担々ご飯


 急な来客。大学の友人であるカナメが部屋にやってきた。外は大雨。電車が止まり、2人で濡れ鼠になりながらどうにか俺の家に逃げ込んだ。



「悪いな。急に泊めてもらうなんて」


「仕方ないだろ。こんな雨じゃ。とりあえず風呂入れ」



 タオルを押し付けて、風呂に押し込む。濡れたリュックは乾燥機の前に置いて、軽く拭く。俺も着替えを済ませて、多少部屋を整える。風呂の前にあるキッチンにそろりそろりと向かって冷蔵庫を開く。



「何もない」



 思わず言葉を漏らした。慌てて口を手で押さえて、そろりそろりと部屋に戻る。1Kの面倒なところだ。


 髪をタオルバサバサと乾かしながら、今日の夕食を考える。おかずは無くても満足感を得られる食事。



「風呂ありがと」


「いえいえー。タオルは洗濯機に突っ込んどいて」


「分かった」



 洗濯機の前から戻ってきたカナメにドライヤーを投げて、米を炊く用意をする。2人分。カナメはわりと食べる。おかわりとか余裕。



「2合にしよ」



 残りは明日食べれば良い。


 急速炊飯を待ちながら、俺も風呂に。といってもシャワーだけ。寒さに身体を震わせながら部屋に戻ると、我が物顔でテレビのリモコンを弄るカナメ。少し妹の背中に似ていて笑えた。


 髪を乾かし終えて、のんびりしていると米が炊けた。もう19時は過ぎた。


 ケトルでお湯を沸かし始めながら、茶碗よりは大きいスープ皿とどんぶりに米を盛る。



「こんなもん?」


「それくらい」



 カナメは興味深そうに近づいてくる。俺はその手にマヨネーズを握らせる。



「お好みで絞れ」


「了解」



 カナメは2人分の米にブチュリとマヨネーズを載せる。少ない。小さじ1くらいか。



「その3倍は入れて」


「マジか」



 カナメは怪訝な顔でブチュリとマヨネーズを再び絞る。俺は横から辛みそをボン。こちはアイスを食べるような小さいスプーン山盛り1杯くらい。カナメの方は少し多めに。



「カロリーやばそう」


「かもな」



 そこに砂糖を少々。さらに白ごまをパラパラ。面倒で袋を傾けてドバ。やや入れ過ぎた。気にしない。あればあるほど美味しい。



「お好みでコチュジャンでも七味でも入れてくれ」


「一人暮らしの調味料の量じゃないだろ」


「そうでもないだろ」



 俺の冷蔵庫を見たカナメの眉間に皺が寄る。そんなにあるわけじゃない。チューブが5本くらいと缶が3つくらい、あとはまあ、袋入りとか小瓶とか、諸々。普通でしょ。



「ほら、お湯かけるから手を退けて」



 調味料モリモリな米の上にお湯をかける。調味料がお湯に浸からないくらいの量。米の盛り方によるけど、常識的な感じで。



「はい、混ぜる」


「お、おう」



 なんだか引いている様子のカナメ。マヨネーズと味噌がお湯に溶け、油分に白ごまが浮く。コチュジャンを追加したマイルドな担々麺のスープの見た目。カナメの分のようにコチュジャンの赤があると余計にそれっぽい。



「はい、担々ご飯。食べよ」


「マジか。これでこんなになるのかよ」



 カナメは苦笑いを浮かべながら、俺が渡したスプーンを握る。



「いただきます」


「いただきまーす」



 別に来客の感想を待つこともなく、一口。温かい変わり種茶漬けのような感覚。腹が温まるけれど、マヨネーズのおかげでどこかジャンキー。背徳感が強い。



「美味いな」



 そう言いながら、カナメはコチュジャンをドボッと追加。



「辛いの好きすぎだろ」


「たまらん」



 幸せそうに頬張られると、文句は言えない。むしろおかずもない質素な食事を否定しないでくれるだけで有難い。



「今度はなんか、ちゃんと作ってやるよ」


「楽しみにしとく」



 カナメはあっという間に食べ尽くして、ご飯をおかわり。今度はセルフで担々ご飯を作ってガツガツと食べる。



「気に入った?」


「結構良い。茶漬けっぽいのに、刺激強くて良いな、これ」



 カナメの場合は刺激違いな気がするけれど。ガッツリと減らされたコチュジャンを見て苦笑いする。



「お泊り代に、今度コチュジャンやるよ」


「頼む」



 ニヤリと笑ったカナメの食べっぷりを見ながら、俺は空になったスープ皿にスプーンを置く。


 2合の米は綺麗に消え去った。


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