公主、妓楼の前にて友を止める。

 日も暮れて祥姫が村を歩いている。

「今日も賑やかだなぁ」


 人の営みを満足していると見知った顔がいたので、慌てて走り肩をつかんだ。


「おい、信」


「おう、祥姫か。日も暮れて家には」

「帰ろうと思った矢先だがな。私の友がよこしまなとこに行こうとしているので止めた」


 風信は、苦笑を浮かべため息をつく。

 家と行ってくれるのは、龍である事を隠してくれているだろうからだろうが今はそれどころではない。


「何を言っている。女に欲情するのは男としてはある事だろう。

 それにそういう欲は別に恥ずべき事ではないと俺は思うがな」


「だからといって、役人が妓楼にあがるのはどうかと思うがな」


 祥姫の視線の先には薄明かりの中でなまめかしい声が聞こえる。そんな怖気がわいてきた。人の営みとはいえ祥姫はまだ慣れぬ。


「最近、肌の色が病んでいるかのように悪いが、実に器量好しのものが入ったと聴いたのでな。俺も遊びたくなった。後、抱いてみたい」


「そんなところに行ってどうする!お主は物好きも過ぎるぞ!」


「といっても俺も色々うさが溜まっている」


「……」


 祥姫はため息を吐いた。


「なら私が相手をしてやる」


 □◆□



「……祥姫、勘弁してくれ」


「勘弁ならん!私の祭祀を忘れ、女にうつつをぬかそうなどと不逞の輩だ!」


「いや、政とは清濁併せ飲まなくとはいかぬのだ」


「そういってごまかすな!」


 叩きつけるように杯を置くと遊女の格好をした祥姫は目を尖らせる。

 

 風信の部屋にはいくつもの杯と酒瓶が置かれていた。


「だからこうして酒につきあっているのだろう。本当に勘弁してくれ」


 風信は両手で拝み倒すと祥姫は鼻を鳴らした。


「分かった、それではこれで私は帰る」


「いや待て」


 祥姫が立ち上がろうとすると風信は、袖を引っ張る。


「何だ?」


「いや……」


 風信が細い笑みを浮かべる。


まだしてないが?」


 肌に怖気が湧く。


「い、いや……そ、それはだな!」


「どうした?龍の公主ともあろう御方が人の子と一夜を過ごすのが怖いか?」


 今まで聞いた事の無い風信の低い声が響く。赤く頬が染まっているためか、風信の白い歯がひどく輝いて見えてより不気味に見えた。


「う……あ……」


 風信の手が肩の衣をはだけようとした時、


 風信は倒れ込んだ。


「お、おい?信!?」


「……言い忘れた事がある」


 祥姫がうなづくと


「俺は下戸だった」


「阿呆か!」


 怒鳴ると風信をかつぎ、床に寝かせる。


「もういいだろう、そこで寝ておれ」


「いや、祥姫。一つ頼みがある」


「何だ?その……相手というなら断るぞ」


「いや、そうじゃない」


 額をかくと、自分の頭を指さし


「膝枕を頼む」


「はぁ!?」


「今日はそうでないと寝られそうにないのでな」


 祥姫はため息をついた。


「今日だけだぞ」



 □◆□



 夜の帳に灯がついている。

 風信の家は大きく、豪勢な壺や宝珠、宝剣がある。


 やはり、中央の人間だろうか。

 祥姫にはそう思えた。


「大層な家だな」


「まぁな。使用人も良い者が多く、手を貸してくれる」


「そうか」


「だが」


 風信は、声をあげる。


「俺自身が何かを成し遂げてここにあるものではないのが、寂しいがな」


 その声はどこか投げやりな声であった。


 人のむなしさ。風信のどこかにあるように祥姫には思えた。


「これからお前が功を成し遂げればいいではないか」


 祥姫が声をかけると風信は静かにうなづいた。


「そうだな……そうするさ」

 

 祥姫の膝に顔を横にする。


「それに、独り寝は寂しいからな」


「な!?」


 いたずらっぽく笑った風信に祥姫は思わず声を上げ


「いい加減にしろ!」


 と、風信の額を叩いた。


 風信は、子どものように笑うと眠りに付いた。

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