第28話 ヴィクター&三人称:第5世界:もう1人の神
リオとユヅキが心配だが、ある程度回復したのを、見て俺は第5世界へ転移した。
最後はダンジョンに呑まれて世界中がダンジョン化した世界だ。
どんな地獄かと思っていたが、転移してすぐに、想像を裏切る光景に包まれた。
周囲がピンクのふわふわだ。
地面も木も草も、岩らしき物まで全部ピンク。
なんだこのメルヘン地獄は。
触っていいものか判断がつかないので、【結界】は常時展開にしておこう。
結界の膜がピンクを拒むように撥ね、靴底にすら接触を許さない。
ということは……全部、有害物質か。
気味の悪い粘液のように蠢くそれを観察してみると、
動くものに反応して微細に揺らいでいた。
……まるで、生きているようだ。
菌か、寄生生物か分からないが、触れないに越したことはないだろう。
「とりあえず……文明が残ってる場所を探す、か」
アリスの話をチラッと聞いて『探し物コンパス』は便利そうだと思ったので、真似して創造。『1番近い町』を指定した。
こんなピンクの上を歩く気にはならないので、魔法で飛ぶことにした。
が、数秒も経たないうちにピンクの塊がどっぱどっぱと噴出されてきた。
形状はスライム状だが、表面が発泡しており、ひとつ割れるたびに細かい泡が飛び散る。
結界がなければ今頃、全身ピンク色だ。
結界にへばりつく粘液が視界を覆う。
蠢くその感触が、皮膚越しにも伝わってくる錯覚に、思わず身震いした。
「……鬱陶しい!」
浮遊を制御して上空へ急上昇、さらに旋回して結界に張りついたピンクを振り払う。
ぶん回しすぎて目が回るが、かろうじて視界が晴れた。
しかし、下から追ってきたピンクどもが、互いに積み重なって“塔”を作り始めている。
まるで意志があるみたいだ。いや、あるのかもしれない。
だったら、届かないところまで飛ぶまでだ。
一気に高度を上げたその瞬間、ゴツンと何かにぶつかった。
透明の壁?いや、空そのものが……固い。
反射的に手を当てると、そこには見えない天井が広がっていた。
突如実感させられる閉塞感。ここは閉じられた空間なのだという理解。
ここは俺の特殊技能の箱庭以上に、"箱庭"なのかもしれない。
上を見上げていた空が、急に“描かれた絵”のように見えてくる。
この世界そのものが、何かの箱の内部——。
それを理解した瞬間、脳裏に妙な映像が流れ込んだ。
閉ざされた箱の中で、人々がもがいている。
その上から、巨大な何かが“覗き込んでいる”。
目だ。——ぎょろりと動く、巨大な眼球。
そいつが、確かに俺を見た。
ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。
反射的に[創造魔法]で光の玉を空に撃ち込み、その光景を追い払った。
見えない天井に当たった光の玉は、そこに何の影響も与えずに霧散した。
「……くだらない。ただの妄想だ」
そう呟いても、胸のざわめきは収まらない。
世界を監視する存在。もしそんなものがいるとしたら、 あの“女神”ぐらいのものだ。
だが、あいつはこんな怪物じみた姿じゃなかった。
疲れているんだろう。 俺……ヴィクターは他の奴らの情報を知らないが、本体であるリオは他の分身の情報を受け取っている。
本体の精神が疲弊していると、その感覚が魔力の網を伝って俺にも多少は伝わってくる。
ここの探索はほどほどにして、一度箱庭に戻ってリオに情報を整理してもらった方が良いだろう。
それに瘴気の世界のことも気になる。
俺の事はニアノーが上手くみんなに話してくれると言っていたが、騒動は収まっただろうか。
そもそもあの金髪は、リーフの拠点を何故襲った? ……考えるのはやめよう。
瘴気の世界の事を考えるのは俺の役目じゃない。 転移で箱庭に戻った俺を、蠢くピンクの海だけが不穏に見送っていた ──
――箱庭。
夕映えの光が差し込むログハウスの中、五人は机を囲んでいた。
リオが机にノートを広げ、淡々とペンを走らせている。
その表情は、固い。ユヅキの世界での恐怖が、まだ完全には抜けていないのだろう。
けれど、彼はそれを表に出さず、作業を続けた。
「……よし、一度整理しよう。番号は……第1がアリスの“王道”の世界、第2がシアの“空”の世界、第3がユヅキの“海”の世界、第4が俺の“瘴気”の世界、第5がヴィクターの“ダンジョン”の世界」
リオの声に全員の意識が向いたことを確認して、彼は静かに口を開いた。
