51.違う人の薬飲んじゃった事件

 既にお気づきの方も多いとは思いますが、入院中まあまあの事件がありました。

 髄液が漏れ、肝数値が爆上がりし、歩行禁止にシャワー禁止。

 お腹を捌くという初めての体験とは別に、事件っていうのは予期せず突然起こるのだなぁというのを、たった数日で凝縮している感じ。

 これをそのまま書いたら、本当になんというか、色々問題になりそうだなとびびりながら日記を書き溜めていました。

 そして、公開の手を止めた事件がついに起こります。


 血液検査の結果、肝数値は下がっていることが発覚。

 原因が薬であること、点滴で治ることが確定し、再び手の甲に舞い戻っていた管が外されました。

 そしてついに、念願の、待望の、腸管が通りました!!!!!!!!!!!!!!

 やった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!

 会いたかったよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!

 毎日毎日本当にお手数をおかけしました。お薬、お水、看護師さん直伝のマッサージでなんとか出て行ってもらうことに成功。

 毎日毎朝声をかけていただいたパチ先にも、報告をすることができました。

「パチ先! 腸管通りました!」

「あ……よかったです」

 何そのリアクション。先生が毎日毎日聞いたんやんか。わいのヘキちゃうでこれ別に。

 あっさりと受け止められましたが、なんとか腸閉塞を回避したことを喜びましょう。本当によかった〜!!!!!!!!!!

 おまけに、頭痛も随分マシになっており、ついにシャワーが解禁。

 一週間ぶりのシャワーに、全細胞が生き返りました。

 別に元々めちゃくちゃ風呂が好きなタイプでもないけれど、さすがに気持ちよかった。

 人間に戻っている、そういう確かな手応えがありました。


 入院は十日を予定しています。

 この調子でいけば、延長もなく無事に終えることができそう。

 おうちに帰ってもまだお腹の傷は気にしながら生活しないといけないけれど、あと少しで帰れる!

 残り二日。

 シャワー上がりたてで、髪を拭きながら空っぽになった病室を見回します。

 お掃除のおねえさん曰く、今日はこの部屋には他に入院予定の患者さんがいないそうなので、最終日を前にして最後のひとり部屋状態になるみたいです。

 遠くからは相変わらずばたばたと色々な音が聞こえて来るけれど、この部屋ともあと少しでお別れか。

 なんて、つらさが喉元を過ぎかかって、しんみりしていた時でした。

「失礼しまーす。本日担当の前島でーす」

 カーテンを引き入って来たのは、見たことのない白衣を着た看護師さんでした。

 この病院は、午前、午後、夕方と担当の方がくるくる入れ替わり、その都度挨拶から入るのがルーティンになっています。

 いつもシンプルな服装の方が多かったのですが、今日の看護師さんはいつもよりメイクが濃いめの、白衣の形も少し派手な雰囲気の女性でした。

「午後からレントゲンが入ってるので、まずはこのお薬飲んでおいて下さい。今、目の前でお願いします」

 流れるように手の上に出される錠剤。

 レントゲンの予定?

 そんなの聞いてないのですが、肝数値のこともあったし、何か必要になったのかな?

 よくわからないまま手の上に出された薬に、一瞬かすかな抵抗が芽生えます。

「あの、多分調べていただいてると思うのですが。私、自分の薬アレルギーがわかってなくて、カロナールで肝数値が上がったばかりなのですが。この薬は他の飲んでる薬などとの相性は大丈夫でしょうか?」

「あ、大丈夫でーす。飲んで下さい」

 この時、私はまだ腸管を動かす薬や漢方を服用していました。

 朝腸管は通ったので、薬は減らす方向になると決定済。ただ、まだ効能事態はばりばりにきいてるボディだったと思います。

 まあ、さすがに病院だし。問題があったばかりなので、調べてくれてはいるのかな。

 レントゲンの前に飲む薬ってあるんだ。よくわからんけど、もう手に直接出されちゃってるし飲むか。

「では、レントゲンの準備確認してきますねー」

 相変わらず、ばたばたと忙しそうな病院です。

 これもあと少し。

 一応薬の袋も渡されたけど、これいるのかな。

 ベッドの上に置かれた薬の袋を手に取り、私は表書きを確認しました。

『熟練者 入院丸 様』


 誰???????????????????????????


