第4話 悪役令嬢展開が見えない

「お前……、どこまで歩き回るんだ。というか町にこんなにマイルストーンがあるとは」

「そりゃあマイルストーンの位置を覚えていなかったら走れませんので。だから全暗記は基本なんですね」

「盲人が走るなよ……」


 結局シュランの町を引き回されたタリシュカは疲労困憊ひろうこんぱいの体である。鎧を着て馬に揺られるというのはけっこうな重労働なのだ。

 のんびり歩ける馬と、異常な体力のブライは元気いっぱいで、その不公平さが余計に体力を奪う。

 

 この少年はやはりおかしかった。タリシュカは生まれた時からシュランの街で暮らしている。わりとお転婆だった彼女は、探検と称して色々な場所に潜り込んでいたものだ。

 そのタリシュカでさえ見たことのない一里塚マイルストーンを平然と見つけ出すのだ。

 全てのマイルストーンの位置を暗記しているというのも、この街に限って言えば恐らく本当だ。放棄された下水道の跡地など、一歩一歩確かめるように調べない限り見つけられはしない。


(しかしまた、なぜマイルストーンを?目印としていいのは分かるが……)


 目印になりそうな大岩などなら、もっと大きなものがいくらでもある。タリシュカにしてみれば、マイルストーンは古代からある遺物に過ぎない。何に使うかも知れない、立方体の石である。

 街作りでは邪魔ものでしかない。何故か破壊することも、動かすことさえできない不可思議な石なのだ。

 そのことから、かつて地に恩寵が満ちていたころには何らかの触媒であったのではないかとも言われる。

 しかし恩寵を用いたわざなど、もはや語り伝えるものさえいない。神性と何が違うのかも分からない。ゆえに現在の”外縁”の民にとっては、変な石という他ないのである。


 一方ブライからすれば、”一里塚マイルストーン”はセーブポイントだ。ステータスの変更やファストトラベルを行う、旅の起点でもある。

 普通のプレイヤーにとっても最重要の施設だが、目隠しRTA走者にとってその重さは段違いである。

 どんな名人であろうと完璧ではない。RTAを走っていれば、事故は必ず起きる。目隠しではその確率はさらに高く、知らぬ内に詰みに陥っていることも多い。ゆえにセーブは必須なのだが、一秒を争うRTAではセーブの時間でさえ重荷となる。 

 安定を取るか、運と実力を信じて疾走するか。その判断でも走者の資質が問われる。


(マイルストーンの位置が変わってないのはマジで助かった。ただ障害物があるのがな……。誰もいない荒野とかのが安全かも……)


 RTAでつちかった莫大な情報がなければ、一寸先も見えないのが現状である。下手すると馬車とかに轢かれて死ぬ。


(ダンジョンでたまにいたな。チャリオット。現実で轢殺は勘弁してほしいぜ。転生した後でトラックはルールで禁止だろ)


「ほら、もう城に行くぞ。客人として歓迎してやるから」

「ああ、そうですね。すみません」


 タリシュカの声に疲れがにじむ。よく考えれば盗賊と戦って、逃げ出したものを追跡したうえでブライに付き合っているのだ。ぶっ倒れないだけ大したものである。

 ブライも素直に従い、二人は町の中心にある城へと向かう。

 

 シュランの城、アルハズラッド城は、ゲームの中では巨大なダンジョンだった。モンスターの巣となった城内は、所々で崩れているのもあって複雑怪奇。物陰からは”混ざりもの”が飛び出してくる地獄のアトラクションである。目隠し状態で一瞬でも反応が遅れれば、自分がどこにいるかも分からないままボコボコにされたものだ。

 しかし今や、匠の手で大胆にリフォームされたようだった。瓦礫で通れなくなっていたはずの道は真っすぐに、抜け道の類は塞がれている。

 とはいえ同じ城であるからには、間取り自体は大きく変えられない。ブライは記憶にあるマップから、崩壊していないアルハズラッド城の姿を再構成する。


「んーと、この道順なら、ボス部屋に向かっている感じですね。無駄のないルート。俺でなきゃ見逃しちゃうね」

「大広間に向かっているんだ。ルートも何も道なりだぞ。見逃すってなんだ見えないだろお前」

「的確な突っ込み。実況の才能がありますね。誇らしくないの?」

「なんかおかしいぞお前。謁見の時は黙ってろよ」


 タリシュカはちょっと引いていた。ブライの方は頭を最大限に回転させている上に、視界がゼロなのも相まってトリップに近い状態になっている。RTAの実況脳になっていた。

 周りが漆黒の状況というのは、現代人にとってはほぼありえない。それがずっと続いているのに、まともに振る舞えと言うほうが無理がある。

 そして追い詰められた時に出る本性は、ブライにおいては走者のものだった。


「大広間、謁見の間ですね。初見で入るのは初めてです。見えないけど。ここは入ったところでタリシュカさんの影に隠れましょう。レディーファースト」

「すごいブツブツ言ってる……まあ私の後ろにいるのはいいが」


 ブライは気配を殺しながらタリシュカの斜め後ろを歩く。礼儀の上でも悪くない行動なので、タリシュカは好きにさせることにした。

 大広間への扉は閉じられておりその前で衛兵が待機している。その奥にはかなりの人数がいる気配がした。


「先客がいるのか?」


 タリシュカは衛兵に尋ねる。普段この時間は大広間は使われず、扉は開け放されている。それが口を閉じているということは、急な来客があったということだ。それも高貴な賓客ひんきゃくが。


「はい。王太子様が」

「アルドル様が?」


 ずいぶん早いと、タリシュカの中に疑念が渦巻く。

 王太子アルドルは彼女の婚約者だった。

 なので会いに来るのは異常とまではいえなかったが、そろそろ結婚という時にやってくるのもおかしな話だ。顔合わせは十分やっていたし、あとは結婚式で好きなだけ顔を突き合わせればいい。


「なんでも急用とかで……。シュラン公はまだお戻りになられていませんし……」


 衛兵も困惑しているようだった。主が遠征中では断れるはずもない。

 大きな戦もない昨今、盗賊退治は手柄を上げる重要な機会だった。そのため重臣たちもだいたい出払っている。ある種の平和ボケだが、枯渇戦争


「タリシュカ・アメリトス、賊の討伐を終え、ただいま戻りました!」


 大広間への扉がゆっくりと開く。その重厚でもったいぶった音はゲームとそっくりで、ブライの心をいくらか慰めた。


「ここでプロロ」


 ブライのつぶやいた謎の呪文を無視して、タリシュカは広場の中央を見る。王太子アルドルはなぜか鎧を着て立っていた。礼儀以前の問題だ。守兵たちも不動の立ち姿の中に困惑を隠しきれない。

 だが無礼をとがめるべき城の主は留守である。兵士はもちろん、タリシュカも王子に面と向かって文句は言えない。


 なので当たり障りのないあいさつを交わすことになる。


「婚約者殿。来てくれたのはは嬉しいが、もう少し相談してくれてもいいのではないか?」

「タリシュカ・アメリトス!貴様との婚約は破棄する!」

「はあ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゲーム世界に盲目で転生してしまったが目隠しRTA走者なのでギリギリ大丈夫 @aiba_todome

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画