an encounter with scarlet④

 あぁ……融けていく……。自分の体が粒子となって、この暗闇と一体になっていく。


――ねぇ、起きなくていいの?

「無理だ……力が入らない……」

――なんで……?

「俺はもう死んでいるんだ……」

――本当に?

「誰だ? 誰の声なんだ……」

――【色彩は一にあらず、幾千の調べからなっている】、君は知っているだろ? この言葉のを……

「何の……ことだ……?」


 いや……俺はこの言葉を知っている……? 

 胸がざわつく……。まるで心の臓を締め付けられているようだ……。

 な、なんだ……!? この感覚……。


――ふふ……いずれ思い出すさ、君が失ってしまったものと一緒にね……。


「はっ……!」


 血生臭い匂いが鼻につく……。

 気がついて、最初に抱いた感想はこれだった。

 あれはなんだったのだろうか……?

 先ほど見た夢のような何か……アーロは自身の頭の中でその疑問を考える。


『――色彩は一にあらず、幾千の調べからなっている』


 何故……オレはあの言葉に……。

 しかし思い出そうとしても思い出せない。しかし、とても大切なことのような気がしてならない。そう、とても大事な……何か……。忘れてはならない何か。

 そんなような気がしていた。

 そうだ、それより状況は……!?


「て……あれ……?」


 体から痛みが感じられない。というより何故自分が生きているのか不思議に感じる。

 あの時、棘は確かに彼の心臓を貫いたはずだった。だがこうして意識がはっきりしている。それどころか体が軽い……。

 この信じ難い状況にアーロの首は傾いた。

 しかしそんな中、マークの歪んだ笑い声が聞こえてくる――

 

「ソウカ……あなた、宿しテもっていマスネ、【原色の魔石プライマリア】ヲ!」


 原色の魔石……? 

 突然出た『原色の魔石』という聞き慣れないワードに疑問が浮かぶ。しかしもう一つ気になるものが彼の中にはあった。

 ヴェルメリアが手にしているもの。あの二又に分かれている紅い刃に何故か既視感を覚える……。

 

「うぅっ……!?」


 その時、頭痛がすると奥からイメージが流れ込んでくる……。

 な……んだ……!?

 ヴェルメリアに重なった謎のノイズ……、そして微笑んだ口元……。それが見えた瞬間、頭の中が混乱し、顔を抑える。

 だ、誰だ!? 今、彼女が……。

 だがノイズは消えていき、視界は元の現実世界に戻される。

 そんな中、マークの顔がニヤつく――


「ククッ、ちから……ソレが目ノ前に……」

 

 手を顔に当て、自らの狂気を抑えられない様子でいた。その雰囲気は獲物を前に気を高ぶらせる、捕食者のそれだった……。


「ますます、アナタをイタダクのが楽シみになリマしたヨ……!」

「ねぇ、なんであんたが勝つことになってるの?」

「ククッ、、当たり前のことじゃないですカ」 

「ふぅーん、だけど――」


 この瞬間、ヴェルメリアはザッと前足を後ろに下げると体をねじる。するとそれに連動して、剣がこうを描くように振り下ろされる――


「何度も同じ手に引っかかると思わないで!」

「え……!?」


 突如、背後から聞こえた声に困惑し、アーロはゆっくりと振り返った……。

 そこには剣を振り下ろした彼女の姿があり、触手が切断された状態になっていた。

 このあまりにも理解しがたい光景に彼の頭は追いつかなかった……。


「さっきまで遠い位置にいたはずだよな……? それがなんで急に……」


 一瞬で起きた出来事について整理しようとするが、逆に疑問が増すばかりだった……。しかし一瞬、彼女と目が合う……。


「おにぃさん……、良かった……」

「……」

「おにぃさん……? お~い」


 しかし手を振ってもあまり反応がなく、ヴェルメリアは首を傾ける。

しかししばらくして、アーロは舞台の方へ指を指す――  


「ヴェルメリア……さっきまであそこにいたよな?」

「うん、そ~だねぇ」

「どうなってるんだ?」

「どうって言われてもなぁ……アタシはただをたどっただけだからなぁ……」

「いやいやいや! だからっておかしいって! だっていきなり……」

「う~ん、いっせーのでジャンプっ!! 的な?」


 うわっ……適当……

 彼女のなんとも言えない発言に呆れてしまう。

 そんな様子を遠目から見ていたマークは広角を少し上げる。


「なルほど……それが原色ノ力ですカ……。では――」


 するとパチンッ!! と指が鳴ると会場全体が揺れ、地響きが上がりだす――


「な、なんだ……!?」


 その揺れは彼らの体のバランスを崩すほどではなかった。

 しかし、何か得体の知れない恐ろしさを秘めており、2人に緊張を走らせる……。

 しばらくしてメキッ!! と足元にひずみが生じた瞬間――

 ズドォォォォォォ!!!

