第5話

 広輝が作業を終えたのを見ると美咲が話しかけてくる。

「先輩たち、普段の態度を改めるなら許してくれるって言ってたよ」

 どうやら美咲は何かあったと察して、一人で先輩方と話しに行ったようである。お節介は鬱陶しいからお節介なのだった。

「悪いのは俺じゃない」

 広輝は使った絵の具類を片付けながら言葉を返す。美咲の事は視界にも入っていなかった。

「もっと素直になればいいじゃない。周りのみんなも広輝を責めたい訳じゃない」

 美咲は教師のような口調で知ったような口をきいた。広輝はそんな喋り方に苛立ちながらも、作業を続ける。

「もうどうでもいい。サッカー部は辞める」

 広輝は言った。すると美咲が特に驚きもせず返す。

「どうして?」

 広輝も淡々と言葉を返した。まるで後片付けの一つだとでも言うかのように。

「どうせ俺みたいな自分勝手な奴がいても、チームの輪を乱すだけだ」

「そんなことない。この前の練習試合だって大活躍だったじゃん」

「そんなことあるんだ。だって俺は駄作なんだから」

「駄作?」

「俺はクズだ。なぜならあのクズの血が入っているから」

 広輝の頭に自然とあの男の顔が浮かんで来た。もう会わなくなってから二年以上たっているのにもかかわらず、その顔は色あせる気配すら感じない。もちろん悪い方の意味で。

 そこで美咲が立ち上がった。後ろに結んだポニーテールが揺れる。背後から差し込む光が美咲の肌に影を落とし、その整った顔立ちをくっきりと浮かび上がらせていた。

 美咲は広輝の傍にやってきて、顔を覗き込んで無理やりに目を合わせた。そして口を開く。

「血がどうとか関係ないじゃない。人間の価値は、その人が何を選択するかで決まる」

 妙に真剣な表情である。

 広輝はそんな美咲からさっさと視線を逸らすと、筆とパレットを洗うため立ち上がった。そして一言、吐き捨てるように残していく。

「うるせぇ、綺麗ごとは嫌いだ」

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