公主、友の宅にて掃除をする。

「おい、信」


「どうした、祥姫」


 祥姫は周りを見回し、大きなため息を吐いた。


「何だ、この書斎は!私がこの前来た時より散らかってるではないか!」


 風信は、頭をかき苦笑を浮かべる。


「いや、しばらく村の会議も休みなのでな。書見をしていた」


「だからといって、この有り様は何だ!」


「あぁ、そこは触れないでくれ。古今の兵法や政の違いは何かと読み比べているのだ」


「人の戦なぞ知らん!」


 祥姫は本を持ち上げると乱暴に棚に入れ込んだ。

 風信はのんきな声で掃除をする祥姫に声をかける。


「おい、貴重な本なのだ。破けないようにしてくれ」


「だからといって、戦の本を読むな!私が戦を嫌いなのは知っているだろうが!」


「それを言われるとだな……」


 風信は苦笑を浮かべたが、起きてたたずまいを正した。


「なぁ、祥姫。戦が嫌いなのは分かる。俺も嫌いだ」


「ならなぜ」


「起こさせぬためさ」


 祥姫は息を止めて風信の顔を見る。

 目の中に暗い暗い闇がある。


「お主……戦に」

「出た。そして幾千人も殺している、敵も味方も、な」


 祥姫は自分の顔の血の気が引くのがわかる。


 近くで多くの人が、無抵抗に殺される様は見てきた。


 そして、目前にそれを行った者が、いる。


 祥姫は吐き気をもよおしてきた。


「味方を欺き、敵の囮にした事もある。

 自国の領地に火をかけ、敵のせいにもした」


「信」


「女をけしかけ、敵国の将軍同士を争わせた」


「もういい」


「人質に毒を盛り、乱をおこした事もある」


「もういい!!」


 祥姫は風信の体を突き飛ばす。


 風信は、座ったまま動かない。


「そして、俺は国の者を全員殺-」


「やめろぉぉぉ!!」


 本性である龍の咆吼をあげ、風信は倒れる。


 咆吼をあげた瞬間、祥姫の人の体がついていけずに目の前が暗くなる。


「……俺は、そういう、人でなしだ」


 風信が、横たわる中そんな声が聞こえた。


 □◆□


 祥姫は、目を覚まし辺りを見回す。

 

 風信はまだ倒れていた。


「しまった!」


 龍の咆吼を近くで聴いたのなら、人の体には耐えられないかもしれない。


「おい、信!」


 起こして、風信の体を動かす。


「……」


「起き-」


 ふと風信の先ほどの話を思い出し、怖気がわく。


 汚らわしいものに触っている。


 思わず、手を止める。


「………」



 ふざけるな。


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。


 これしきの


「起きろ、信!」


 顔に張り手を入れる。


「お前には私が住む湖の三倍、いや六倍の深さほど説教してやる!

 これしきの事で倒れるな!!」


 何度も張り手をいれる。


「さっきの私の咆吼ごときで倒れていて、戦を起こさぬなど片腹痛いぞ!」


 涙が出てきた。


 なぜ、自分は汚らわしさと同時にこの男に




「……叩きすぎだ、祥姫」


 風信の小さな声が聞こえる。


「信!」


「いや、いい。俺は、どこかで己のやらかした事を吐き出したかったのだ」


 風信は、笑っているような泣いているような顔で祥姫の肩を叩いた。


「効いたぞ。公主の逆鱗に触れるほどにはな」


「それはすまなかったな……いや、叩かれた分おあいこだな」


「あ、あぁ……そうだな」


 目を開けて、風信は体を起こす。


「史書や兵法を読んでいると。同じ事がある」


「同じ事?」


「あぁ、何がきっかけで戦となったか。そして、どう勝ち、負けたか」


「それを調べていたのか」


「そうするとな。その前の頭を抑えると戦は起こらぬのではと思ってな」


「信、それは」


「まぁ全てとは言えぬが、俺の周りぐらいは守れるだろうと思ったわけだ」


 風信は座ろうとするが、そのまま祥姫に倒れこんだ。


「わっ」


 慌てて、祥姫は風信を止めて座ろうとするが、倒れ込む。

 ちょうど祥姫の胸に風信が顔を埋めるようになった。


「ちょうどいい。このまま寝かせてくれ」


「おい、私の胸を枕にするな!どかせるぞ!」


「いいではないか。気持ちよい」


「馬鹿いうな!」


 風信は、懇願するように


「すまない、三刻、いや二刻だけでよいからこうさせてくれ」


 祥姫は頭をかくと


「分かった」


 そういって、祥姫は風信の顔を抱いた。


「すまんな」


 風信は、笑った。

 静かに涙が流れていた。

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