第5話(ルート1)

一人になった台所で、立ち尽くす。やっちゃった。お兄ちゃんを怒らせた。さっきのイライラはどこかに行っていた。

 棚にかけてあるタオルで、床を拭く。叫んだせいか、喉がカサカサして、体が熱い。

「グズ…ッヒグ、」 

 何であんなことしちゃったんだろう。頭の中がぐるぐるする。お兄ちゃん、怒らせちゃった。今までにあんなに大きな声で怒られたことがない。

「きらわれちゃったぁ…」

こんなことなら大人しく寝てればよかった。どんなに怖くても、夢なのだから。お兄ちゃんに嫌われる方が何百倍も怖いのだから。

 

「おにい、ちゃん?」

寝室のところに戻ると、お兄ちゃんはすでに横になっていて。

「ごめ、なさい…わがままいって…」

返事は帰ってこない。もう、寝ちゃったのかな。

 自分の布団に潜る。コーヒーを飲んでもやっぱり体は疲れきっていて、目が閉じようとしている。でも、いくらお兄ちゃんに怒られる方が怖いからといって、この恐怖がなくなるわけではない。

「ッヒ、やっぱりやだぁ、ねたくないぃ、」

「何でそんなに寝たくないんだ?」

「おに、ちゃん?」

寝てたんじゃなかったの?その質問はボロボロ溢れる涙にかき消される。

「さっきは言いすぎたな」

「ぼくも、ごめんなさい…」

布団から出てきたお兄ちゃんは、僕の隣に座る。

「ねるの、怖い?」

「ん…」

「怖い夢?」

「うん…」

「どんな?」

「…おばけ…」

「そっか、お兄ちゃんと一緒に寝たら見ない?」

「この前、みた…今日も、みちゃった…」

「そっか…」

頭をゆっくり撫でられる。お兄ちゃんに触られると、気持ちよくて眠くなっちゃう。慌てて体を起こす。

「あ、嫌だったか?」

「…眠くなるから」

「じゃあ今日は思い切って夜更かしするか」

「…いいの?」

「ああ、リビング行こう。何か飲むか?」

「…ここあ」

「コーヒーじゃないのか?」

ニヤニヤとからかった風に聞いてくるお兄ちゃん。

「もー、ちがう!」

でも、いつものお兄ちゃんで安心する。



「ゆっくり飲めよー」

手渡されたあったかいココア。二人並んでソファに座る。一口飲むと、口の中の苦いコーヒーが消されて、好きな味に置き換わる。

「しかしゆうたがおばけ怖がるなんて珍しいよなぁ」

おんなじ息の匂いをさせたお兄ちゃん。

「何が怖いんだ?見た目?動き?」

「ぜんぶ…みためも、うごきも、じぶんも」

「自分も?」

「ねえおにいちゃん、あのおじさんって、逮捕された?」

「え?あ、ああ」

「そう、だよね。もう、出てこないよね」

会話が途切れて、一気に静かになってしまった。

「おっと、」

落ちかけるマグカップをお兄ちゃんが支える。

「危ないから机の上に置いとくな」

「うん…」

ソファにもたれていると、無意識に目が閉じて。いつの間にか、眠ってしまっていた。



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