 それは吹き出す。

 出てきたのは先ほどとは比べものにならないほどの分厚くて大きな触手だった。それが天に向かって、強く突き出していき、そこら一帯は塵が舞う……。


「クク……」


 『仕留めた……』そう思わんばかりのにやけ顔がマークから出てくる。

 しかし塵の中からボンッ! と何かが外へ飛び出してくる。それは回転しながら旋回してくる――


「コ、コレはッ!!?」


 この瞬間、その正体が目に映ったとき、彼の目は大きく見開いた。それは彼女の手にしていた刃だった。それがブーメランのように回転して空中を駆ける。

 さらにそこへカチャッ! とそれをキャッチする手が現れ、驚いたような表情を浮かべる――

 

「な、何ッ!?」


 なんと目の前にはヴェルメリアの姿があり刃を振り下ろす。


「ばッ、バカな……!!? あれを喰らってなぜ……」


 その時、信じがたい光景を目にする……。

 なんと触手が見事にバラバラに斬り伏せられていたのだ。

 それを見た瞬間、マークの口は開きかける。それと同時に彼の目の前には紅く光る刃があり、次の瞬間――胴は真っ二つに斬り裂く。


「うッ……!! ククッ、しカし残念でスね……。コノ程度――」


 そう言うと傷口を再生させようとする。

 だか突然、傷がパックリと開くと裂け、表出した肉が蝋のようにただれだす……。


「なッ、なぜ傷が……!?」


 もう一度、試してみるが結果は変わらない……。

 そればかりか、むしろ逆に余計にドロドロと肉が融解し崩れ、床に広がっていく……。 


「”おォ、”ぉォッ!!! カっ、体が”ぐッ! 崩レ、”で、イク……!!」


 体が崩壊していく最中、性懲りも無くマークは何度も再生を試みる。

 だが傷はふさがらず、悪化は徐々に加速していく……。


「無駄よ……」


 すると哀れみの表情でヴェルメリアはそう口にする……。


「既にあんたのコアを斬った……だからもう終わりよ……」


 そう告げられた一言に彼の目はギョッ! となり、青ざめる。

 すると次の瞬間、その顔が激しく歪んでいく――


「おォオぉォおォぉぉ!! おッ!! おノれェェェッ!!!」


 会場全体にその怒号が響き渡る……。しかし、静寂しかないこの場においてそれは虚しさしかなく、ただただ惨めでしかなかった……。


「ワッ!! 私……オッ! 俺が……こんな小娘ナンゾニに……。アンナ……タダノ……ショクリョウナンゾニィィィィィ!!!」


 だがそんな激しい怒りは彼の体を膨張させる……。

 その増幅する肉塊は崩壊さえ抑え、表面に奇妙な紋様を浮かび上がらせる。


「あっ、あんた、何を……!!?」

「フははハハハッ!! 俺ハ死ナんッ!! オマエヲ喰ウマデハッ!!!」


 そう執念のこもった言い草を放ち、体表からは血しぶきを噴出させる。

 すると中から無数の細い管が生え、会場の至る所に転がる死体をどんどんと中に取り込んでいく――


「おい……なんだよアレ……」


 その姿を見た瞬間、アーロは驚愕すると額から冷や汗が流れる……。

 それは人と言うにはあまりにもかけ離れていた。肥大した両腕と蜘蛛の足のように発達した四肢。さらには背中から伸びた無数の細い管……その姿はとてもおぞましく醜悪だった……。


「……」


 そんな姿を前にヴェルメリアの顔はグッと引き締まり、構えると走り込んで斬りかかる。


 「……えっ!?」


 しかし、刃が通らない。それどころか肉の弾力で押し返えされる。彼女の腕は思いきって上がり、体がのけぞってしまう。

 けれど足を前に出して、再び剣を振り下ろしていく。

 ところがその軌道がはずれてしまう――


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 するとヴェルメリアは苦しい表情で胸を押さえると、膝を床につける……。

 その様子は明らかにおかしく、まるで病で苦しんでいるような様子であった。

 そこへその隙を突かんと管が襲いかかり、彼女を捕える。


「ククク……捕エタゾッ!」


 ギュゥゥゥゥゥ!!! 

 絡みついた管が彼女の肌に直に食い込んでいく。だがその力はまだまだ強くなっているとグゥゥ!! と鈍い音を立てて、彼女の体を締め上げる――


「”アァ、”ァァッ……!!!」 


 そのあまりの圧迫感に喘ぐ声が上がり、マークはそそられるような表情を見せる……。


「イイ声ダナァッ!! イイゾ! モット、出セッ!!」


 そんな歪んだ声とともに彼女の肌は血に染まっていく。

 そして、手にしていた刃が床に落ちる音が鳴り響く。

 ――ドクッ!!

 この瞬間、アーロの体の中で炎が燃え上がるような感覚が急速に広がっていき、激情となって声へと変換されていく――


「ヴェルメリアァァァァァ!!!」


 不思議だった……今日知り合ったばかりの子にここまで感情が湧き上がるなんて……。

 けれど彼女のもだえる姿が目に映るたびに後悔の念と怒りの憎悪が心の底から湧き、自身の体を動かす……。


「来ないでっ!!!」


 しかし、彼女の一言に足は止まる。


「な、なんでだ!!?」

「おにぃさんが……”ア、”グゥ……死んじゃったらアタシは……」

「な、何を言ってるんだ!! 君が苦しんでいるのをこれ以上……」


そうだ……自分がそんな状況なのに『来るな』なんて……


「お願いだから……ね」

「残飯ガッ! コイツヲイタダク前二先二オ前カラ喰ッテヤルッ!」

「やめてっ! アタシを……喰うんでしょっ!?」


 その時、彼女を圧迫する力が強まる……。


「アァァァッ!!!」

「メインハ、黙ッテロ……」

「やッ、やめろぉぉぉっ!!」


 この瞬間、彼の足は再び動く。

 しかしそこへ管が足に襲い掛かる。体はガクッとよろけ、体勢が崩れる。

 さらにそこへ間髪入れずにもう一発……今度は腹部へと直撃する――


「”ア、”ァ……!!」


 膝が付き、硬直した表情が前に出る……。


「ククク……サテ、ソロソロイタダクカ……」


 そんな彼を見て、マークは大きな腕をゆっくりと伸ばす……。

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