「番号は前後するが、みんなも知ってる俺の情報から。第4世界、俺——リオのいた瘴気の世界は、“瘴気”という災害を中心に社会が動いている。人間社会は崩壊寸前。聖女や聖者たちが国王よりも高い権力を持ち、彼らは完全にそれに依存しきらないと生きていけないようになっている」
リオがそこで口を閉じたのを見て、アリスが指先で頬を掻きながら続ける。
「第1世界、私のいたところは“王都”を中心にした普通の文明社会。でも、魔法使いが権力者に囲われていて……『王印契約』の話、覚えてる?あれ、多分放置するとどこかで破綻するよね。それと……重要そうなのは世界粛清とかいう『神罰』かな」
リオは軽く頷き、『第1世界』と見出しに書かれたノートに追加で短くメモを取る。
「第2世界、空と奈落の世界。シア、頼む」
「はいー。風の加護があって、空を渡る浮島が生活圏です。でも、風が止む“無風域”が存在して、そこに住む人は『風の神に見放された』と信じてるみたい。信仰対象が精霊っぽいんですよねー。ちょっと面白いです」
「……神性の派生か。興味深いな」
ペンの音がカリカリと響く。
そして、リオは静かにユヅキへと視線を向けた。
「ユヅキ、第3世界。……報告を」
「……無理」
短い答え。声が震えていた。
リオは何も言わず、ただ「了解」とだけ呟いて、『第5世界』と書かれたノートを取る。
そして、最後にヴィクターが口を開いた。
「第5世界。見た目はメルヘン、内容は地獄だ。地面も建物もピンクの菌に覆われ、動くものに反応して群がってくる。上空には“透明な天井”があり、空は閉ざされていた。……ここは、“外”のない箱だ」
「……“箱”?」
「この世界全体が、ダンジョンだ。俺は一瞬だけ、箱の外から覗き込む“眼”を見た。あれは多分、あの世界の支配者……ダンジョンマスターだ」
リオは筆を止め、眉をわずかに寄せた。
「ダンジョンマスター?」
「世界そのものが階層化された“箱”に見える。天井……高度の上限もある。……管理者がいる構造だ。呼び名を付けるなら――ダンジョンマスターだ」
「……女神じゃなく、“別の神”か」
ヴィクターは肩をすくめる。
リオはしばし無言でページを閉じた。
机の上には、世界ごとにまとめられた断片的な地図とメモ、そして5つのノート。
線を引いても繋がらない情報たち。
「……五つの世界。全部が異なる理を持ってる。けど、“神”って言葉だけは共通して出てくる」
小さく息をついて、リオは椅子にもたれた。
「最初はただ単純に異世界を観光しようって気持ちだったけど……“契約”、“加護”、“粛清”。どの世界にも、規模は違えど“超越的な裁定”の痕が残っている」
分身たちは何も言わない。
今はリオの思考を邪魔しない時間だ。
「……こうも露骨だと、気になるよな」
誰に向けるでもない独り言が、静かなログハウスに落ちた。
リオたちを転生させた女神は、『自分の管理する世界に他の世界の魂を投入する影響を調べたい』と言っていた。
──本当にそれだけが目的なのだろうか?何か、意図があるような気がしてならない。
リオはそう考えたが、答えは出なかった。
会議はそれ以上進まず、その日はお開きとなった。
会議のあと、分身たちの収納の是非で少し揉めた。
リオは最初、全員[亜空間収納]にしまおうとしたのだが、止められた時間の闇に閉じ込められるのは怖いと抗議する声が上がった。
考えてみれば当然の話で、リオだって自分の時間が止められて次にいつ出て来れるか分からない、出て来たとしても外がどれだけ時間が経っているのかという状況は恐怖以外の何でもない。
結論は簡単に出た。『収納はしない』。
箱庭に四棟、分身用のログハウスを並べ、最低限の娯楽を投げ込むことにした。
そうすると、課題も出て来る。
それは、情報の洪水だ。
分身たちが見て、感じて、体験した情報は、数秒遅れで本体であるリオに届く。つまり、異なる四つの世界からの情報が常に流れ込んでくるわけだ。
それは流石にリオがもたない。色々試した結果、リンクは“閉じておける”ことが分かった。
閉じている間は何も流れず、再開時に“出来事の骨子だけ”が穏やかに入ってくる。
緊急時だけ全開。通常は閉じる――それが、新しい運用だ。
その夜、箱庭の空が一瞬だけ“瞬いた”。
ほんの刹那、誰かの気配がリオたちを覗いたような感覚があった。
「……気のせいか」
リオはそう呟いて、ノートを閉じた。
けれど、箱庭の空には――確かに“何か”がいた。
それが、ただの観察者なのか、あるいは別の何かなのか。
今はまだ、知る由もない。
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