かちこみ

 スピルの案内で森を駆け抜けた先は――、


「うっ」


 ……別世界だった。


 草木は一切ない。

 土は焼け、ひび割れ、その裂け目は深く黒い。まるで大地そのものが内側から焼き尽くされたかのように、熱の名残だけを抱えて沈黙している。

 風が吹くたび、大地の表面がさらさらと崩れ、細かな灰が舞い上がる。

 その灰に混じって、紫色のガスが漂っていた。

 煙のようでいて、どこか重い。

 ゆらりと粘りつくように地表を這い、流れているのか、留まっているのかも分からない。

 かと思えば、不意に形を崩し、細く裂けていく。


「酷い……」


 ミミの口から、呻くような声が漏れた。


「穢れだ」


 サラは険しい顔で辺りを見渡す。

「俺が最初に来た時は、ここまで酷くなかった」

 じわじわと足先まで迫ってくる穢れに、ミミの胸が痛んだ。

「カガクヤクヒン? とやらを使ってるって」

 スピルの言葉に聞き覚えはある。

 けれど、ミミは詳しいことを知らない。

 こんなことなら、もっと真面目に勉強しておくんだった。

「あいつら自身は、これを止められんのか?」

「うん。ただ、それでも完全には止められないって聞いた」

 サラの問いに、ツキは淡々と答える。


 その時だった。


 苦しそうな声が耳元で聞こえた。

 時折、息が詰まるような音も混じっている。


「……ソウさん?」


 背中に乗っているソウの呼吸が乱れていた。

「はやく、とめないと」

 体も熱っぽい。

 この場所は、ソウに悪影響を及ぼしているらしい。

「つまり、だ」

 スピルが手を合わせる。

「リーダーに交渉と、この穢れを抑える薬の取得。これだな」

「それを、なるべく早く……ね」

「ヒカリさん!」

 その声に振り返る。


 いつの間にやって来たのか、ヒカリがミミに向かってウインクした。


「この辺りは精霊の力も弱まってる。サラもいつも通りに使わないでね」

「分かってる」

 ヒカリはサラの返答に満足そうに頷いた。

 そして、

「それで? ミミが背負ってるその人は誰?」

(言われると思った)

