ごうりゅう

 道中は気まずいくらい会話がなかった。

 サラの走る速度はミミにとっては丁度いいが、案内を含めているのか先を走っているため声をかけづらい。

「ソウさん」

 弾んだ息を押し殺しながら、ソウに声をかける。

「今、どの辺ですか」

「みずのくに、の……」

 ソウは言葉が見つからないのか、声が続かない。

がないと会話が難しいんだ……)

 ミミは小さく息を吐いた。

「水の国であれば、ヒカリさんは来ますか?」

「くる」

 短い返答。けれど、ミミにとっては十分すぎる言葉だった。

 それならば安心だ。素人であるミミよりヒカリの存在はずっと大きいだろう。

 ミミはほっと息をついた。

 整備されていない森を駆けるのにも、少しずつ慣れてきている。隆起した木の根を踏み越え、湿った土と草を音を立てぬように蹴る。肺に入り込む空気は、重く、湿り気を帯びていた。

 濃い緑の匂い。

 こんなにも満ち足りた場所を踏み荒らしているのが――侵略者ではなく、自分たち人間だという事実が、どうしても受け入れられない。

(守らなきゃ)

 この世界も。そこに生きるものも。

 悪意は、侵略者だけのものじゃない。人間も同じだ。

 しかし、人間は同じ志でこの世界に来たはずなのに、どうして――。

「止まれ」

 ミミはハッとした。

 不意に、サラの小さな声と共にミミの前を塞ぐように手が伸ばされたことに気づき、走る速度を弱める。

「にげてきた」

 ソウはぽつりと呟く。

 見開いた宝石のような瞳は、森の奥を向いていた。

「え?」

 ミミの疑問は視界を横切った一筋の白に遮られた。

 ミミのすぐ横。

 白羽の矢が木に突き刺さっており、ミミ背筋が凍りつく。

 音が、なかった。

 自分を狙ったものではないと分かっていても、それは“ここが死地である”と突きつけるには十分すぎた。

 もし、あれが急所に刺さっていたならば、気づく間もなく、終わっていたかもしれない。

 想像しただけで、体が震えた。

「サラ」

「助けろって?」

 短いやり取り。

 ようやくミミは理解する。

 どうやら誰かがどこかから逃げてきていて、それをサラに助けて欲しいとソウが頼んだことを。

「行こう。ソウさん、案内して」

「おい!」

 サラの止める声が背中に飛ぶ。

 しかし、ミミの足はソウの指さす方に向かって前に出ていた。

(どうやって助けるのか何も考えてなかった)


 ……遅れて、現実が追いつく。


 状況も分からず突っ込むのは危険だ。ミミは、先程木に刺さった矢のことを思い浮かべる。

 ミミは速度を緩め、木の陰へと身を滑り込ませた。ソウを地面に下ろし、息を潜める。

(男の人が襲われている……のか)

