第7話:焔の檻、その奥へ

――夢を見ていた。


重たい闇の底で、焔木海人は過去を漂っていた。


まだ一族の中にいた頃。子どもだった自分は、生まれながらに“異常なほどの氣”を内に宿していた。

だがその力は、祝福ではなく“呪い”として扱われた。


わずかな感情の揺らぎが氣の波を乱し、術を試せば場が荒れた。

初歩の技すら許されず、ただ“制御不能な爆弾”として避けられ、恐れられた。


父――焔木厳山(ほむらぎ げんざん)は、黙して厳しい人だった。

まだ幼い自分に、常人の何倍もの稽古を課した。


(お前は、努力で克服しろ)


そう言われるたびに、血を吐くような思いで修練を続けた。

誰よりも木刀を振り、誰よりも術の書に向かい、夜が明けるまで氣をねじ込む日々。


それでも、皆が当たり前のようにできる「術の型」すら、いつまで経っても形にならなかった。


(努力ではどうにもならない壁があることを、あの時初めて知った)


修行場の隅で、一人黙々と鍛錬を続ける自分に、蔑みの視線が突き刺さった。


「またやってるよ、あいつ」


「いい加減、自分が無能だって気づかないのかな」


「でもあの氣、気持ち悪いよね。何かされそうで近寄りたくない」


冷たい笑い声。小声の噂話。時には石を投げられたことさえあった。


(それでも俺は……捨てられたくなかったんだ)


いつか認められると信じていた。

父に、一族に、自分の居場所があると。


だが、それは――遠い夢だった。


「お前は幽閉されることが決まった。……以上だ」


父がそう言い放った日のことを、今でも覚えている。

言葉は短く、感情のない声だった。

もう自分に興味がない――そう言われた気がした。


「……そうかい。あんたも俺の味方にはならないんだな」


そう呟いた声に、返事はなかった。

そのまま、ただ背中だけが去っていった。


努力が、すべて無価値に思えた。

誰も必要としてくれない――そう信じ込んでしまうには、十分すぎる現実だった。


幽閉の日。

全身を縄で縛られ、力を封じる術符をびっしりと貼られ、社へ向かった。

人々の視線は、憎しみに染まっていた。


「無能が出しゃばるから……」


「疫病神め……!」


「死んで償え!!」


石が飛び、罵声が浴びせられた。

後ろに、瑞穂と刹那の姿が見えた。

目が合った――と、思った。けれど、瑞穂はそっと視線を逸らした。


その一瞬で、何かが音もなく崩れた。

怒りだけが残った。

社に入った初日、海人は木の幹を何度も殴り続けた。


(いつか見返してやる……)


そう心に決めながらも、胸の奥ではすでに、自分の価値を信じられなくなっていた。


「……そんなことも、あったっけな」


どこか乾いたように呟いて、海人はゆっくりと目を開いた。


天井。木造の屋根。

草の匂いと薬草の香りが鼻をかすめる。


(……手当されてる?)


身体に巻かれた包帯が、傷の痛みを柔らかく封じていた。


「ここは……どこだ?」


「やっと目が覚めたか、坊主」


上から聞こえたのは、落ち着いた、渋い声だった。


「ずっと涙を流しておったぞ。嫌な夢でも見てたか?」


視線を巡らせると、焚き火のそばに老人が腰掛けていた。

白髪を後ろで結い、風に晒された顔には年輪と知恵の深さが刻まれている。


「……誰だ、あんた」


「儂は焔木桐生(ほむらぎ きりゅう)。もっとも、今はただの“焔木家の追放者”さ。かっかっか」


「追放……? ここには、あんたみたいなのが他にも?」


「いやいや、儂がここに来て二十年になるが、人間には一人も会っておらんよ。

だが……あの爆発を見て、つい久しぶりに“人間”を感じたもんでな。拾いにきたってわけだ」


「……二十年?」


あまりに長すぎる年月に、海人は思わず聞き返した。


(この島で、それほどの間、生き続けたのか……?)


「住めば都ってやつさ。ここは戦う相手にも困らんし、退屈はせん。戻る道もあるが……まぁ、儂はここが性に合っとるのよ」


「変人だな……」


「その変人に助けられた坊主が、礼の一つも言わんとは。名は?」


「……焔木海人(ほむらぎ かいと)」


「やはり、同じ一族か。あの爆発――見事だったぞ。お前の中には、とんでもない氣があるな」


海人は顔をしかめて、視線を逸らした。


「……大きいだけで、使いこなせない力だよ。使った本人が死にかけるようなね」


それは、誰よりも自分が一番知っていることだった。

だが、桐生は笑って言った。


「だったら、その力の使い方、教えてやろうか?」


「……は?」


「焔木の奥義だ。儂が長年かけて鍛え上げた術――“心氣顕現(しんきけんげん)”。

これをものにすれば、お前の焔は、お前自身の剣にもなる」


海人は黙って、その目を見つめた。

その瞬間、焔の奥底で、失われたはずの“火種”が、小さく灯った気がした。

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