。みんなの前であたしを買い出しに誘ったのは『普通にやってこうぜ』って意志表示なんでしょ」


「えー。そうかなあ」

 岬が訝しむ。

「だって買い出しの時、そんなに怜和と話さなかったもん。あたしひとりしか女子がいなかったから、みんな気を遣ってくれて楽しかったよ」

「いや、それは……。へえ、そうなんだ」


「そうだよ。これからまだ三年も大学あるし、こうやって遊びに来ることもあるわけでしょ。接点がもうないならどうでもいいけど、微妙な空気になるのって面倒だしまわりも気をつかうじゃない。そういう意味じゃ怜和に感謝してるかも」

「杏果、すごいね。そこまで割り切れてるんだ?」


「元カレってそういうもんじゃない? え、岬は違うの?」

「そりゃさ、自分が嫌いになってもう無理だぁーって振ったならわかるよ。だけど杏果の場合は違うから」

「だからー。こないだも話したじゃん。あたしの場合は別れてからだんだん冷静になってきて、怜和の価値観やばいよな、って判断できたの。そしたら好きだって気持ちが消えてってくれたんだよ。実際深入りする前で良かったと今は思ってるもん」


「まあ男性優位思考じゃね。人は見かけによらないね。最初は奢った感じもしたけど今はそんなこともないと思うんだけどね。っていうか、杏果に未練――」

「それはない! 怜和はめんどくさいってのが本音なんだよ。だからこの間、ひどい別れ方したことを謝ってくれたの。同じ学部学科でクラスまで同じなんて女とつき合っちゃったこと、後悔してるはずだよ」

「えっ! 謝ったの? ほんとに?」


「うん。怜和としては、これから誰かとつき合うにしても、あたしに男尊女卑だとか変な噂、立てられたくないって計算もあるんじゃない?」

「……ねえ、なんかあったんじゃないの、牧枝くん」

 え……と心臓が一つ飛ばしで脈を打った。

「どういう、意味かな?」


 あたしは手触りのいい大きな枕を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

「どういう意味も何も、その通りの意味だよ。だって杏果から聞いてた牧枝像とあまりに違うじゃない。謝るなんて。しかも別れてから三ヶ月以上も経ってから。なんか価値観が変わるような、大きなことがあったのかもよ」


 親の離婚。即座に浮かぶのはそれだ。でも通念としては衝撃的な親の離婚も、父親に傾倒している怜和には取るに足りない出来事だろう。

 しかし、岬は怜和の雰囲気が変わったことさえ見抜いている。あたしに至っては、その些細な変化を思い過ごしで片付けていたのに、岬に指摘されたことで、そうじゃないのかもしれないと疑い出してしまう始末だ。


 岬も思い過ごし? それとも鋭い子なんだろうか。

「ねえ、杏果。牧枝くんのこともうどうでもいい、どうでもいい、って言うけどさ。じゃあ、さっき買い出しに行った時に、牧枝くんと同じくらいにしか絡まなかった男子って誰?」

「ひぇっ?」


 驚きで前のめりになってしまうような発言だ。

「まあ、よく喋ったり、初めて会話して印象が変わった子なら覚えてるのも頷けるよね。でも、あんまり絡まなかった男子を覚えてる、ってのは、その子を意識してる証拠なんじゃないのかなー、と! 岬は思う」

「岬ぃ、それはさぁ……。だって一応元カレだよ? まだ別れて四ヶ月だもん。そのくらい普通でしょ」


「別れて四ヶ月が即座に出てきたよ」

「それも普通!」

あたしは枕を抱きしめる腕に力を入れた。

「普通っちゃ普通だよね」

「そうだよ」


「でもさ。なら、杏果の場合〝好きの反対は無関心〟まではいってないってことだよね。無関心とは言えないもん、それ」


 あたしは抱きしめた枕に顎を乗せ、唇をひょっとこみたいに尖らせて岬を睨んだ。そんな細かいとこつついて、ここまで虐めなくてもよくない?

「お待たせー。お風呂も自然派豪華なんだけどー。バスタブが猫足―」

 そこで佳菜子がバスルームから髪の毛をタオルドライしながら出てきてくれた。

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