第七話
ようやく騒ぎが落ち着き、みんなが普段通りの暮らしを始めた頃にそれは起きました。
ホワイトハウス。その大統領執務室の壁一面に黒いシールが貼られたのです。大変な騒ぎになりました。アメリカで最も厳重な警備がくぐり抜けられてしまったのです。国防に関わる大問題です。なんとしても犯人を突き止めなければなりません。その容疑はまっさきに日本へと向けられました。なぜなら、そのシールには白い大きな文字でこう書かれてたからです。
"佐藤"
"田中"
"鈴木"
"山田"
いずれも日本人の名前でしたから、当然、疑いの目は日本へと向けられました。
みんなは言いました。自分たちはやっていない。誰かが我々を陥れようとしている。動機も証拠もないのに責めるなんてどうかしていると。そう言いながら、みんな頭のどこかに大平和 幸福之助のことを思い浮かべていました。他者から責められて初めて幸福之助は被害者だったと気付く者もあれば、逆に幸福之助が自分から目を逸らさせるためにみんなに罪を着せようとしていると訴える者もありました。
※ ※ ※
それから一週間のうちに、この怪現象は形を変えて世界中に拡がっていきました。
ロシアの原発には中国人の名前が。
イギリスの諜報機関にはインド人の名前が。
ドイツ首相宅には韓国人の名前が。
その他、独裁者の秘密金庫から非公開の核シェルター内部まで、侵入不可とされるあらゆる場所に様々な国の人名が残されていきました。
しかし、その大半は世間に公表されることはありませんでした。「侵入を許した」という事実の公開は、すなわち国防の脆弱性を認めることになるからです。実際、抗議のためにホワイトハウスでの事件を発表したことは、多くのアメリカ国民から失策の烙印を押されていました。それを目にした上でなお、同じ轍を踏もうという政治家は多くありません。
「名前が書かれた」
それが起きたことのすべてです。しかし、人々はそこに様々な物語を見出しました。各々が想像を膨らませ、余白を自由帳にして、自分の見たい物語を読み取ったのです。
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