「ソウさんです。この建物に用があるみたいなんです」

「精霊が言っていた子かあ」

 ヒカリは疑うような視線をソウへ向ける。

 けれど、本人は涼しい顔で見つめ返していた。

「ま、いっか。穢れを止めたいのは同じだから」

 行きましょう、とヒカリはスピルに声をかけた。

 さりげなく自己紹介も済ませている。

 とりあえず、ごまかせたのだろうか。

 ミミはソウを背負い直すと、サラと共に二人を追いかけた。


 建物の周囲には、ぐるりと堀が巡らされている。

 建物へ通じる橋も二箇所架けられていた。

 しかし、どちらもダミーだとスピルは言う。


「本物の出入口はこっち」


 スピルはそう言って、地面に埋め込まれた扉を開いた。

 ハシゴを降りる。

 その先には、四方をコンクリートに囲まれた空間が広がっていた。

 奥へ続く廊下の天井には、人工の光が等間隔に並んでいる。

 ここだけ、数千年ほど文明が進んでいるかのようだった。

 階段を上り、建物のホールへとたどり着く。

「リーダーはここを真っ直ぐ行った中央の部屋だ」

 スピルが正面の大扉を指差した。

 どうやら、この建物にはリーダーの他に面倒な五人がいるらしい。

 そのうちの一人がイネ。

 口が達者で、よく言い負かされるらしい。

 他の四人についても、大まかな特徴を教えてもらった。

「そいつらの属性は?」

「知らん。見たことがないんだ」

「使えねぇ」

「んだとぉ!?」

 さっそく、スピルがサラの口撃の餌食になった。


 ちなみに、スピルの属性は風。

 先ほど大鎌の男が振るった攻撃を防いだのも、彼だった。


 ツキは闇属性を持っている。

 けれど、上手く扱えないらしく、滅多に使わないという。


「リーダーの言った通りだったね」


 扉が開く音と共に、声が聞こえた。


 ミミが大扉へ振り向くと、二人の人物がホールへ入ってくる。

 白衣を着た女性と、医療用の眼帯をした少女。

「裏切りか。まあ、予想はしてたさ」

「裏切りなんて言うほど、オレはキミらと仲良くなかった」

 スピルの言葉に、白衣の女性――ミカゲは片眉を上げた。

「そうかい。私はその容れ物に興味があったんだがね」

 好奇心に満ちたミカゲの視線から、スピルはツキを隠す。

「あんたらのリーダーと話に来たらしい」

「裏切り者が案内して来た人間に、“はいそうですか、じゃあリーダーとお会い下さい”と、ここを通すとでも?」

「つーか、リーダーと何の話をするんけ?」

 軽蔑したような顔のミカゲの隣で、眼帯少女――ノノカが面倒くさそうにため息をついた。


「それはリーダーに話す」

 サラは一歩も引かない。

「関係ない人に話す義理はないわよねー」

 ヒカリも肩をすくめる。


 ……この人達、下手に出るという行動を知らないのか。


「ソウさん、どうしますか?」

 ミミが尋ねる。


 ソウは少し悩んだ末、


「ここには、かちこみにきた」

 そう言った。


 その言葉に呼応するように、サラの身体へ熱い空気が纏わりつく。


「もくてき、はたす」


 サラが両手を向けた。


 次の瞬間。


 目の前の扉が、溶けるようにひしゃげた。


 扉だけではない。

 床までもが熱で溶け、形を失っていく。


「ミミ」

 促される。

 その瞬間、身体が弾かれるように前へ飛び出した。

 気がつけば、想像以上の速さで二人の間を抜け、扉の先へ飛び込んでいる。

「あわわっ」

 なんとか片足で着地した。


「はしる」

「はいっ」


 反射的に返事をしながら、前へ走る。


 呆気にとられた二人の隙を突き、サラとヒカリも続けて抜けていく。


「ちょ、不意打ち……!」

「ばいばーい」


 ヒカリは扉があった場所を凍らせ、壁を作った。

「やべっ、二人置いてきちゃった」

「大丈夫」

 ツキは氷の壁越しにヒカリへ返す。

「たぶん、あの薬を作ったのはミカゲだ。薬の場所を聞き出したら追いかけるから……って、スピルが言ってる」

「分かった。先行ってる」

 二人の足止めは必要か。


 ヒカリは、それだけを言い残すと、先を走る三人を追いかけた。


「別に、リーダーのところに行ってもいいよ」

 ミカゲは背中にかけていた銃を構えた。

「その代わり、その人形女を研究させて」

 愉快そうに笑う。

 それに対して、スピルは腰に差していた短剣を構えた。



     ◇



「二人とも速すぎでしょ」


 ヒカリはひとり、廊下を走っていた。


 左右には等間隔に扉が並び、どこまでも続く直線に辟易とする。

「はやく合流しないと――」


 その時。

 閉じられていた扉のひとつが、勢いよく開いた。


 中から太い木の根が飛び出し、ヒカリの身体に巻きつく。

「な……っ!?」

 驚く間もなく、時間が巻き戻るかのように、ヒカリの身体は扉の中へと引きずり込まれた。


 咄嗟に、ヒカリは木の根を凍らせる。

 さらに腐食させ、無理やり引きちぎるようにして拘束を解いた。


 床へ着地する。


「……ここは」


 先ほどまでの無機質な空間とは違っていた。

 そこは、まるで別世界のように草木に覆われている。

 木の幹には草の蔓が食い込むように絡みつき、まるで養分を吸い上げているかのように脈打っていた。

 薄暗い白い光が空間を照らしている。

 それだけが、ここが人工の部屋であることを辛うじて示していた。


「……あれは」


 奥へ進む。

 誰かが木に張り付けられているのが見えた。

 草の蔓で縛られ、細かなトゲが肌に食い込んでいるのか、服には血が滲んでいる。


「アスカ……?」


 意識を失っているのか、ぐったりとしていた。


 どうして、木の王がここに。


 その瞬間。

 背後に殺気を感じた。


 アスカを庇うように一歩踏み出し、ヒカリは振り返る。


 ……誰も、いない。


「……理由はともかく、この子を助けよう」


 ――視界の端で、何かが動いた。


 振り向く間もない。


 拘束されていたはずのアスカが、すでに目の前にいた。


 その手には、矢。


 握りしめたそれを――


 ヒカリ目掛けて、振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る