「センパイ」の私

須堂さくら

Season1

『「センパイ」の私』

 でっかい図体をぎゅうぎゅうに縮めて、寒い寒いと彼が言うから、使ってなかったマフラーを巻いてやった。

「あったかー。ありがと、センパイ」

 赤い頬を緩めた彼がくっついてきて、センパイはあったかいなーいーなーなんて言っている。


 彼は年下の私を、何故か「センパイ」と呼ぶ。

(2023/02/01)


『お礼のコーヒー』

「センパイこれありがとー」

 彼が差し出してきたのは、この間貸したマフラーと、缶コーヒー一本。

「私、コーヒーは飲めないんです」

 マフラーを受け取りながら言うと、彼は大げさに崩れ去った。

「リサーチ不足っ!」

「マフラー洗ってくださったので、それでいいですよ」

「ううん別のにする。何がいい?」

 これは俺が飲む。なんて言いながら彼は私の手を取る。

 彼は私を「センパイ」と呼ぶくせにタメ口だ。

(2023/02/02)


『好きなのはココア』

 自販機でココアを選ぶと、彼は、あ、そっちかと呟いた。

 彼が手に持つコーヒーと見比べると、何となく色味が似ている。「リサーチ」って言っていたのはそういうことか。

「ちょっとストーカーっぽいですよ」

「なっ、ん……そうかもしれない」

 項垂れた彼が、ごめんねセンパイと囁いた。

 別に怒ってるわけでもないからいいですよ。でも次からは直接聞いてください。

(2023/02/03)


『猫舌ですか』

 タブを開けて一口。ココアの甘さが口の中に広がって、何だかほっとした。

 同じ動きをした彼が、あちちと呟く。私のよりぬるくなってるはずなのに。

「猫舌ですか?」

「うん結構。センパイは、熱いの平気?」

「むしろ好きです」

 彼がいーなー。と口をとがらせる。

 でっかい図体してるくせに、彼は何だか時々可愛い。

(2023/02/04)


『しゃぼん玉飛ばそ』

「センパイ、これやろー」

 彼の大きな手の中にあるのは、しゃぼん玉のセット。棒の先に液をつけて反対側から吹く、多分スタンダードな奴だ。

「棒が一個しかないですね」

「えっ、あっ、ホントだ!」

 もう一個買ってくる!と背を向けかけた彼を引き留める。

 確か手作りできたはずですよ。それ。

(2023/02/05)


『しゃぼん玉飛んだ』

 丁度持っていたストローを切って、しゃぼん玉の吹き棒を作っていく。インターネットは偉大だ。なんて彼が呟く。

「センパイは意外と不器用だ」

「吹けたら一緒だからいいんです」

 載っていた写真より少し歪んだ吹き棒は、それでもちゃんときれいなしゃぼん玉を作った。

 外に出て、二人並んで棒に息を吹き込む。

 ふわふわ浮いたしゃぼん玉は、木漏れ日にキラキラ輝いてきれいだった。

(2023/02/06)


『りんご』

「センパイ、リンゴ食べるー?好き?」

 そんなことを言う彼の手にはリンゴが一個。と果物ナイフ。

「何故急にリンゴなんですか。好きですけど」

「沢山もらうから食べきれないんだよね」

 答えになっているのかいないのか分からないようなことを言いながら、彼はさくさくリンゴを切って、はい。と私に差し出してくれた。ウサギの形になっているリンゴを。

 彼は私をセンパイと呼ぶ割に、時々子ども扱いする。

「オンナノコ扱いのつもりなんだけどなー」

 訂正。女の子扱いだったらしい。

(2023/02/07)


『雪が降る』

「センパイ!雪だよー!」

 彼の言葉通り、窓の外には白いものがちらついている。

「積もるかな?」

「さぁ、どうでしょうか。私は積もらない方が助かります」

「えー、何で」

「冷たいじゃないですか」

「積もったら雪だるま作ろうね」

「私の話聞いてます?」

 彼のわくわくした横顔に、まぁ、雪だるまを作る彼を見守るくらいのことはしてやってもいいかと思って、私も雪に視線を移した。

 降雪のめったにないこの場所で、暖かい場所から見る雪は、何となく、きれいだった。

(2023/02/08)


『雪だるま』

 私の隣で、図体のでっかい男がぴょんぴょん跳ねている。目の前はうっすら積もった雪景色。

「積もったねー。センパイ!」

 わくわくを隠さない声に笑ってしまう。Go!とか言ったら走り出しそうだ。

 当然そんなことはしないから、そっと踏み出した足はさくりと雪に沈んで、持ち上げた後には地面が見える。

「うーん、作れるかなー。雪だるま」

「ギリギリでしょうね」

 普段雪の降らないこの場所で、作った小さな雪だるまは泥が混じって茶色くなってしまっていたけど、作った本人が満足そうに笑っていたから、まぁ、いいか。

(2023/02/09)


『「センパイ」じゃない私』

「よくよく考えたら」

「んー?」

「私、あなたの名前を知りません」

「えっ。俺、黒岩。……って呼んでなかったっけ?」

「そっちは知ってます。下の名前」

「あーそっち。桐」

「桐さん」

「うん。え、何かすごい恥ずかしいんだけど」

「私は三輪琴です」

「えーとうん、知ってる」

「たまには名前を呼んでみませんか」

「え。えーと、えー。琴さん」

「はい。今後とも、どうぞよろしくお願いします。桐さん」

「……うん、よろしく」

(2023/02/10)

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