 明らかに名前が違います。初心者なんだよ、私。えっと、これは?

 やってんな?????????????????????


 慌てて袋を手に廊下に飛び出しましたが、さっきの派手な看護師さんの姿はどこにもありません。

 何これ、幻?

 いや言ってる場合じゃない。

 別の忙しそうな看護師さんを呼び止め(本当にお手数をおかけします)、口ごもりながら説明しました。

「すみません、違う患者さんの薬飲んじゃいました」

 看護師さんの顔よ。

 そりゃあね、引きつるってもんよ。

 でもさすがそこは現場のプロ。固まるより先に袋を掴んで、確認しますと廊下の奥へ消えていきました。

 

 この段階で、実は少しだけ安心していました。

 袋には薬の名前が記載されていました。

『ビオフェルミン』

 難しい漢字は続いていたけれど、多分これは整腸剤のアレです。

 他の薬との相性に関してはよくわからないけれど、まあよほどのことがない限りそう悪さもないだろうし、他の薬とも反応はしないでしょう。

 昔はよくばりばり食べてました。ビオフェルミン。おいしいんだよねあれ。


 さすがに患者を間違えるというビッグイベントに、例の派手な看護師さんが舞い戻り謝罪をしてくれました。

 さすがにこうも続くと、やってらんない気持ちでいっぱいです(いっぱいです)。

 様子を見に来た麻酔科の先生にも、肝臓の先生にも、夕方に顔を出してくれたパチ先にも、開口一番で言っちゃいました。

「違う患者さんの薬飲んじゃいました★」

 あの日、あの院内でお医者様たちを最もひきつらせたのは私だと思います。

 既に顔なじみみたいになっていた看護師さんたちも、もはや苦笑いでした。

 過激すぎる病院ジョークに、お腹もごろごろ。

 ん? ごろごろ??????????????????


 そう、覚えていますでしょうか。

 私が腸管を通すべく、マグミットを服用していたことを。

 腸内を、やわらかく、す、る、薬をのんで、いた、こと、を。


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


 相性はね。悪くなかったです。

 よすぎました。

 絶対、今、一緒に飲むべき薬じゃなかったです。

 本当体から内臓が全部出ちゃうかと思った。

 みんな、薬を服用する時は、自分の薬かどうかきちんと確認しようね。

 初心者さんとの約束だ。


 本当に、入院っていろんなことがあります。

 お医者様も看護師さんも、皆一丸となって支えて下さっているのはわかっています。

 けれど、あまりにも、あまりにも、問題が起き続けている。

 今この日記を更新続けたら、それはもう日記でも記録でもなく、告発文になってしまいそうだ。

 私は、一旦すべての文章を非公開にしました。

 あの時読んで下さっていた皆様、本当に申し訳ありませんでした。

 あのまま書いていたら、本当に、もっと読後感の悪い日記に仕上がっていたと思います。

 本当に、ギリギリの判断でした。ご容赦いただけると幸いです。


 HPが赤ゲージに突入しつつ、でもあと二回寝たらおうちに帰れる!

 眠れていない分もあって精神的にもかなり危うい状態ではありましたが、それでも僅かな希望を胸に私は残りの入院生活をまっとうしようと考えていました。

 この時は。


 そう、私の事件はこれでは終わらなかったのです。

 ここまで耐えた私の心を、完璧に、完全に、絶望的に打ち砕く出来事が、ついに発生してしまうのです。


 その夜、奴がやって来た。

 次回、おばあ襲来。


(続)

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