第14話: 牙を剥く焔

――夢幻島。南方の峡谷地帯。


深い霧の中、静寂が支配する岩場を、焔木海人は歩いていた。

手には、自身の魂から生まれた真紅の刃――奪焔神刀(だえんしんとう)が握られている。


「……さて。魔獣でもなんでもいい。相手になりそうなのは――」


そのとき、霧の奥から不気味な唸り声が聞こえた。


「……来たな」


霧を割って姿を現したのは、双角岩獣(そうかくがんじゅう)と呼ばれる島でも上位に位置する魔獣だった。体高は4メートルを超え、両肩に岩のような角を生やした獣型の異形。


通常の刀など、一太刀では傷もつかない。


だが――


「試してみるか……この刀の力を」


魔獣は咆哮を上げて突進してきた。

地を割るような勢いに、普通の人間なら意識を失うほどの圧だ。

海人は一歩も退かず、ゆっくりと構えを取った。


「来い……俺の餌になれ」


――ズバァァッ!


一瞬。


まるで炎そのものを斬撃に変えたかのような、灼熱の一閃が走る。

魔獣の巨体が、止まった。


だが、次の瞬間――


ドォン!!!


岩獣の胴体が中心から灼け、真っ赤な炎と共に内側から崩れ落ちた。


「……効いたか」


その瞬間、海人の胸に、ある感覚が流れ込んだ。


――力が、満ちる。


体中を流れる氣が、さっきまでより遥かに濃く、重く、鋭くなっていた。


「……氣が……増えてる?」


ゼロの声が後方から飛ぶ。


「マスター……今の一撃、ただの斬撃ではありません。

奪焔神刀の能力が発動しています」


「能力……?」


「はい。解析中……確認。

斬った対象から“氣”を吸収・転化し、自身の力に変える能力です」


「……氣を、奪う……」


理解した。

この刀の本質は、“切る”ことではなく、“奪う”こと。

奪った氣は、自身の活力となり、あるいは次の斬撃の燃料となる。


「……いい力じゃないか」


さらに霧の中から、次の敵の気配が現れた。

群れだ。小型魔獣――数は十以上。


「よし。いい機会だ。試させてもらうぞ――!」


海人は刀を肩に担ぎ、唇を吊り上げた。


「まとめて、喰らい尽くしてやるよ」


彼の氣が再び高まり、刀に炎が巻きつく。

海人が踏み込んだ瞬間、大地が赤く染まった。

彼の周囲数メートルが、灼熱の氣場に包まれ、踏み入れた魔獣が次々と燃え上がっていく。


悲鳴。爆音。焦げる獣肉の匂い。


すべてが静まったとき、炎の中心に、刀を収めた海人の姿があった。


「……これが、俺の力」


荒れ狂っていた氣は、今や己の意志で操れる“炎”へと変わっていた。


「ゼロ」


「はい、マスター」


「この力があれば、俺はもう、誰にも奪われない。……全部、取り返してみせる。いや奪いつくす!」


焔木海人――かつての無力な囚人は、いまや力を奪う刃として、

夢幻島にその名を刻み始めていた。


そして、その報は、静かに焔木本家へと届こうとしていた。


――焔木本家・中枢結界塔。


「……報告いたします。夢幻島南域にて、強大な氣の爆発反応を検出」


張り詰めた空気の中、術監視部門の者が静かに頭を垂れる。

結界板に記録された揺らぎは、今までに見たこともない規模だった。

それは明らかに、自然現象ではなかった。


「数値を……読み上げよ」


結界塔を預かる長老が厳しく問う。


「はっ。火属性反応、特異拡張型。

該当箇所、夢幻島南峡谷……確認された氣の波形は、“心氣顕現による斬撃属性”と推定されます」


「……心氣だと?一体何が起きているんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る