を追いかけるより他にやることあるだろッ」

 吼える男が、何かを見て短剣を構えた。

 金属音。どこかから放たれた矢が弾かれる。

 長身の青年は作業着を着崩した格好をしているけれど、体格が良いことが見て取れる。

 青年が着地したその地面が隆起し、飛び出した。

 腹部を貫かん勢いで突き刺さり、青年の体がくの字に折れる。

「スピルっ」

「来るなッ」

 その時、木の影から飛び出してきた少女へ、青年――スピルと呼ばれた青年は叫んだ。

 その怒声に怯んだ少女。

 その一瞬の隙。

 少女の背後に、気配。

 自身の身長ほどある大鎌を構えた男性が現れる。

 鎌の刃先が彼女の首を捉えたその瞬間――、


「はぁっ!?」


 ――乾いた金属音が鳴る。

 大鎌が見えない何かに弾かれた。

 大鎌を持つ男の素っ頓狂な声が上がる。

 予期しない自体に、男は体制を崩した。

「っ!」

 スピルが腕を大鎌の男に向かって振るうと、凄まじい勢いで風が横に走り、木の幹ごと男を切り裂いた。

 臓物が鮮血と共に吹き出る光景に、ミミは口を抑えた。

 ふと弓の弦が張り詰める音が聞こえて、ミミは視線をソウへ移す。

 いつの間に持っていた和弓を、ソウは引いていた。

 右手と左手の間にあるはずの矢はなく。

 しかし、やがて淡く光り、伸び、1つの矢を形作る。

「……ソウさん」

 真っ二つにした人間は、大鎌を振るっていた。

 ミミは理解する。

 ソウは弓を使う人間を狙っているのだ。

 ミミの声に言葉が鳴る前に、小さく光が弾けた。

 凄まじい勢いで飛ぶ光の筋は、木々の枝や葉を綺麗に縫い、木の影に隠れる人間の眉間に音もなく突き刺さった。骨を貫き脳へと達する。

 きっと、その人は自分が絶命した理由を理解していないだろう。目を見開いたまま、後ろに倒れた。

 ソウの左手にあった弓が、空気に解けるようになくなる。

「待って!」

 周囲を警戒する2人の前に出ていくソウ。

 その、突拍子のない無防備な行動に、ミミは焦りながら呼び止めた。

 案の定、身構えた男女はこちらを睨む。

 ミミはソウの前に守るように立ち、両手を上げる。

「あたし達は敵じゃない、です」

 緊張感のある空気が漂う。

「……スピル、違うみたい」

 隣の少女の言葉に、ようやく青年は肩の力を抜き武器を下ろした。

「土の使い手は問題ねぇ」

「うぉわあっ!?」

 ホッとしたミミの隣に、サラが音もなく着地した。驚きのあまりミミの心臓が大きく跳ねた。

「サラ、ありがとう」

 ソウのお礼にサラは照れくさそうな顔でそっぽを向く。

「ちょっと! 驚くからやめてよね!」

 ミミは胸を抑えながら、そういえば先程の人間の死体を見て覚えた嫌悪感が薄れていることに気づいた。

(また、うさぎの力……?)

 頭の上に器用に座るうさぎを見上げた。

「キミら、誰」

 青年は硬い声でミミ達に問いかけた。

「あたしは、ミミ。こちらは、サラとソウ……さん」

 そういえば2人に、ここに来る目的を聞いてなかった。

 ミミはそれ以上は口を閉ざした。

「スピル、ツキ」

 ソウの言葉に、2人は驚いたようにソウを見た。

 たしかに、先程お互いを呼びあっていた。どうやら彼らの名前らしい。

「……この人、読めない」

 ツキは目を見開いてソウを見ていた。

「読めない?」

「あいつ、心を読めるらしい」

 サラの端的な説明に、ミミはなんとか意味を飲み込む。

 心を読める少女。しかしソウの心が読めないらしい。

 ミミは、スピルが苦しそうな呼吸をしている事に気づいた。

 先程の腹部への痛みが尾を引いているのだろう。

「うさぎ、この人の怪我治せる?」

「……」

 ミミは、うさぎがすごく嫌そうな顔をしているように見えた。気が乗らないのだろう。

「お願い」

 ふん、と鼻を鳴らしたような音が聞こえた。

「キュワッ」

 短い気合いの声と共に、スピルの怪我を癒していく。

「ありがとう」

 痛みが引いたのだろう。

 感動するスピルの隣にいるツキがお礼を伝えた。

「そうだ。君ら、識の王は知ってるか?」

 ミミは思わずソウを見てしまった。

「うん。しってる」

 ミミはひやひやしながら、ソウの次の言葉を待った。

 まさかとは思うが、正体をばらす気じゃないだろうな。

「良かった。オレたちその人に用が――」

「あの建物に案内しろ」

 サラが会話の流れをぶったぎった。

「オレたち、今しがた逃げてきたばっかなんですけど?」

 その気持ちはわかる。

「だからだ。俺たちはあそこにいる、"アース"に用がある」

「……リーダーに?」

 スピルの表情が曇った。

「あいつが興味のある話は、この世界を壊す方法か元の世界に変える方法だけだ」

 嫌悪感を表に出しながらスピルに忠告される。

 彼らから徒党の情報を得られれば、乗り込んだ時のリスクが少なくなる。

「君たち、識の王と話がしたいって言いましたよね」

「ああ」

 これは交渉だ。ミミは喉を鳴らす。

「入り口まで案内してくれたら、あたしが識の王と会わせてあげる」

「おい」

 サラが戸惑った声でミミを呼ぶ。

 それを視線で制し、スピルを見上げる。

「 あたしは、全ての属性王と仲がいいです。実際、この人は火の王ですし」

 サラの腕を取ると、帽子の下から鋭く睨まれた。

「このちびっ子が? あちぃっ!」

 何も無いところから髪の毛一本が火を噴き、慌ててスピルは手のひらで払って火を消し飛ばした。

「それにまた襲われる危険があるのなら、むしろあたしたちと一緒にいた方が安全かと」

 スピルは、頭を掻きむしった。

「……オレ、頭使うの苦手なんだよ」

 はあ、とため息をついた。

「絶対に、識の王と話をさせてくれるんだろうな?」

「もちろん」

 ソウが識の王だし。

「じゃあ、行く」

 交渉が成立した安心感に、ミミは胸を撫で下ろした。

 こうして、5人で徒党のアジトへかちこみにいくことになった。

「一応、乗り込む目的を聞いていいか」

 スピルはミミに問うてきた。

 先程も思ったが、ミミにも心当たりがない。

「はなしする」

 代わりに、たどたどしくソウが答えた。

「……話?」

「せかい、こわしたらだめ」

「無理なら殺す」

 突然入ってきたサラの冷たい声に、スピルの顔が引きつった。

「あいつ、めちゃくちゃ強い。実際、逆らった人が何人殺されたか」

「やってみなきゃ分かんねーだろ」

 自信家なのか無鉄砲なのか……。

 ミミは不安を抱えながらも、ソウを背負った。

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