わざとじゃないけどおねしょしちゃう少年の話 第1話

「あつい…」

6月、ジメジメとした夏の日。何をするにも空気がまとわりついて、何もする気になれない。

「ご飯できたぞー」

お兄ちゃんの声。重い体をのっそりと上げて、食卓に向かう。

「宿題終わったか?」

「まだ…」

「珍しいな。分からないところでもあったか?」

「そういうわけじゃ無いんだけど…あつくてなんにもする気になれない…」

机の上は冷たくて気持ちいい。頬擦りをすると自然と目が落ちていく。

「こら、お行儀悪いだろ。ほら、早く食べちゃおう」

「はーい」

ちょっとしたおしかりを受けて、お箸を手に取る。

「「いただきます」」

いつものあいさつ。

(あれ…)

お兄ちゃんはいつものようにご飯を食べ始めている。なのに、僕の箸はのろのろとしか動かない。

「どうした?お菓子食べすぎたのか?」

「うん…」

「ダメだろ、ご飯ちゃんと食べないとデカくなれないぞ?」

「ごめんなさい」

「とりあえず食べられるだけ食べろ。残ったら明日食べなさい」

あ、おにいちゃん、ちょっと怒ってる。無理もない。お仕事で疲れた体で作ってくれたご飯を食べないだなんて、失礼だ。

(なんでだろ…今日、お菓子食べたけど…)

 ぶどうゼリーしか食べていないのに。

ご飯、味噌汁、豚の生姜焼き。美味しそうなのに、食べたくない。添え物のきゅうりは全部食べられたけど。

(でも、食べないと…)

この前、夕食前にポテトチップスを食べて怒られたばっかりなのに。なんで食べたなんて言っちゃったんだろ。

 せめてご飯とおみそ汁だけでも。そう思うのに、一向に減ってくれない。

「もういいよユウタ。これは明日。おみそ汁だけ飲んでしまえ。ご飯はおにぎりにしとくから」

「ごめんなさい…」

 いつもより声がちょっと低い。それに、いつもより食器を運ぶ音が大きい。どうしよう、どうしよう…

 なんとかおみそ汁を平らげて、お風呂に入る。それにしても僕、どうしちゃったんだろう。かぜ、じゃない。お熱はないもん。咳も、鼻も出ない。ただ、お腹が空かない。それだけなんだよなぁ…


 お風呂から上がると、僕の残したご飯がおにぎりになっていた。それも僕の大好きなふりかけ付きで。ズキンと胸が痛くなる。

 お兄ちゃんはお風呂に入っている。お腹はあいかわらず空いていないけど、食べないと。今、食べちゃおう。


「え゛っ…」

 おにぎりを食べ終わってちょっと時間が経った時。急に気持ち悪くなって、吐いた。着替えた服が汚いもので汚れる。なんで、なんで…さっきまで何ともなかったのに。頭が真っ白になる。

(どうしよう、このふく、あらって、あ…机、汚れてる…拭かなきゃ…)

 もう気持ち悪さはない。でも、吐いてしまったってことが怖くて、体が動かない。さっき食べたおにぎりが、そのまま出てきてる。こんなの、お兄ちゃんに見せられない。せっかく作ってくれたのに。

「ユウタ?」

戻ってきてしまった。少し濡れた髪から水を垂らしながら。

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