Season1.5
『バレンタインデーに』
「センパイ、これどうぞ。もらってくれたら、嬉しいな」
奇妙な裏声で、両手を突き出すように差し出されたのは、両手に収まるサイズの平たい包み。受け取って開くと、中から現れたのは板チョコだった。
「俺としたことがすっかり忘れちゃっててさー。さっき売店で買ってきた」
だから演出重視で行ってみました。どう?などと言われて一瞬無言になる。
「ちょっと、気持ち悪いなと思いましたけど」
「わぁ正直」
「これはありがたく頂きます。ありがとうございます」
そもそもこれは男女が逆ではなかろうか。そう思いつつこちらは前から準備していた包みを差し出した。
えっ、と小さな声。目も口も丸くされて戸惑う。
「くれるの?俺に?」
「そこまで驚かれる理由が分かりませんが。いつもお世話になっているので」
中途半端に差し出された手に袋をひっかけると、彼はありがとう。と言って笑った。
(2023/02/14)
『桃の節句に』
「桃の節句だからって桃を食べるのは初めてです」
「桃缶だけどね」
私の目の前には、透明の平皿に盛りつけられた桃。
「何というか……器用ですよね」
「センパイ不器用だもんねー」
「余計なお世話です」
普通の櫛切りに切られた桃の横に、薄く切ったかけらをいくつもくっつけて薔薇の花みたいになった桃が添えられている。崩すのがもったいない。というか桃の花じゃないんだ。
「バレンタインデーのリベンジというか、お礼というか」
「お礼は要りませんって言いましたけど」
「だから今日なんだよー。女の子のお祭りだからね」
苦しい言い訳に聞こえないこともないけれど。せっかく用意してもらったんだからありがたく。
いただきます。
(2023/03/03)
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